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バレエ小説「パトロンヌ」(25)

 幕が上がると薄暗いセットの中央に、金色に輝く像が鎮座していた。最初、それは単なる置物のようにピクリとも動かなかったが、音楽とともにすっくと立ち上がる。そしてアンコール・ワットのレリーフによく見られるように、ひざやひじを曲げたスタイルで踊り出した。

(あれがブロンズ・アイドルなのね)

 全身を金粉で塗ったダンサーが、クルクルと回り始める。そのスピードと切れのよさは、主演のソロル役のダンサーに勝るとも劣らない。場内の空気が急に張り詰める。リカは耳のあたりでそれを感じた。
(1回、2回、……)
 リカは何気なく回転数を数え始めた。
(7回、8回、……)
 ただ回っているだけなのではない。片足は爪先で立ちながらきっかり90度開脚。膝を180度に伸ばし、常にステージと水平を保っている。最初はゆっくり優雅に回っていたものが、加速度的に回転は速まり、もはや何回回ったのか、リカにはわからなくなっていく。
(一体、何者?)
 金粉を塗りたくっているので顔の造作や表情はわからない。アデルやマイケルの話からすると、彼は日本人のはずだ。

 そんなことを考えている間に、ブロンズ・アイドルはタタタと小走りに走って元の位置に戻り、再び動かなくなった。と同時に「ブラボー」の声。ストーリーにはまったく関係のないこの短いソロの踊りに対し、非常に力強く厚みのある拍手が、惜しみなく与えられたのである。地鳴りのような爆発的な拍手は、意外に短かく収束した。それは、進行に対するバレエファンの配慮だったかもしれない。ステージにはメインキャラクラーたちが登場し、再び物語が動き出したが、リカはしばらくの間、脳裏に焼きついて離れない金色の跳躍とともに、夢のような空間をたゆたっていた。(つづく)



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