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欽定訳聖書とは何か その概要と翻訳の大まかな道すじを考える

先日『No one lives under the lighthouse』というゲームの翻訳で聖書の文章を翻訳する機会がありました。

詳しくは記事に書きましたが作品にて引用されていたのは主に「Authorized Version」または「King James Version」、日本では「欽定訳聖書」として知られる聖書でした。

しかし、聖書といっても、それはあくまで翻訳というプロセスを経てできたものです。訳者の主観が混じることは不可避であり、その主観の傾向を知らないことには英語から日本語への翻訳の指針も立てられません。

当時の私は「欽定訳聖書」がどのような経緯で翻訳されてできたものかを調べることはできませんでした。そこで、この記事では遅ればせながら『英訳聖書の歴史』(著:永嶋大典 研究出版社)を参考に「欽定訳聖書」の成り立ちと、そこから導き出せる翻訳の大まかな指針を書きます。なんて面白そうなんだ。


カトリックとプロテスタントの交差点としてのKing James Version

James I

1603年3月24日、エリザベス女王が崩御すると、イギリス国民は極度の不安に陥った。メアリー女王の例¹にみられるように、国王の信仰(宗派)によって国の宗教および政治は決定的に左右されるからである。しかしスコットランドのジェイムズⅣがジェイムズⅠ[在位 1603-25]としてイングランド王を兼ねることが明らかになると国民は平静に戻った。ジェイムズは王権神授説を唱えて議会と対立するが、それは後日のことで、2歳の時から、長老主義[カルヴァニズム]が支配するスコットランドの王として36年間を過ごしてきた人である。

『英訳聖書の歴史』p.108

イギリスは当時既に宗教改革の風が吹き荒れ、国民の間ではカルヴァニズムに強く影響を受けた「ジュネーヴ聖書」が普及していた。プロテスタント神学の中心地で作られ始めた「ジュネーヴ聖書」は「ティンダルの註²に比べれば穏やかではあるが、カルヴァニズムに貫かれている」(同書、p.95)ものであり

例えば(中略)the beast that cometh out of the bottomles pit「底知れぬ所からのぼってくる獣」の欄外にはThat is, the Pope which hathe his power out of hel and cometh thence.「すなわち教皇のことで、彼の権力は地獄に由来し、彼も地獄からやってきたのである」とある。こういった点がのちにジェイムズⅠの不興をかい、AV(「欽定訳」)への契機となるのである。

同書 p.96

というように「ジュネーヴ聖書」には、反教皇・反教会の権威の性格が如実に表れている。

そんな反カトリック的な世相の中で新たな国王となるジェイムズ一世は、ピューリタン派と保守派を集めた「ハンプトン・コート会議」を執り行う。その中でピューリタン派は「在来の英訳聖書の不備をいくつか指摘し、国教会全体が支持できる新しい聖書の作成を主張した」(同書 p.108)のに対し、保守派は反対した。

ジェイムズ一世は「生国スコットランドのカルヴァニズムを快く思わず、むしろ、位階制度が整い、国王が教会の最高位に就く英国国教会に親近感を持っていた」(同書、p.109)という事情もあり、ピューリタン派の主張をほとんどすべての主張を跳ねのけた。

しかし、ピューリタン派の「新たな英訳聖書を作る」という主張には賛同した。それには以下のような背景があった。

しかし彼は、英訳聖書については一家言を持っていた。風采はあがらず、言葉もスコットランド訛りがあって明晰を欠くジェイムズは、しかしながら、なかなかの学者で、自ら「詩編」の一部を英訳したり「黙示録」を訳述したり、神学上の論文を書くなど、神学論争を好んだ。その彼にいわせると、現行の英訳聖書にろくなものはなく、その最たるものは「ジュネーブ聖書」であるという。

スコットランドの長老教会後任の「ジュネーブ聖書」を目の仇にした理由は、その訳文よりも註にあり、しかもそこにはかなり個人的事情もからんでいた。例えば「ジュネーブ聖書」の「出エジプト記」には国王への不服従を容認する趣旨の註があり、また「歴代志下」の註は、偶像崇拝の罪を犯したアサ王の母は、退位どころか処刑されてしかるべきであると主張している。これは、国王の地位にあるジェイムズにとって、また、エリザベス女王によって処刑されたスコットランド女王メアリーを母とするジェイムズにとって、はなはだ不穏な註である。

ジェイムズがハンプトン・コート会議でレノルズ(ピューリタン派)の発言を採りあげ、「統一訳」(one vniforme translation)を作るよう命じたのには、上のような背景も一因していたものと思われる

同書 p.109

以上のようなジェイムズの英訳聖書という訳業に対する愛憎が「欽定訳」という、一面的には語ることのできない聖書を作り出させた。「欽定訳」は「ハンプトン・コート会議」という始まりの時点からカトリックとプロテスタント、両陣営の思惑が交差する複雑な英訳聖書であり、その性質を一言で語ることはできない。以下では「欽定訳」の性質を訳業のルールや、訳文の分析から解き明かしていく。

「欽定訳」の訳出方針

「欽定訳」の翻訳班は「オックスフォード・ケンブリッジ両大学および教会から、しかるべき学者を選出させ、47人から成る6班」(同書 p.109)という形で構成された。しかし、重要なのは翻訳にあたって定められた15条の方針である。「欽定訳」を日本語に翻訳するにあたって決定的に重要であるため、以下全文を引用する。

1. 教会で普通用いられている通称「主教聖書」を基にし、変更は原典を正しく伝えられるための最小限にとどめること。

2. 聖書本文の固有名詞の表記は、できるかぎり一般の慣用に従うこと。

3. 伝統的教会用語は保存すること。例えばchurchをcongregation などと訳してはならない。

4. ある語がさまざまな意味を持っている場合は、初代教父たちの大多数が常用した意味を採用すること。それが文脈にも信仰にもかなっているからである。

5. 章の区分は変更しないこと。変更がどうしても必要な場合は、最小限にとどめること。

6. 欄外註は、ヘブライ語またはギリシャ語の意味を本文の中で簡潔・適切に表すことが困難で、その補足説明を行う場合以外、一切つけないこと。

7. 聖書の各書[の章・節]を参照するのに便利な引照を欄外に付けること。

8. 各班の班員は同じ章をそれぞれ独自に翻訳または改訳し、各自の訳を持ち寄って合議のうえ最終案を決定すべきこと。

9. 各班が聖書の一つの書を訳し終えた場合は、それを他の班に送って慎重に検討してもらうこと。国王陛下はこの点を特に重視しておられる。

10. 回送されてきた書を検討して、疑義または異論がある場合は、その箇所と理由を付して担当の班に報らせ、もし意見が一致しない場合は、最終段階において各班の代表者から成る総会で意見の調整を行うこと。

11. 特に難解な箇所について疑義が残る場合は、勅書によって国内のしかるべき学者の意見を求めること。

12. 各主教は管下の聖職者にこの訳業のことを文書で報らせ、ヘブライ語・ギリシャ語に堪能な者をできるかぎり多く動員して、各人の意見をウェストミンスター、ケンブリッジ、またはオックスフォードの各班に報知せしめること。

13. 各班の班長には、ウェストミンスター班ではウェストミンスターとチェスターの首席司祭が、オックスフォード班とケンブリッジ班ではそれぞれの大学のヘブライ語またはギリシャ語欽定講座担当の教授が当たること。

14. 「主教聖書」よりも「ティンダル訳」「マシュー訳」「カヴァデール訳」「ウィトチャーチ聖書」[=「大聖書」]「ジュネーブ聖書」の訳の方が本文によりよく合致する場合は、これらの訳を採用すること。

15. 前出第4条の規定をよりよく遂行するために、前記各班の班長以外に、オックスフォード・ケンブリッジ各大学の古参神学者で訳業に従事していない者の中から、両大学の副学長が各コレッジの長と協議のうえ3~4名を指名し、ヘブライ語およびギリシャ語の聖書の訳稿の監修に当たらせること。

同書 p.110,111

方針1にあるように「欽定訳」は国教会指定の「主教訳」を下敷きにしており、ジェームズの立場からすれば当然の方針であると言える。『英訳聖書の歴史』の著者から言えば「欽定訳」の方針は当該所の引用を用いて以下のようにまとめられる。

訳者たちが最も強く意識していたのは急進的な「ジュネーヴ聖書」と超保守的な「カトリック訳」で、序文の終わりから2つ目のパラグラフの中に次のような一節がある:

最後に我々は、一方では昔からの教会用語を捨てて、例えばBaptism[洗礼]をwashingとし、Church[教会]の代わりにCongregationを採用するピュリタンたちのゆき過ぎた几帳面を避け、他方ではまた、カトリック教徒が最近の彼らの翻訳で、わざと意味がわからないようにするために盛んに用いているAzimes[除酵祭; AV the feast of unleavened bread], Tunike[祭儀用の法衣; AV Ephod], Rational[胸当て; AV breastplate], Holocaust[全燔祭の供え物; AV whole burnt offerings],Præpuce[前の皮; AV foreskin],Pasche[過越祭; AV Passover]のような一連の語を回避して、―――カトリック教徒たちは是が非でも聖書を英訳しなければならず、そこでその[難解な]訳語によって聖書が一般の人々には理解できないようにしているのである。

同書  p.113,114

「欽定訳」は出来上がった文章がどうだったのか、という事はひとまず置いておいて、少なくともその訳業は以上のような両陣営聖書の批判的な再構成に根差していた、ということが言える。

「欽定訳」の分析

それでは「欽定訳」の文章は実際にはどういったものにできあがったのか。「欽定訳」の序文にはその性質を以下のように説明している。

まことに(キリストを信ずる善良なる読者よ)我々は初めから新しい翻訳を作る必要があるとか、[従来からの]つたない訳を立派な訳にしなければならないなどと考えたことはなく、すでにある立派な訳をますます良くすること、更にいえば、多くの立派な訳から、異論をさしはさむ余地のない、代表格の訳を作ることを考えたのであって、それを我々の努力とし目標としてきたのである。

同書 p.117

以上の引用の通り「欽定訳」は「従来の訳を排除するものではなく、むしろそれらを総合したもの」(同書 p.117)という事ができる。総合の具体的なパーセンテージは以下の通りになる。

(1380年ー1400年) 英文の説教を含むウィクリフ訳 4%
(1525年ー1535年) マッシュー聖書を含むティンダルの作品 18
(1535年ー1541年) 大聖書を含むカヴァディルの作品 13
(1557年ー1560年) ジュネーヴ聖書とジュネーヴ新約聖書 19
(1568年ー1572年) 主教訳聖書と改訂訳 4
           1611年以前のすべての他訳 3
―――――――――――――――――――――――――――――――――
                      小計 61%
           (1611年)ジェイムズ王聖書   39%
―――――――――――――――――――――――――――――――――
                         100%
[斎藤国治訳「欽定訳聖書の文学的系譜 1340-1611」p.245より]

この種の統計は単位のとり方によって数値が大きく変動する。新約のみにかぎれば、AVの80-90%は「ティンダル訳」に由来するというのが一般に認められている通説である。

同書 p.118

まとめ

以上「欽定訳」という英訳聖書を歴史的な経緯、翻訳方針、内容の分析という3つの要素で見てきた。当初私は「欽定訳はカトリック寄りである、あるいはプロテスタント寄りである」という単純な回答を出すことができると考えていた。

実際「欽定訳」以前の「ティンダル訳」あるいは「主教訳聖書」であれば、それぞれプロテスタント寄り、カトリック寄りと言い切ることができた。しかし、これまで見てきた通り「欽定訳」は両派の交差点であり、総合でもあった。

民衆に伝わらないことを意図したカトリックの難解な表現は正され、プロテスタントの過剰な教皇の権威への批判やそれに基づく訳語の変更も正された。この一点をとっても「英訳聖書をどのように翻訳すればよいのか?」という疑問への単純な答えは出てこない。少なくとも両派の中庸を目指す、という抽象的な答えを残すにとどまる。そしてそれを実行するためには両派の傾向を深く知ることも必要となる。

ここまで主に引用を引きながら長々書いてきたが、最後は歯切れの悪い結論となった。しかし、最後に引用する文章に読み取れるように「欽定訳」は歴史において絶大な影響を及ぼしてきた。そんな怪物を簡単に翻訳できる、と考える方がどうかしているのかもしれない。

キリスト教国において聖書が大きな影響力を持っていることはいうまでもないが、特にイギリスでは、AVという統一訳ができて、それが教会や家庭において絶えず読まれるようになったのは画期的な事件である。AVの出現によってイギリス国民は”一冊の本の国民”になったとさえいわれる。

同書 p.122

¹ 通称「血なまぐさいメアリー」、熱心なカトリック信者で3年間に約300人の新教徒を焚刑に処した。

²ティンダルは「鋤をとる少年にも聖書を読んでもらう」ことを目的に英訳聖書を作った人物。ティンダル訳の註には教皇批判の色が濃く最後には殉教した。

ティンダルの造語ではないがティンダル訳によって以下の単語が普及した(訳は同書、p.69より)「peacemaker(平和を作り出す人)」「atonement(贖罪)」「filthy lucre(不正な所得)」「longsuffering(忍耐)」「mercy seat ルター訳より(神の座)」「Passover(過越の祭り)」「scapegoat(贖罪の山羊)」「shewbred ルター訳より(供えのパン)」「tender mercy」(あわれみ)

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