漫画から音が聴こえる
はじめに
『ファイアパンチ』や『チェンソーマン』で有名な漫画家の藤本タツキ。
2021年7月19日午後9時5分に少年ジャンプ+にて読み切り143Pの作品『ルックバック』を発表しました。
その凄さ、反響の大きさは当時のTwitterを見ればわかります。
一般読者のみならず、多くの創作者(とくに漫画家)は深く感銘を受けて絶賛、あるいはショックを表明していました。
…という前フリはここまでにして、結論から話します。
ルックバックにはオノマトペがない
オノマトペとはなにか?
雨が降る「ザーザー」や物が壊れる「ガシャン」やショックを受けた様子を表現する「ガーン」といった擬音語、あるいは擬態語のことです。
上図は手近にあった石黒正数『木曜日のフルット①』と『よつばと!①』から模写したものです。
※わざわざ模写したことに意味はありません
漫画では音と雰囲気を表現するためにオノマトペを利用します。
柔らかい文字であれば軽い感じの音に聴こえ、尖った文字であれば引きつったような緊迫感のある音が聴こえます。
ですが、あたりまえの話、漫画から音は聴こえません。
なぜならスピーカーは付いていないし、イヤホンを挿す穴も空いていないからです。
しかし、私達は漫画から効果音のみならず、キャラクターたちが話す会話すら鮮やかに聴こえています。
それは漫画に描かれた文字(セリフとオノマトペ)があなたの想像力を刺激し、あなたが音を生み出しているからです。
無音のはずの漫画に「音」という彩りを添え立体感を生み出す装置、それがオノマトペです。
ですが『ルックバック』にはオノマトペが1箇所も描かれていません。
※吹き出しを使った形では2箇所あります
さて、今一度『ルックバック』を読み返してください。
思い出すだけでも大丈夫。
無音だったでしょうか?
雨の音、漫画を描く鉛筆の音、4コマを破る音が聴こえていたのではないでしょうか。
なぜオノマトペがないのに音が聴こえたのか?
単純な結論として、作者である藤本タツキが「オノマトペを使わずに世界を表現する」ことを選び、それに尽力し、成功したからです。
オノマトペがないのに音が聴こえるということ。
それは「絵(画)が音を生み出していた」ことに他なりません。
作風かも知れませんが、私は作者の「覚悟」あるいは「表現する意志」を感じました。
なぜオノマトペを使わなかったのか?
作者は『ルックバック』という世界を作るにあたり、現実的な描写を選びました。
現実には「ドサッ」という文字や「ガーン」といった文字は目に見えませんから。
いや、それでも現実で音は鳴り響いています。
それを完全に排除した『ルックバック』は超現実的とも言えます。
常に沈黙がそばにあり、どこか死後の世界を思わせる、あるいは夢の中のような、思い出の風景のような無音なのに音が聴こえる世界。
読者が読み終えた時、すべてが過ぎ去り無音に戻っていく…その寂しさを味わわせるために。
現実に目を向ければ、音が溢れた活き活きとした世界が待っていることを伝えるために。
そうした表現のために、オノマトペを排したのだと想像します。
おまけ
全編でオノマトペを排した作品は初めて読みましたが、漫画表現としてオノマトペやセリフを排する表現は非常に効果的です。
私は『スラムダンク』の○○戦で初めて意識的にこの表現を認識しました。
『ルックバック』でも、極限状態や張り詰めたシーン、あるいは高揚するシーンではセリフが排除され、読者の集中を誘います。
※さて、どのシーンだったでしょうか?
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