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選手のためにリフレッシュレート120Hz以上の映像分配してみた!

1.なぜリフレッシュレートが重要なのか

eスポーツの現場ではリフレッシュレート120Hz以上、つまり一般的なテレビの倍以上(60フレーム=1秒間に60コマ)のフレームレートが求められることがあります。よりダイナミックな映像だけでなく、選手のパフォーマンスを出すためには120Hz以上で出力することはとても大切です。

特にFPSと呼ばれるタイトルでは、いわゆる銃の早打ち的に一瞬でも早く反応する必要があり、60Hzと120Hzの差はおおよそ0.0083秒ありますから、理論上はプロ野球で例えるなら球速が1km/h早くなるのと同程度の時間になります。

プロ野球選手がピッチャーが投げた球を認識して、バットのコントロールを変えているように、eスポーツ選手も自分が出した行動が当たった/当たらなかった/避けられたなどの状況を判断して次の行動を判断しています。つまり、描画の早い環境を用意することで選手の身体能力を極限まで活かせる環境に近づけることができます。逆に描画の遅い環境は例えるならピッチャーマウンドとバッターボックスの距離が近い球場で野球をやらせるようなものなのです。

2.高リフレッシュレートを分配する

今回、様々なタイトルで放送現場に入る機会がありましたが、実はこれまで120Hz以上で分配する必要はいままでほとんどありませんでした。
それはインターネットライブ配信が60Hzまでしか対応していないことと、120Hz以上が求められるタイトル(主にFPS)には観戦カメラ用のアカウントが用意されていることが多く、その端末からだけ60Hzで取得してしまえば、選手の環境には影響なかったからです。

しかしながら、近年120Hz以上を分配する必要があるタイトルが出てきました。詳細は下記リンクで記載されているため省きますが、こういったゲームが登場したことで、今回120Hz以上を実現した映像分配の環境整備が初めて要求されることがありました。

格ゲーの常識”60Hz”は過去のもの!? ストVは、144Hz以上のディスプレイでより優位に
【格ゲーが120fpsに初対応】『サムライスピリッツ』がXbox Series X|Sにて、2021年3月16日発売!

なお、上記のような格闘ゲームでも会場でオンライン対戦にすれば観戦環境だけ60Hzにすることで「選手のみ120Hz以上」を安価に実現することもできます。しかしながらオンラインである以上、ラグが発生します。つまり、より選手の身体能力を活かせる環境を用意するには「オフラインで120Hz以上の環境を用意すること」が大切になるのです。

3.果たして実現可能なのか

前置きが長くなりましたが、結論でいうと「出来ます!」
ただし、実現するためには以下の条件が必要となります。

・グラフィックボードが低いリフレッシュレート、解像度に合わせる特性があることを理解する必要がある。
・HDMIスプリッターそのものが高リフレッシュレートの映像に対応している必要がある。
・HDMIスプリッターのEDID管理を理解する必要がある。
・HDMIケーブルがHDMI2.0以上(できれば2.1)対応が必要である。
・長距離伝送するためには3G-SDIでは対応しきれない場合があり、それ以上のSDI企画かHDMIエクステンダーが必要となる。

以下に今回実現するためにどのような方法をとったのかをまとめますので、今後のeスポーツイベントの発展につながればと思います。
また、今回の実現に向けて多大なご協力をいただいたATEN様、AVerMedia様にこの場を借りて感謝申し上げます。

4.グラフィックボード上の特性理解

PCのグラフィックボードにはHDMIやDisplayPortなど、複数の映像出力端子が存在します。それであれば、一方の出力端子で高フレームレートで出力して、一方の低いビットレートで出して複製すればいいじゃん?と思う方もいるかもしれませんが、今回実現しようとしたタイトルには内部処理で低い方の映像仕様に合わせる仕様があるらしく、映像を取得する側も高リフレッシュレートの映像を出力する必要がありました。

PCからの高解像度/高リフレッシュレートの映像はDisplayPortを利用することが多く、配信キャプチャーを行わない2つ程度の出力であればDisplayPortが2つついたグラフィックボードを利用することで実現可能です。

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5.映像分配上の特性理解


今回はステージ上からホール最後部までの長距離を伝達する必要があり、さらにスプリッターやキャプチャー、コンバーターなどの機器でDisplayPortはまだまだ一般的ではなく、HDMI映像を分配する方が機器の選定上好ましいと判断しました。

HDMI映像をわけるためにはスプリッターという機器を使用しますが、その特性をよく理解する必要があります。

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スプリッターをPCなどで出力された1つ映像をいくつかのディスプレイにわけるためのものと認識される方も多いかもしれませんが、正確には1つの映像信号を複数コピーしているだけに過ぎません。
HDMIなどの最近のデジタル信号には、EDIDと呼ばれる方式で、出力元と出力先がやり取りを行い、映像出力の解像度、リフレッシュレートなどの情報を決定します。例えば、PCから4Kモニターと8Kモニターに分配して、8Kの映像信号を分けるとした場合、当然4Kのモニターには8Kの描画能力はありませんから映りません。つまり、スプリッターがどのEDIDを参考に映像をコピーしているのか仕様の把握が必要となるのです。

今回お借りしたスプリッターはVS184という型番のものになります。
こちらにはEDIDの仕様を決定するスイッチが付いていました。

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DEFAULT・・・スプリッター自身が1080 60FPSを返す。
AUTO・・・最大公約数。つまり一番描画能力の低いディスプレイに合わせる。
PORT1・・・PORT1に刺したディスプレイに合わせる。

つまり、今回はこれでPort1に120Hz以上のディスプレイをつなぎ、Port2でももう一方の選手、そしてPort3で配信用の映像信号を出力することにしました。

スプリッター自体が120Hz以上に対応したスプリッターであることはもちろんですが、EDIDの制御方法をちゃんと仕様が存在しているスプリッターはまずありません。それどころか、今回はその制御方法までスイッチで対応できる大変貴重なスプリッターでした。

そこで出力した映像信号を120Hz以上に対応したキャプチャーボードで取り込んだところ、無事に映像信号を取得することが出来ました!

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6.映像伝送と距離

2021年現在、最も多く使われている映像信号は1920x1080 60Hzです。それよりも高解像度な4K/8Kや高リフレッシュレートの映像はより大きなデータとなります。このことから従来のHDMIでは帯域が足りなくなり、HDMI1.4、2.0、2.1など、大きなデータを扱うためのHDMIケーブルの規格が登場しました。
HDMIケーブルで流通している多くはHDMIケーブルはHDMI1.4、たまに2.0企画といったところです。最も普及している映像信号である1920x1080 60fpsに対応していれば十分だからです。

今回の高リフレッシュレートの映像を扱うにはHDMI規格も最新のものを利用する必要があるため、今回は特に超高リフレッシュレートであったため、HDMI2.1と呼ばれる規格のケーブルを準備する必要がありました。(現に今回スプリットした映像にHDMI1.4ケーブルを使用したところ、EDIDの認識の時点で弾かれて描画できませんでした。)
※高リフレッシュレートを出すだけであればDisplayPortという手もありますが、キャプチャーやスプリッターなどの映像機器はかなり限定的になります。

また、HDMIでは短距離しか運べない特性のため、イベントなどの長距離にわたり映像信号を渡す現場では、SDIと呼ばれる同軸ケーブルに変換することが一般的です。
しかしながら、SDIの規格である3G-SDIでは今回の高リフレッシュレートの映像信号を送ることが出来ません。これは前述の通り高リフレッシュレートのデータはデータ量が多いため、3G-SDIのデータ速度(3Gの名の通り3Gbps)では足りないことが原因でしょう。

4K60FPSのフレームレートがおおよそ7.5Gbpsと言われておりますので、理論上は倍の120FPSだと12G-SDI(12Gbps)にギリギリ足りないことになります。
さらに今回の要件が240HzのEDIDとなるため、今回はSDIでの転送ではなくATEN様よりお借りした光ケーブルを利用した100m伝送可能なHDMIエクステンダーを使用することにしました。

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サイト上には1.4準拠とありましたが、今回の1920x1080 240Hzの環境で動作しました。

7.最後に

今回、貴重なオフラインのイベントの機会があり、我々のようなイベント会社にとってはもちろん、出場する選手にとっても貴重な場であったことから、選手に全力を出していただける場を用意しようと今回の調査を経て、このような環境を実装致しました。
イベント現場ではライブ配信などの技術も当たり前になってきましたが、大切なことは「選手のために全力を尽くす」ことをモチベーションに「新しい技術を身に着けて定着させていく」ことが大切です。

それこそ20年前にはまだライブ配信は一般的ではありませんでしたし、これからも新しい技術はどんどん生れてくるでしょう。

eスポーツの魅力は選手が多くの人を楽しませること
にあると思います。
そのためにも選手が全力で挑める環境を、選手がより多くの人を喜ばせるための放送技術をこれからも磨いていきたいと思います。

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