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向日葵と卒業証書

横顔が綺麗だ、と思った。
彼女と話したことは一度もない。
同じクラスだけど接点のない僕と彼女が話すことはなかった。
一度だけ隣の席になった。
一ヶ月。
それは夏真っ盛りの7月、ちょうど短い夏服期間で窓側の席の女の子たちの白いセーラー服が少し目に痛くて。
外には花壇に植えられた黄色い大きな向日葵と太陽をキラキラと反射する白いプールが見える。
つまらない世界史の先生の話を真面目に聞くフリをしながら、ふと横を見るとノートに目を落とし板書する彼女の姿が目に写った。
前の時間、女子は体育でプールだったからまだほんの少し髪が濡れていて塩素の匂いがする。
ベリーショートとでも言うのかかなりさっぱりとした風貌の彼女はどんな表情も隠す気がないようなそんな風に見えて、しかし彼女の凛とした雰囲気、黒板を見るまっすぐな眼差し、汗をうっすらにじませていても綺麗なその横顔に思わず目が離せなくなってしまった。
その瞬間だけは、蝉の音さえ聞こえない静寂が訪れた。

それでも、僕が彼女と話すことはずっと無かった。

そうしてもう明日は卒業式になる。
彼女がこれからどこに行くのか僕は知らない。
きっと彼女は僕のことをこれからも気にかけることはないのだと思う。
僕も多分、少しずつ彼女のことを忘れていくんだと思う。
でも、あの日見たあの横顔だけは夏が来るたびに、プールの塩素の匂いを嗅ぐたびに、向日葵を見るたびに思い出す、そんな気がする。

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