見出し画像

越後しの「野の鍵のゆくへ」

当社では今年からじょじょに複製画で新しいことを始めようとしています。越後しのさんの「野の鍵のゆくへ」は、その初作として意義深い作品になりました。越後さんは、仙台を拠点に全国各地で活発に展示活動をされているアーティストです。

越後しのさんについて

美大出身ではなく、多くの技術を独学で身につけ、ご自分のアトリエ兼ギャラリーもお持ちというアントレプレナーシップあふれるキャリアの持ち主。他の作家さんにもアドバイスしたり展示機会を与えたりしながら創作を続けています。アクリル絵具による絵、シャープペンを使った鉛筆画、紙に凹凸を作って刷る紙板版画が主要なアートワークです。絵ができるそばからどんどん売れてしまう売れっ子で、個展会期の終盤に行くと、毎回数えるほどしか売れ残っていません。

01_野の鍵のゆくへ

越後しの「野の鍵のゆくへ」(2019年)29.7×42cm。
iPhotoモロー紙にインクジェットプリント(ジクレー版画)

越後しのさんの絵を見てまず心ひかれるのは、たいていの絵に登場する小さく頼りないヒトの形をした生き物です。それはまるで子どものようともいえるし、天使、あるいは人の顔をした昆虫や動物のようでもある。目が小さく、何かを考えていそうな含蓄のある表情をいつもしています。ときに前向きで、ときにいじけていて、陶酔したり病んでいたり。不思議な表情です。

例えば自分のペットが何を考えているか、ずっと目を覗き込んで想像してしまうことがありますよね、あの感覚に似ています。つい見てしまう──。この魅力はどうして生まれるのでしょう。

想像力を膨らませる装置

幼少期にたくさんの絵本に囲まれて育った、とご自身からお聞きしたことがありますが、まずそのことが絵の概念へ大きく影響していそうです。(以下は、2020年のインタビュー記事)

「野の鍵のゆくへ」でも分かりますが、目や頬のあたり、手指など、感情を暗示させるキーポイントは実に緻密な描画です。目など、極細の筆でデリケートに描き込んでいる様子が分かります。そしてそれらの緻密さの余韻を楽しむように、他のアウトラインなどは、ふんわり、スイッとした塗りで描き分けていることが多いのですが、そのことによって、こちら側の想像力を働かせる余地がより豊かになっていると言えそうです。絵本の叙述・描画スタイルも、あまり細かいリアルな書き込みをせず、ストーリーのエッセンスだけを提示することで子どもの想像力を活性化しますよね、それに似ています。

目の透明感によって越後さんの「生き物」たちは、「弱きもの」「純粋なもの」の象徴になりえています。健気(けなげ)な彼らが、外の環境と懸命に折り合おうと戦っているよう。ペットの目を覗き込むときのように、つい見入ってしまうのはそのせいではないでしょうか。

外から見える皮膚一枚のその内側では、死ぬまで孤独に耐えている存在、それが人間でしょう。ですから、私たち皆が言葉を超えて共鳴できる孤独のアバターが、彼女の絵のなかに棲んでいる、そのことに反応してしまうんですね。

楽曲づくりに似た魅力

また音楽に例えると、登場する「生き物」の表情やポーズが主旋律だとすれば、犬や熊など動物の被り物、着衣など、ユーモラスで印象的なプロップが副旋律です。その2つの絡み合いからいろいろな情感がハーモニーのように響き上がってくる。意表を突く謎めいた背景も、しばしば第3の乗数となって絵のオーケストライゼーションを幅広くします。一方で、色数を抑えつつ差し色を効果的に灯すカラー構成がアコースティックな親しみやすさを奏でているのです。

チャレンジングな絵

「野の鍵のゆくへ」は、ジクレー化を前提として描き下ろしていただいたアクリル絵具によるF6サイズの原画をもとに制作しました。彼女が背景をここまで描き込むことは比較的レアで、デジタルプリントに使う顔料のクリスピーな再現性と発色がどこまで原画についてこれるか試すように、チャレンジングな絵になっています。自己マネジメント力が高く、非常にコラボレーションのうまい方ですので、ジクレーにするという当社からの課題も、本質を賢く理解し、期待値のもっと上へ高く跳躍してくださいました。越後さんにお願いして本当に良かったと思っています。

ジクレー制作を手がけていただいたのは版画工房エディション・ワークスさんです。ところどころ、南天の実のように見える小さな部分まで塗りの跡が分かるほど、しっかりとインクが再現。白い部分ではiPhotoモロー紙の本来のエンボス感ある美しさも見えるなど、細部まで鑑賞に耐えうる複製画に仕上がりました。

ちなみに、越後さんは絵のタイトルをつけるのが大変上手で、売れっ子としての基礎のひとつになっています。人間は文字を読む生き物。だから、絵にとってタイトルの役割はとても大きなものなんですよ、と私は作家さんにしばしば力説しますが、見る側は越後さんの絵とタイトルとを、短歌の上の句と下の句のように捉え、ふくよかなイメージの広がりを脳内全体で楽しめるのです。

画像2

「野の鍵のゆくへ」は、画面サイズは23.2×30cm。シートサイズはA3ちょうどにしてあります。子ども部屋にもリビングにも寝室にも向く、飽きのこない複製画ができたと思っています。額装しても2万円台前半、という価格帯を目指しました。お好みの色のマットと枠を組み合わせて額装をし、プレゼント用途にされるのもおすすめです。エディション数は、作家本人が一枚ずつ監修してサインを入れた100枚のみと限定されており、コレクションする満足感もしっかりあります。

アジアでも高い評価

越後さんの本作と同名の個展「野の鍵のゆくへ」が、2020年9月3日(木)~7日(月)まで開催されます(宮城県柴田町「アートスペース無可有の郷」にて)。さらに、中国・北京での初めての個展も2022年末頃に予定されています。越後さんの絵には国を問わず人々の心に響く「鍵」が備わっているはず。今後、高い確度でより大きな成長が見込まれる方ですから、ぜひご注目ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?