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2023/1/24-2/7 合宿免許in鳥取 #7(終)

鳥取県の倉吉にぼっちで免許を取りに行ったときの話。遠ざかりゆく記憶をすこしでもつなぎ止めるために書く。



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前回までのあらすじ

全休日は砂丘を観光したりと、とても充実したものになった。しかし、同時に鳥取生活の終わりもすぐ目前に近づいていた。


最後の関門・卒業検定

2月7日、火曜日。二週間にも及んだ鳥取での合宿免許生活も、ついに最終日を迎えた。

二週間の鳥取生活をゆっくり振り返りたいところだが、それをする前に、まず最後の関門である卒業検定を突破する必要がある。これをパスすることなしには、鳥取から帰ることも思い出の余韻に浸ることも許されない。

卒業検定の内容は以下の通り。

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①公道を3.5キロ走行する(道中、交差点の右左折が数回)
②駐停車
③方向変換or縦列駐車(ランダムで選ばれる。内容については旅行記その5を参照)

禁止事項は、
発進不能、右側通行、信号無視、一時停止無視、踏切不停止、暴走、大規模な脱輪、その他教官に危険を認められてブレーキを踏まれる
など。これらをやらかすと試験中止、すなわち一発アウトとなり、延泊が確定する。

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なんだか難しそうに見えるが要するに「交通法規を遵守して安全に走行」できれば卒業となる、単純なものである。

ちなみに、鳥取から帰りたくなくなってしまった僕は、試験中に暴走することで積極的な延泊(?)をしようかとも考えていた。今思うと狂っている以外の何物でもないが、それほど鳥取という土地にになってしまっていたのだ。
できる限り鳥取に長く居たいのに、それを達成できる手段が試験で大暴れするしかないというのもなかなか辛いものである。

試験は教官一人、生徒三人で一台の車に乗り、途中交代しながら進められる。誰かに見られながら、そして採点されながらの運転というのは緊張するし、途中ジジババミサイルに遭遇して危うく教官にブレーキを踏まれそうになったりもしたが、ほかに大きなトラブルもなく試験は順調に経過していった。

ついに合格発表

そして、ついに合格発表。二週間の合宿生活の最終審判が下される時がきた。
「本日卒業検定を受けられた方は、合格発表をおこないますので受付の前に集合してください」の放送とともに、顔に見覚えのある教習生たちが集まってきた。いうまでもないが、彼らは全員同日入校。二週間同じスケジュールをともにした、いわば戦友である。

玄関脇に設置された電光掲示板を固唾を飲んで見守る戦友たち。話したことのない人も何人かいたが、この時ばかりは妙な一体感に包まれていた。しばらくして、掲示板がパッと光る。

全員合格💮

結果は、、、

全員合格

会場にどよめきが走る。
僕も正直なところ、大学入試に合格した時よりも嬉しかった。これで全員のカリキュラムの修了が確定した。

無事に合格できたことへの喜び、そして鳥取から帰らなければならないことへの悲しみの感傷に浸る間もなく、事務方の人がどこからともなく現れ、今後について色々説明してくる。往復の交通費の精算をし、初心者マークを受け取った僕達は、まず、卒業式が始まる30分後までに食堂で昼飯を食べることを命じられた。

最後の車校メシ

最後の車校メシは牛丼だった。今までの揚げ物メインとは異なり、門出の食事にふさわしいメニューだと思う。を含め、同日入校で仲良くなった人たちとちょっとした思い出話を語りあいながら、急ぎ足で食事を済ませた。

卒業証明書を受け取る友人のJ

続いて2階の教室で卒業式が行われ、校長から一人づつ卒業証明書を手渡された。これで最終学歴・鳥取県自動車学校卒の称号を獲得である。校長は、安全運転に気をつけて云々と話していたが、具体的な内容は今やなにも覚えていない。

同日入校の人たち
J、S、僕
さらば鳥取。
スクールバスの車内から

卒業式が終わったあとは、昼のスーパーはくとに間に合うように、追い出されるかのごとく車校を去らなければならない。
ちょうど教習から戻ってきたSや、その他仲良くなった人たちと急いで記念撮影&またの再会を約束し、教習があと数日残っているSに見送られながらスクールバスに乗り込んだ。

車窓からだんだん遠ざかっていく自動車学校。思い返してみると本当に楽しい二週間だった
唯一心残りがあるとすれば、お世話になった教官にお礼を言う時間がなかったことぐらいだろうか。まあ、就活と卒論が落ち着いたらまたバイクの免許でも取りに来ようかな。

倉吉駅からの風景。
雪はすっかり解けていた

バスから見える景色は、こんにち館への移動&公道での教習で見覚えのあるものばかりだったが、この時ばかりはとても名残惜しく感じられた。
同時に、教習中にあれほど苦しめられたはもうすっかり解けており、雪とともに歩んだ教習生活の終わりを象徴しているかのようだった。

倉吉からは行きと同じルートを辿って東京に戻る。
スーパーはくとの車内では途中睡眠を挟んだりしながらも、僕との2人とも、合宿免許の冷めやらぬ余韻に浸っていた。が新幹線に乗り換える新大阪で、またいつかの再会の約束を熱く交わし、僕はふたたび一人になった。

これで完全に合宿免許生活の幕引きである。

京都駅からみた京都タワー

その後僕は終点の京都で下車し、京都に住む友人の家に泊まらせてもらったあと、ふたたび東京への帰路についた。

東京に着いてから3日くらいは、東京での生活がつまらな過ぎて、鮫洲の試験場に行く以外ずっとダラダラしていた。同時に、合宿免許で身についていた11時寝6時起きの規則正しい生活習慣も、一週間も経てばすっかりと体の記憶から忘れ去られて、元の昼夜逆転生活に戻っていたのであった。

ちなみに、合宿中に仲良くなった友人たちとは、意外にもすぐに再会を果たすことになった。その話はまたいつか。

(完)

あとがき

生まれてはじめて旅行記というのを書いてみたのですが、みなさんいかがだったでしょうか。

まず、旅行記というのを実際に書いてみて、自分の思ったことを淡々と書くのはともかく、物語調で時系列順に物事を説明するというのに大変苦慮しました(普段小説を読まないので)。
文章内では話の流れ上都合の悪いところは多少削り、なおかつやや誇張して書いたところもありますが、概ね事実に基づいていることは保証しておきます。

合宿免許全体の感想としては、楽しかったのは勿論として。
こう言っては大袈裟かもしれないですが、僕の価値観も多少変わったというか、もっと自分から積極的に相手に働きかけてもいいんだということを知れたのは良かったと思います。今までは誘われ待ちの受け身なタイプだっただけに、今回の友達作りの成功体験は個人的に大きなものでした。

そんなこんなで、免許を取る際には通いではなく合宿をとりあえずお薦めしておきます。
あと、回し者ではないですが一応鳥取県自動車学校のTwitterとインスタのリンクも貼っておきます↓。安いうえにユニークな先生がいっぱいいて、とても楽しいところでした。食堂も最近業者が変わり、さらに美味しくなったようです。
きっと楽しい思い出になること間違いなしなので、もしよかったら行ってみてください。オススメです。

色々なことをあれもこれもと書くうちにずいぶん長くなってしまった&読みづらい文章になってしまいましたが、なにはともあれ、ここまで読んでくれてありがとうございました。

多分そのうち後日談を書くと思うので、もしよかったらそれも見てやってください。

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