【閑話】今朝のびっくり ※長いです
私は、午前中の方が調子がいいタイプです。
実際には、メッセンジャー業はどの時間帯でもできるのですが、やっぱり昼間の方が疲れてなくていい感じです。
自分がガイド達から明確なメッセージをもらうときは、大抵が午前中です。
自分が午前中の方が調子がいいことを知っているので、瞑想的な試みをするのは、寝起きの状態でやることが多いです。
瞑想がそんなに得意ではなくて、どうしても寝てしまうんですよね。
だから大抵、ただの二度寝になってしまうんですけれども。
寝っ転がってやるなって話なんですけどね。
ただの瞑想だと寝てしまうので、最近では、志向性を持たせた精神活動…みたいなものになってしまってます。
能動的に心を澄ませる、という作業なんですけど…
例えば今朝の場合は、ゆうべ寝る前にやっていたジグソーパズルゲームの影響なのか、目の前に、完成されたグレー一色のジグソーパズルが床一面に広がっている部屋にいました。
イマジネーションの世界ですよ、現実ではありません。
勝手にわいてくるんです、イマジネーションが。
私はその部屋の天井から見下ろしていて、
「よし、この部屋全部を光らせよう」
と思い、光といえば太陽、天照大神さまにこの部屋を照らす力を貸して欲しいとお願いします。
了解を得た私は、部屋の端のほうから、ジグソーパズルのピースを少数ずつ日光消毒するような感じで、光らせていきます。
浄化ってよく聞きますけど、こういうこ地味な作業ですよ。
するとですね…
あるピースに差し掛かった時、ものすごく自然に、私の呼吸と鼓動が止まるんですよ。
すっと、吐く息が吸い込まれるように止まるんです。
そして完全な無音のイメージ。
心臓が止まるんですよ。
この状態では、絶対に鼓動は再開しない、という確信。
そこから移動すると、呼吸と鼓動は再開します。
「なにこれ?」
結構おどろきました。
そんな体験は初めてだったので。
何事もなかったかのようにピースを光らせる作業を続けながら、意識して探ります。
すると、また、今度は別のピースで呼吸と鼓動が止まるのです。
何度かそんな事を繰り返していくうちに、
「おかあさーん、ピクミンのストーリー、クリアできたー!」
という喜びの声と共に息子が寝室に入ってきて、私の朝の精神活動は終わりました。
その後、ちょっと興奮気味に、夫にこの体験を話したのですが、彼は黙って聞いてくれますけど、私に「それはね、こういうことなんだよ」とか解説はしてくれません。不思議そうに聞いてくれるのみ!
どうも、特定のピースに差し掛かる時に、私の呼吸と心臓の拍動のタイミングがぴったり合って、止まってしまう、という事みたいなのですが、どうしてそんなことになるのか。
こんなときはガイドに聞いてみなければ! と、久しぶりにガイドを質問責めにしました。
こういう時は、正確を期すために、振り子を使います。
そしてわかったことは…
呼吸と鼓動が止まるピースは、私の、
「死の思い出」
なんだそうです。
なんじゃそりゃって思いますよね。
平たく言うと、前世での死の記憶、みたいなものらしいです。
私は、ものすごく納得しました。
道理で、ナチュラルに呼吸と鼓動が止まるわけです。
でも、どうしてそんな思い出がある部屋に私はいたんでしょうか?
この謎を解くのはとても簡単でした。
私の、志向性のある精神活動とはですね、
「もうすこし、ガイドや神様たちの世界に近付きたい」
というものが発端なんですよ。
だからそのために、彼等の方へと、意識をどんどん近付かせて行く、というものなんです。
だからなんですよ!(ドヤァ)
ものすごく簡単に、色々はしょって例え話で説明するとですね。
彼等は、あの世にいるわけです。
生きている私が彼等に直接会いに行くためには、三途の川を渡っていかないといけないんですよ。
そして、私は前世で実際に、「死」を通じて三途の川を渡り、あの世へ行ったことがあるわけです。何度も。
あのグレー一色のジグソーパズルというのは、私の澄んでいない灰色の意識であると同時に、恐らく、わたしたちと彼等を隔てる、三途の川、忘却の川といった境界線のメタファーだったのだと思います。
だからそこに、私の「死の思い出」があったのも自然なことなわけです。
私は自分の心を澄ませる事で、もっと彼等に近付きたいと思っていたわけですから、イマジネーションの中で、灰色の澄んでいない意識を、神様の力をお借りして澄ませていくというのはごく自然というか、当たり前の行動でしょう。
肉体というのは、彼等と私たちを隔てる物理的な障壁です。
でもね、意識を澄ませていくと、届くのですよ。
心が澄めば澄むほど、境界は薄くなるのです。
心って、すごくないですか?
どれだけ秘密が埋まっているのか。
私はずっと、自分の心を探求し続けて生きてきましたけれど、まだまだ、知れば知るほど自分がいかに何も知らないのかを、思い知らされる日々です。
自分の心でさえこうして理解しきれないのですから、人と人が理解しあうのは、どれほど難しいことか。
でも、自分の心を知ることは、他人を知り、世界を知るための重要なツールだとも感じています。
知りたい事は、すべて自分の中に埋まっています。
みなさんも是非、自分の心の中を旅してみてくださいね。
余談ですが…
とても個人的な事ですが、天照大神は夫がもっとも大切にしている神様なので、私はそれにあやかって、地元の氏神さまと天照大神さまに、何事もお頼みする事にしていまして、実際とても繋がりやすい神様なのです。
例えば、私が安全に誰かのガイド達と繋がれるのは、彼らのような高次の存在の保護のおかげなのです。
ただ、厳密に言うと、天照大神さまそのものではなく、それに連なる方にお助けいただいている、というのがより正確なんだと思います。かれらは名乗りませんのでね。
あと、自分ともっとも近しい神様は、地球じゃなくて宇宙の神様だそうなんですが、名前も何もわかりません。
そもそも、神様って書いていますけど、便宜上そう呼んでいるだけで、本当に神様なのかどうかもわかりません。
精霊とか、そういうものなのかもしれない。
実際、元人間でない存在もたくさんいます。
とにかく、現実の私たちより、ずっと上の層にいることは間違いありません。
これね、別に私が特別だから保護してもらえてるとか、そう言うことではないんですよ。
あ、ごめん違いました。
私は特別じゃないかもしれませんが、特殊でした。
でも! 誰でも、力を貸してもらえるのは本当です。
ただ、お願いを「叶えて」くれるわけではないので、そこは注意が必要です。
よく聞く話だからみなさんご存じですよね。
自分で希望を叶える為に、力を貸してほしい、助力が欲しい、という頼み方でないと、あんまり意味はありません。
あとはですね、持っているエネルギー量が少ない人は、全部自分の力でやろうとすると、すぐ枯渇します。
だから、例えば誰かから悪意を向けられたりしたときに、自分だけのパワーで跳ね返そうとしてもすぐ疲労します。
そんなときに、ぜひ、自分が縁があると思う神様にお願いしてみてください。
近所の神社の神様でもいいですし、何か信奉している宗教があるなら、その神様でもいいです。
もっと大ざっぱに言えば、ガイドの上にはだいたい神様方がいらっしゃるので、
「名前はわかりませんが、私のガイドとその上司の神様、どうぞ力を貸してください」
的な頼み方でも大丈夫です。
いいですか、自分だけでなんとかしようと思わなくて大丈夫ですからね。
足りない分は、望めば必ず力を貸してくださるんですよ。
ただ、得られる力はその人の澄み具合によって大きく違います。
最初から大きな力を望んでも、願ったほどのものは得られないかもしれませんね。
それにこういうのってね、ほんっとうに、地味に効いてくるものですから。
めっちゃ地味なんですよ。
神様は! 地味!
めくるめくなんか、みたいなのは、そうそう起こらないですから、安心してください。
わたしが他の人よりずっと手厚く保護されているのは、まず第一に、わりと澄んでるから、というのが大きいようです。
澄めば澄むほど、彼らの力を大きく借りる事ができるようになるわけです。
そして、力を借りれば借りるほど、神様の影響を受けるわけですからね、ますます澄んでいくわけです。
まさに、ウィンウィン。
そもそも、なぜ私が他の人より澄んでいるかというとですね、メッセンジャーとして役立つ為に必須の要素だからなんですよ。
ガイドとかその上の精霊方はね、ものすごく澄んでる上の方の層にいる方々なので、下の方の層にいる私たちとは、なかなか意志疎通ができないんですよね。
でも、そこを繋ぐのがわたくし、メッセンジャー。
より上の方の方々と確実に繋がり、より多くの情報を得る為には、私にもある程度の波動の高さ、みたいなものが求められるのは自然な事です。
そのために私は、彼らによって保護されているというわけです。
私は、本当にぴったりなんですよ。
人の悪意のようなものにさらされないような場所にいる事も大切ですし、肉体が疲れすぎない事も大切です。
他にも、まあ簡単に言えば、あんまり欲を持ってない、という特徴がありますでしょうか。
なるべくして、なった、って感じです。
なんというか、今となっては、人の近づけない険しい場所に修道院や寺院がある理由がわかるような気がしますよ。
私は全然、宗教家ではないんですけどね。
でも、神様なのか精霊なのかなんなのか正確な所はわかりませんが、高次元の存在というのは確実に存在していて、私たちが助力を求めると拒むことなく力を貸してくれるのですよ。
ものすごく地味な奇跡の積み重ねなんですが…
いつかみなさんにも体感してもらえたらいいな、と思いました。
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