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きれいは汚い


「僕、誰かに触るのも触られるのも苦手なんです。」
付き合い始めた頃、この一言をきっかけに私から泰親に触れたことはない。
手を握ったことがないわけじゃないし、セックスだってしてる。でも、そういうときはいつだってアルコール消毒したりお風呂に入った後、彼が触れる条件をクリアした時だけ私達はコミュニケーションが取れる。
外でデートをしても買い物をしても彼が私と手を繋ぐことはない。それは少し悲しくて時々無性に苛立ってしまう。外に出かけた日はそういう気持ちが溜まって堰を切ったように溢れてくる。

そんな日はいつも食べても食べても満たされなくて、彼が自分の部屋に篭ってるタイミングやお風呂に入っている隙に私はこっそりと食べる。美味しく感じなくなっても食べて限界を超えた時、うっとトイレに駆け込んで戻す。そうして空っぽになるまで吐いて吐いて吐き続けてその最中は苦しくて気持ち悪くて、私なんでこんなことしてるんだろうって思って涙も出てくる。でも、全て空っぽにした時少しだけ達成感とともにこれで大丈夫というどこか安心した気持ちが芽生え、またやってしまったとそういう後ろめたさも生まれるのだ。

そうして、別れた方がいいのかなどと考えるが、30を過ぎて独りをまた一から始めるというのはひどく恐ろしい事のように思えて勇気が出ない。外で手を繋がない。それ以外は何も文句のない人。分かってて付き合ってるんだから文句を言う筋合いもない。でも、私の望みは好きだとかそういう言葉じゃなくてたった少し手を握る、その柔らかな温かさに触れたいのだと、そう言えない。大人になったせいか物分かりのいい女を演じるのが上手くなった分、言いたいこともうまく言えない人になってしまった。臆病者。私は、これからも自分じゃ何も選べない。

作・中神真智子


2020/3/30の夜中にTwitterで募集したリプライで戴いたお題で書いてみるシリーズ第2弾「潔癖症の男性×過食症の女性」でした。とりあえずなるべく早く上げること目標で書いてるので気が向いたら後日加筆するかもしれません。

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