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天使の舞い降りる人生の午後~2


3 丘の上の天文台

この世界が終わりに向かっている?

シャンテの言葉は、僕には絵空事に思えた。質の悪い冗談とも思った。
「確かに世界的には、必ずしも平和とはいえないよ。あちこちで紛争は起きているし、テロだったある。核戦争の恐怖は消えてないしもっと物騒な兵器も開発されているし。
でも、みんなそこまで馬鹿じゃないんじゃないのかな。辛うじて綱渡りの平和ではあるんじゃないかな。」
「君たちの目線ではね。」
「僕たちの目線?」

「そうだ、いい機会だから、面白いものを見に行こうよ。」
シャンテはそういうと、身軽に僕の肩に飛び乗った。
「すぐ近くだから。さ、立って。」
僕は素直に立ち上がった。
そして、訳の分からぬまま、カフェテラスを後にした。
「出口へ続くポプラの並木道があるだろう?そこへ入ったら、3本目と4本目の樹の間を右に曲がるんだよ。」
並木道に入り、シャンテの言うとおり、三本目と四本目の樹の間を右に曲がり、道なき道を歩いた。
なだらかな芝生の丘が、ゆったりと続く。芝生を踏む僕の柔らかな足音だけが響く。

「ほら、前の方を見て。
ちょっと先の丘の上に、小さなドーム付きの建物が見えるでしょ?あそこだよ。」
シャンテの言う方を見ると、確かに小さな天文台のような建物が見えた。

この公園に、天文台なんていつできたんだろう?

僕はそこへ向かいながら、この公園てこんなに広かったかなと思っていた。
今来た道を確かめようと、ちらりと後ろを振り返った。
「あれ!公園がない…」
僕は驚きの声を上げてしまった。

なんてことだろう。
オープンカフェテラスの少し西に続く、絵画のよなポプラ並木は、どこにもなかった。ただ、美しい草原がどこまでも広がっているだけだった。

唖然とする僕の肩の上で、シャンテは声を上げて笑った。
「驚いた?」
僕は、ただただ無言で頷いた。
「公園の中の公園だよ。さあ、早く行こう。」
涼しい風が僕の頬を撫ぜ、通り過ぎた。
深く青い空が、どこまでも広がる。雲一つない。
ここがどこなのか、さっぱり見当もつかないが、こんな開放感を味わうのは久しぶりだった。
「ここは天国みたいだ。」
僕は思わず深呼吸をした。
「綺麗でしょ?とても静かでいいところだよ。」

シャンテの言っていた建物にすぐに着いた。
その”天文台”は、不揃いなレンガ造りの建物だった。
かなり古くからあるようで、所々欠けたレンガの間から、草が生えている。

入り口らしき、一層草が茂った扉を、シャンテがノックした。
すると、重い石のドアが音もなく開いた。
「お久しぶりです、シャンテ様。」
これまたえらく年を経ているのが分かる、でも品の良い老人が一人立っていた。
「ここの館長だよ。」
シャンテが僕に言った。
「アル、久しぶりだね。調子はどうかな?
少し見学させてもらうよ。」
「ええ、ごゆっくりなさいませ。しかし、シャンテ様…」
館長は、僕の肩の上のぬいぐるみを、優しく見つめた。
「今回はいやに可愛らしいお姿で…」
「ははは…素敵でしょ?」
「ええ、まったく。」
館長がニッコリ微笑んだ。

僕たちは、薄暗い奥へと進んで行く。
外から見た感じで想像するより遥かに広く、迷路のように廊下があっちへ曲がり、こっちへ曲がり続いていた。
天井も驚くほど高く、最高部にレリーフが施されているのが見えた。
エンジ色の柔らかい絨毯が音を吸収するのか、とても静かだった。
「他に見学者はいないんだろうか?」
「滅多に来ないね。今は、私たちだけの貸し切りみたいなものだよ。」
「迷路の終わりはどこにあるんだろう。」
僕は、行けども行けども続く道に、不安を感じ始めていた。
ドア一つない白い壁が、延々と続く廊下を、ぬいぐるみを肩に乗せて歩く男…
もしかしたら、これは夢の中なのではないだろうか?自分の部屋の布団の中で、このまま目を覚ますのではないか?
「この突き当りだよ。ほら、見えるでしょ。」

4 宇宙の神秘

最後に曲がった先は、行き止まりだった。
木製の重いドアが一つ、ぽつんとあった。
ドアには、銅のプレートがはめられていた。
『宇宙の神秘』
そう文字が彫られていた。
「中に入るよ。」
シャンテがそう言うと、不思議なことにドアが静かに開いた。
「不思議だな。自動ドアみたいだ…」
「何をしたいか意図するから、みんな協力的になるんだよ。」
「そういうもんかな?」
「そういうもんだよ。」
僕は悩みながら中へと入った。

中央に丸いテーブルと二組の椅子があるだけで、あとはガランとした何もない部屋だった。
テーブルの上には、丸い水槽のようなものが一つ置いてある。
窓はあるのだが、どれも青い厚手のカーテンがかけられていて、閉じられていた。
部屋の一番奥に、もう一つ次の部屋へと続くドアがあった。
「あの奥の部屋が、望遠鏡のある部屋だよ。外から見えた、ドームの部分だね。」
「僕はここで何を見ればいいんだろう?」
「宇宙の神秘だよ。さ、ドームの間へ行ってみよう。」

僕たちはドームの間へ入った。
「あれ、望遠鏡は?」
僕は球体状の何もない部屋を見回した。
僕が想像していたような、巨大な望遠鏡はどこにも無かった。
ただ、中央にジャイロスコープのようなものと、球体状の鏡があるだけだった。

「君たちの望遠鏡は優秀だけど、宇宙を探索するには、ちょっと使いづらいかもね。」
「いや、パソコンもあるし、化学も進化したし、大分宇宙のことは把握できてきたみたいだよ。」
「科学は神じゃないしね。君たちが出している結論が、絶対手で普遍的だと思い込むのは可笑しいね。
ま、いいや。簡単に説明するよ。
宇宙の始まりは…そうだね、言葉で語るのは大変だな。今の君の心で理解できるか分からないし…」
「理科や歴史は苦手なんでね。」
「卵を想像して。」
シャンテはそういうと、球体状の鏡の上に軽やかに飛び移った。

「全ての始まりは卵だったんだよ。そこから宇宙や星、全てが生まれたんだ。
殻が砕けて、世界はどんどん広がっていった。もちろんインクが紙に広がっていくような感じじゃないよ。そうだね、螺旋状にグルグルと成長しながら進んで行く、そういう感じだね。
宇宙の中心の卵の殻は、その後も宇宙の成長と共に共振共鳴してそこにあるんだ。何かの神話みたいに聞こえるかな。
ほら、この鏡を見てごらん。」
シャンテに促され、球体状の鏡を見た。恐ろしいほどに磨きこまれ、一点の曇りも歪みもなかった。

「これは小さいけれど、有能な望遠鏡だよ。
立体的に画像を映し出すんだ。一つの場所から見たいポイントを360度一度に全部見られるよ。果てから果てが、一か所で見られる。いや、疑似体験できるというのかな。」
「覗けばいいの?」
僕は、鏡に映る自分を見つめた。
「そう、鏡の向こうの自分の目に集中して。ほら、奥を覗き込んで。」
鏡の中の僕の目は、瞬きもせずに僕を見返す。そのブラウンの瞳が大きくなっていくように見え、やがて、全身が吸い込まれるような感じを受けた。

「ほら、今君はもう一人の君を通して、球体の中の宇宙にいるんだよ。」
シャンテの声で我に返った僕は、何もない宇宙空間に浮かんでいることに気が付いた。
「安心して。君はさっきの部屋にもいるし、この宇宙にもいる。それでいいんだよ。落ち着いて私に集中して。」
パニックになりかけていた僕だったが、シャンテの穏やかな声が僕を落ち着かせた。
「球体の中にいる僕、外にいる僕。同時にいるってこと?確かに、外から客観的に見てる自分も分かるし、今こうして宇宙空間に浮かんでる自分もいるなあと。
不思議だな…」
「そう。ま、理解しづらいだろうけど、遊園地のアトラクションにでもいると思えばいいよ。楽しもうよ。
この球体は色んな使い方ができるんだけど、いまは説明してる時間じゃないしね。君は今、宇宙その中にいると思えばいい。これからバーチャルな宇宙史を見るだろう。」
ちょっと浮遊感になじんできた鏡の中のぼくは、周囲を見る余裕も生まれてきた。
思ったより星の輝きは少なく、暗い何もない空間だった。

「宇宙ってもっと星だらけなのかと思っていたよ。」
僕は闇に近い周囲をグルリと見回した。
「君たちの望遠鏡では、部分しか写せないからね。まして、星を追うのが主だろうからね。実際はこんなもんだよ。
銀河に焦点を合わせれば、確かに宝石箱をひっくり返したような景色が見えるだろうけどね。
あ、卵が震えだしたよ。数万年に一度の放射の時なんだ。
「どういうこと?」
「さっき言ったことの実画だよ。
卵が生み出した宇宙の螺旋運動を、更に加速させるために進化のビームを放つんだ。ほら、見て!」
シャンテは興奮して跳ねた。

何もない空間の奥深く、確かに蠢く胎動を感じた。
そして、その動きは宇宙空間を震わせていく。
空間の震えの密度が最大限まで高まったかのように思えた時、目に見えない激しい光が、渦を巻いて幾重にも分かれ、四方八方に向かい突き進んでいった。意志を持つ光の龍のようだった。
宇宙をぐんぐん進んで行く光の帯たちは、個々に浮かんでいる銀河系の中心を突き抜け、揺り動かしていった。刺激を受けた銀河は、宇宙の卵と共振し、震え、渦を巻き、幾重にも分かれた目に見えない光を生み出し、それぞれの銀河の果てへ、ビームを放つように広がっていった。
それぞれの放たれたビームが、連鎖反応の様に先々の銀河でビームを生み出す。それら全てが、宇宙の卵の共振と共振し、まるで、宇宙が光のカーニバルが始まった様に感じることができた。
やがて、その光の饗宴は、静かに収まっていった。

「す、凄いな…」
目の前の、大スペクトルショーに驚きと感動と畏敬の念に、僕は我を忘れていた。
「今のビームが、すべてのものを揺り動かし、宇宙の卵と共振させることを手伝うんだ。進化の後押しをするんだよ。
君たちの惑星もその例に漏れないんだけどね。」


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