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浅学を嘆く

就寝前に夫婦で、山本健吉著  "ことばの歳時記" の読み合せをしていた。上皇陛下と上皇后陛下ご夫妻が、毎朝おふたりでこの本の音読をなさっていることを以前ニュースで知り、我々夫婦も倣って始めた。

私はコロナ蔓延をきっかけに仕事を引退した。自粛生活の中では人と話すことはほぼ無い。使わない能力が一気に低下するのは老人の弱みだ。LINE飲み会に参加して久々に言葉を発したところ、"会話全体の構成" "文章の組み立て" "滑舌"、 全ての面で日本語力の退化が著しいことに気付かされた。

「このままでは大変なことになる!」と怖くなり、対策に "ことばの歳時記" の音読をすることを決めた。一人では続かないかとの不安から、細君もいっしょにするように仕向けた。

"ことばの歳時記" は昭和40年に刊行された本。著者の山本健吉氏は1907年生まれの文芸評論家だ。季節と共に生きてきた日本人が、それを如何に美しく味わい深く表現してきたか。古来より醸成してきた季の詞(ことば)の意味や成り立ち~変遷を、多くの用例から格調高く解き明かしている。

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約1ヶ月毎晩音読を続けた。春の項が終わるところまで進んだのだが、数日前に止めることにした。

私達の音読は、一日だいたい3ページぐらいをキリの良いところまで。段落を区切りとして私と細君が交互に読む。私は石坂浩二のナレーションをイメージして読んだ。問題は、見たこともない難しい単語、人名、地名が次々登場すること。その度に立ち止まって調べたり、面倒に思った時は適当に読むか飛ばしてしまう。

そうすると内容は頭に入りにくいし、つっかえつっかえでは「読んだぞ!」という達成感は希薄で、己の不甲斐なさがフラストレーションにもなる。

そうです。ひとえに我々の無教養と浅学が原因だ。しかしそれを棚に上げて「この本は表現がちょっと古いよね。」とか「ルビが少なくて不親切じゃない ?」などと軽く悪態をついた。今の言葉でいうと "ディスる" になるか。

「少年老い易く学成り難し」ならぬ「老人既に老い学間に合わず」だった。

"ことばの歳時記" の音読は一旦中止とした。我が夫婦には難し過ぎたようだ。実に無念!  これからも黙読用の教材として内容理解に努める。そしていつか再度音読にトライしたいと思っている。

そこで、新たに音読に使う本を見つけた。山下景子著 "美人の日本語" という季節の日本語を題材にした随筆だ。下の画像のように1ページに一編で、たっぷり一年分の言葉について書かれている。著者は作詞もされる文筆家で初版は2005年。幻冬舎から文庫本が発行されている。

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現代口語の "ですます" 調、いわゆる敬体で書かれた易しくて優しい文章だ。今後は毎晩その日付の一編と、月日にこだわらず読みたいもの二編ほどを音読する。そしてその美しい日本語を懷(いだ)いて床に就く。

美人の日本語

パラパラと拾い読みをしていたら、素敵な言葉が目に留まったので紹介させていただく。9月の埋め草として掲載されている【恩送り】という言葉。

『 同じような言葉 "恩返し" は、恩を受けた相手に恩を返すこと。"恩送り" は、いただいた恩を別の誰かに送る。その誰かがまた別の誰かに送る‥。そうやってつながっていく。私たちは気づかないうちに、さまざまな恩を受けて生きている。不幸ばかりを取り上げて運命を恨むのはやめて、恩を数えてみよう。それを誰かに送ってみよう。』

前段は私の雑な要約だが、原本は敬体の優しい語り口で書かれている。軽度の不幸体質の私には沁みる言葉だ。サラリーマン現役諸氏においては "恩送り" の精神を持って、良い文化を次世代につないでいっていただきたい‥‥ などと今日も遠くに思いを馳せる引きこもり老人です。

<了>

P.S. 書き終えてから "恩送り" を私の好きな Wikipedia で調べたところ‥  この言葉は江戸時代の文献にも使用が見られ、歌舞伎の演目 "菅原伝授手習鑑" には「‥利口な奴、立派な奴、健気な八つや九つで、親に代わって恩送り。お役に立つは孝行者‥」の台詞があるそう。英語圏で "恩送り" の概念は、"Pay it forward" で表現される。はい。この段は100%受け売りです。

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