玉響~タマユラ~玉響 3

7 夢の中の町

少し重い気分で、タマユラの耳に意識を集中した。
風より速いスピードで、タマユラは飛んだ。
周囲の風景は、サイケデリックに輝いていた。

次に訪れたところは、一面霞に覆われていた。
「よく見てごらん。」
タマユラの声も霞がかかっているような感じがした。

目を凝らしていると、霞は徐々に晴れ、黒々とした古い町並みが現れた。
黒光りを放つ、でも煤けたような、木造の古い家が、舗装もしていない土の道を挟んでひしめくように立ち並んでいた。
普通の民家もある。駄菓子屋のような造りの家もある。
古ぼけたバス停か、ぽつんと立っていた。
なんという名前の町だかは分からない。
でも、その古い町並みは、なぜか深い郷愁感を呼び起こした。
「何か、懐かしいわ。」
私は、ほっとしたように呟いた。

私とタマユラは、デコボコした土の道を歩んだ。
とても静かだった。人影はなかった。
「ここは、ユラが幼い頃に君の夢の中で造り上げた夢の中の町だよ。」
タマユラが言う。
そう言われてみれば、祖母が住んでいた町にも似ているし、なんか本当に記憶にはないが記憶にある、見覚えのある感じがする。
「何で人がいないのかしら…」
私はタマユラに尋ねた。
「さあね。ユラの場合は、こういうイメージが好きだったんじゃないのかな。」
タマユラが答えた。
幼い頃、共働きの両親を持ち、一人っ子だった私は、一人で家で両親の帰りを待つことが多かった。
人見知りも激しく、いや、人が鬱陶しかったので、近所の同じくらいの子供とも余り遊ぼうとせず、よく一人で薄暗い部屋の中で、いろんな空想遊びをしたり、紙に絵を描いたりしていた。その時理想の町なども書いていたような気がする。
しかし、今から思えば、何て孤独な閉じていた子供だったのかとも思う。その頃の心象風景なのだろうかここは。
その時、丁度通りかかった駄菓子屋の店先には、色鮮やかなお菓子が、透明なケースの中にいっぱい入っているのが見えた。

そうだ。あのころの夢で、私はドキドキしながらあのケースの蓋を開け、無人だと知っているこの店で、お菓子を手につかめるだけつかんで、急いで目を覚ましたものだった。
悲しいことに、目が覚めて、慌てて手につかんだはずのお菓子を確認するため、手の平をそっと開けると、当然そこには何もなく、がっかりしたものだった。

「誰でもこんな町をこさえるの?」
私は苦笑しながら、甘い郷愁に心を震わせていた
「いや、それぞれ各々微妙に違うものだよ。」
タマユラは言った。
「同じ場所に来て同じ町を見ながら、見えている町は微妙に違う。
それは、一人一人の体験や感情が違うからなんだよ。個性なんだよ。」

古びた町並みは、また霧の中に沈んでいった。
そして、今度は見慣れた町が現れた。
今住んでいる町だった。
しかし、今住んでいる町だけど、ちょっと違っていた。私の家があるが、現実には、あんな大きな木はうちの庭にはない。やはり、人の気配はなかった。

「あれは、今の君の住んでいる夢の町だね。」
タマユラが言った。
「そうだけど、ちょっと違うわね。」
「そりゃそうさ。毎回違うよ。そん時のユラの心の情景が大いに反映するからね。」
タマユラはニヤリと笑った。
「会社が隣に建っていたこともあっただろう?」
「た、確かに…」
私は思い出した。
「それでいいんだよ。ユラだけの町は、いつも君が来るのを歓迎してくれるよ。」
タマユラは言った。
「それより、面白い町があるんだよ。」
「どんなところ?」
私は興味をひかれた。
「今のは、個人的な心象の町だったろう?そこの町は、全生物共通の町ともいえるんだ。」
「どういうこと?」
「早速行ってみよう。」
タマユラの言葉が終わる前に、周囲の風景が、グニャリと歪んで元に戻った。

私たちは、カラフルで明るい街を見下ろす丘に立っていた。
遠くに空高く建つタワーが見えた。大きな百貨店のような建物が立ち並んでいる。水晶の様に輝くドームも見える。
住居のような、形が整った家がたくさん並んでいる。街はモダンだったが、とにかく樹木の多さが目を引いた。
そして、街を囲むように大きな川が流れているのが見えた。
街の彼方には、青い海が見えた。どこか見覚えのある街だった。あの街を知っていると、私は思った。

「君はさっき、この街の上を飛んでいたんだよ。」
タマユラが言った。
「で、夢と気がついて落ちたわけね。」
私は苦笑した。

私たちは一瞬で街の中にいた。
人が沢山歩いていた。動物も沢山歩いていた。
不思議なことに、この街も物音は一切しなかった。無音だった。
活気があるのに、とても静かな街だった。

「あ、みーにょだ!」
私は思わず叫んだ。
レンガを敷き詰めた歩道を、向こうから歩いてくる女性に気が付いた。
高校時代からの友人の、通称”みーにょ”だった。
つい先日、一緒にご飯を食べに行ったばかりだった。
みーにょは、小脇に大きな卵を抱え、スタスタ歩いてきた。
「みーにょ!」
私は彼女に呼び掛けてみた。
みーにょは私に気がついて、驚いたように目を見張った。でも、その瞬間スーッと消えてしまった。

「あら、どうしたのかしら。消えちゃったわ。」
私はうろたえた。
「彼女は目を覚ましちゃったんだよ。」
タマユラはクスクス笑った。
「彼女は、確かに君に気が付いた。驚いたあまり一気に身体に戻っちゃったんだね。きっと今頃”夢か…”なんて言っているさ。」
「え?」
「この街は、普遍的にいろんな世界に同時に存在しているもんだからさ、こうして、みんなで同時に街を体験できるんだよ。
ここを訪れている者同士、波長が合えば、おしゃべりだってできるよ。まあ、起きるときにわすれちゃうだろうけどね。まれにぼんやり覚えていることもあるだろうね。」
タマユラは言った。
「今度、さっきの”みーにょ”とやらに会ったら、聞いてごらん。
小脇に卵を抱えていたことも忘れずにね。
きっと驚くと思うよ。
”そう、私、ユラの夢を見たのよ”なんてね。」

8 何でも自由に

「ねえ、タマユラ…」
「何?」
「ここは夢の中なのよね。」
「そうだよ。」
「でも、こうして意識を持ったまま、夢の中を自由に動いているのよね。」
タマユラが不思議そうな表情を浮かべている。
「ということは、私、主導権を握り、今何でもできるわけよね?」
「そういうことか。」
タマユラは、クスクス笑った。

私は、すぐ近くのビルの壁を触った。ざらりとした塗料の感触が分かる。
「夢なら、私のパンチで穴をあけられるはずよね。」
「やってみなよ。」
タマユラは言った。
よーし、と私は手をぐーに握ると、ビルの壁を叩いた。

「あら…」
私は驚いた。
壁はそのままだった。
手は別に痛くはなかった。ただ、固い壁の感触が残っていた。
「何で夢なのに穴が開かないのかしら…」
タマユラは腹を抱えて笑い転げていた。
「ユラの意識はさ、まだ向こうのままなんだよ。壁は固いものってね。」
「そうなの?」
不思議そうな私を見て、またタマユラは笑った。
「じゃあ、みててごらん。」
タマユラが言った。

目の前の地面に、ボッと勢いよく炎が上がった。
「触ってごらんよ。」
「えっ?」
目の前の炎は、盛んに燃え上がっている。熱が伝わってくる。
「ほら、それが固定観念だよ。」
タマユラが言った。
「火は熱いもの、燃えるものとの思考から抜け出られないから、手が出せない。ユラのそちらの世界では当然だ。」
タマユラはそう言うと、ヒョイと前足を炎の中に入れた。
「ここは夢の世界なんだ。僕が平気なんだから、ユラも平気だよ。」
私は、恐る恐る炎の中に手を入れた。熱かったら無理に目覚めればいいやと。

何ともなかった。

熱くも、何も感じなかった。ホログラムの炎の映像の中に手を入れているような感じだった。
「ね、言った通りだろう?これが夢の中を自由に歩くヒントの一つになるんだよ。」
タマユラが私を見つめて言った。
「こっちへ帰ってきたら、さっさとその固定観念とはさよならするんだね。
その調子で、もう一度さっきの壁に挑戦してごらん。何でか壁に穴を開けたいのかは分からないけど。」

私は意を決して壁に向かった。
ここは夢の中。
壁は柔らかい。液体のように柔らかい。そう自分に言い聞かせた。
グーに握った手を、壁にぶつけた。
グニャリと、粘土のような感触と共に、拳が壁にめり込んだ。
「やったわ!」
私は思わず叫んだ。
「ほらね。やれば簡単だろう?」
タマユラは嬉しそうに言った。
「この調子でコントロールができるようになれば、目が覚めちゃっても、またすぐに眠れば続きを見られるのかしら、夢の。」
「できるよ。夢の磁場が安定していればね。」
「夢にも磁場ってあるんだ。」
「もちろん。この世界は不定形なだけじゃないんだよ。」
タマユラはすまして言った。

「何でもできるのよね、夢の中って。」
「そうだよ。」
「私、前からしたかったことがあったのよ。」
「ん?」
タマユラが答える間もなく、私の中にその願いが沸き上がる。

街の風景は、既に消え去っていた。
その代わり、私は今高級そうなマンションの一室にいることに気が付いた。
大きな窓には厚手のカーテンがかかっている。床にはふかふかの絨毯が敷かれている。座り心地の良さげなソファに、汚れ一つないガラス製のテーブルがあった。大きなゴムの木が、部屋の隅に置かれている。
その時、部屋のドアの部が動いた。
そう、ここは私の大好きなタレント”アル”の部屋。
あのドアの向こうから、アルが吐いて来ようとしている。私とアルは、恋人同士。夢の中なんだから構わない。

ドアがさっと開いた。

私は息を飲んだ。
そこにいたのは、昔働いていたバイト先の上司のおっさんだった。
「やあ、待たせたね…」
おっさんは、ニコニコ笑いながら近づいてきた。

違う、違う!
アルはこんなじゃない。でも…顔が思い出せない。

おっさんの顔が、早送りのビデオのように、次々と色んな人の顔に変わる。
「今夜は時間がたっぷりあるよ…」
おっさんは、更に近づいた。

もうイヤ!これなら馬の方がいい!

そう思った瞬間、スーツを着た茶色の馬が目の前に立っていた。
「何これ!」
叫んだ瞬間、目の前の風景がグニャリと歪んだ。
私は後ろに強く引っ張られる感じを受けた。

私は、いつの間にか先ほどの街にいた。
目の前にはタマユラ。
タマユラは、身を捩って笑い転げていた。
「危なく目が覚めちゃうところだったね~ひいひい…」
笑いすぎて、苦し気に見えた。
「慌てて引っ張り戻したんだからさ。それにしても…」
タマユラは、その大きな瞳から、笑いの涙をこぼしている。
「そんなに笑うことないでしょ。でもさ、何でうまくいかなかったのかしら。」
私は、少々憮然としながら言った。
「前からアルとデートする夢を見たかったのよ。いいところであんな奴が出てくるなんて、想定外だわ。」
「夢を雑夢へと流れさせないで。コントロールをしっかりしなきゃ。
ユラの挑戦心は認めるよ。でもね、まだユラは夢の仕組みの第一歩を踏み始めたばかりなんだ。固定観念だって、今気が付いたばかりじゃないか。
まだまだ、夢を自由自在に描き出すのは時間がかかるよ。
それにしても、今の男性のことは、余程、心のどこかに印象が残っているんだね」
私は最後の一言に、なぜかドキッとした。
「確かに夢の世界では、何でも自由にできる。
でも、それは自分の意思をしっかりつかみ、主導権を握ってからのことなんだよ。」

9 輝く河原

「そろそろ、夢の世界に行こうか。」
タマユラは静かに言った。
「え?今見てきたところも、夢の世界でしょ?」
「コップの牛乳にできた、薄膜のようなもんさ。」
タマユラは淡々と言う。
「それじゃあ、行くよ。」

私は、慌ててタマユラの耳に意識を集中した。
タマユラの身体は、颯爽と空をとんだ。
意識の私は、流れ星になった気分だった。

爽快だった。

私たちはどこまでも広がる、青い夜の河原にいた。
キラキラ光る水晶のような小石が、辺り一面広がっていた。
その小石の輝きで、あたりはボーッと輝きを帯びていた。
空は降るような星が瞬いていた。
その輝きに呼応するように、河原も輝いていた。
小石のあちらこちらから、銀色の、ふわふわとした背の高い草が生えていた。その先端は、猫の尻尾の様に細長く伸びていた。
茎に近づくにつれ、ふわふわした綿のような毛で覆われている。その草が、川沿いにびっしりと生え並んでいた。
川はとても広く、穏やかな流れだった。
川の底にも、岸と同じような輝く小石が透明な水を透かして見える。その石のためか、川全体も薄っすら輝きを帯びているため、地上の天の川の様に見えた。
遥か向こう岸には、なだらかな丘が見えた。

「幻想的な場所ね…」
私は石に目を向けた。
私の身体は、少女の実体をとり、足元の小石を拾い上げる。
幼い手の平の中で、淡い輝きが広がった。
「それは、ラジュリライト石というんだ。夢の石だよ。」
タマユラが言った。

「ここは、交差点なんだ。」
「交差点?」
「そう。夢をどんどん純化していくと、残った世界はどこまでも広がる堺のない世界になるんだ。
現実とも夢友区別のつかない、全てを含んだ世界になるといえばいいのかな。」
タマユラは、ちょっと考えるかのように、粒らかな瞳をクルクル回した。
「ここから、どこへでも行ける。宇宙にでも、異次元にも、ワンダーランドにも、日常にもね。
”そうしよう”と思うだけでね。」
「あの世にも?」
「向こう岸を見てごらん。」
タマユラは、なだらかな丘に目を向けた。
「あの彼方にあるよ。」
私もつられて目を向けた。

「でも、まだユラは行けないよ。そこへ行くときじゃないからね。
向こうのガイドの気まぐれで、招待してくれることもあるけどさ、まあ、それは特別な人だけだな。行く人の心象によって、やはり見える景色が微妙に違うんだよ。夢の世界と同じだね。」
「私、時々亡くなったお爺ちゃんの夢を見るわ。亡くなったおばさんの夢も…」
「向こうでもユラたちの世界は分かるんだよ。向こうからは、まで自由に来られるんだ。
ユラたちがこっちへ帰って来たとき、伝えたいことがある向こうの住人達は、メッセージを抱えて、この川を渡って来るんだ。
さっきの夢の街や、思いの丘で、それを渡すんだ。
起きて脳が忘れちゃってても、心はちゃんと覚えているからね。」

「もしかしたら、この川は、三途の川…」
「そうとも言えるし、そうとも言えない。」
タマユラは不思議な笑いを浮かべている。
「その時が来れば分るよ。
そっちの世界でまだ使える身体がある。今の君に見えるこの風景と、その時が来て、こっちに帰ってきたユラが、ここに立った時に見るこの風景は、微妙に違って見えるだろう。
同じ場所なのにね。」
ふーん、と私は思った。
今はまだ理解しなくてもいいような気がした。

「でもさ、自殺しちゃってもあそこへ行けるの?」
「気の毒だが、行けないね。」
タマユラは静かに言った。
「ユラたちがいる世界と、夢の世界の間には、いくつか危険な空域があるんだ。
例えば、ルールを破って旅を勝手にログアウトすると、微妙な残りの人生の重みが残っているから、その空域にハマる。
不思議なことに、ハマったその時になってなぜか、”しまった”と思うらしいんだね。でも、しばらくは、その空域から出られない。」
「どんなところなのかしら、その空域って…」
「薄墨色の世界で、自分の心象風景に圧倒されるところと言っておこうかな。」
タマユラは瞬きをゆっくりした。

「そういえばさ、何でタマユラは、”こっちに帰る”って言い方するの?」
「それはさ、魂は元々こっちの世界のものだからさ。
今、ユラは故郷にいるんだよ。」
タマユラは、優しい瞳で私を見つめた。

10 夜明けの宮殿

「ユラでも行けるところがあるから、そこへ行こう。」
タマユラは誘った。
私は、タマユラの大きな耳に意識を集中した。
銀色に輝く、光のような川の上を、どこまでも飛んでいった。

「閃きってあるだろう?」
「ええ。」
「あれは、この河原の果てにある、滝の泡から生まれているんだ。」
「泡?」
「そうさ。形になりたくって、生まれてくるんだ。でもね、上手に泡を受け止めてくれる人は、少ないみたいだね。いつも泡たち、がっかりしては消えていく。」

ふいに、タマユラの飛行が止まった。

目の前には大きな建物があった。
内部に不思議な光をたたえる透明な石で造られた、変わった造りの建物だった。
ガラスとは違う、温かみがあった。
「何でできているのかしら?」
「水晶だよ。」
「水晶は、こんな風には光らないわ。」
「個々の水晶は、月と太陽の光に育てられたから、光るんだよ。」
タマユラが言った。

「ここは、夜明けの宮殿と呼ばれているところだよ。」
「夜明けの宮殿?」
「そう。ここは朝を迎える場所なんだ。」
「え?じゃあ、私も目が覚めちゃうってこと?」
「そういう意味じゃあないよ。中へ行ってみよう。」
タマユラは言った。

私たちは、滑るように、建物の中を進んだ。
幾つかのアーチを潜り、青々とした芝生の中庭らしきところに出た。
中庭の中央に、砂糖壺のような白い丸みを帯びた小屋があった。
小屋の中では、色とりどりの服を身に着けた、可愛い小人たちが、忙しそうに働いているのが見えた。
私はとても気になったが、タマユラがどんどん進んでしまうので、中の様子を見ることはできなかった。

タマユラは、中庭の隅まで行くと、グルグルと反時計回りに歩き始めた。一瞬空間が歪み、また静かに元に戻った。

そこは、白い大理石の間だった。
天井は驚くほどの高みにあった。中央に大きな香炉があった。部屋の一番奥には、大きな明るい窓があった。窓の外には、どこまでも続く、星空が見える。
香炉の前に、足元まで伸びる白い豊かな髭を蓄えた老人が立っていた。
髭と同じような色の、白い緩やかなケープを纏い、その下には、鮮やかな紫色の長い服が見え隠れしている。
その人物は、とても穏やかな表情に、優しい笑みを浮かべていた。その右手には、大きく厚い本を持っていた。
子供のころにイメージしていた、サンタクロースみたいだった。
よく見ると、香炉の周りに、野球ボール位の光の玉が、ふわりふわり漂っているのが分かった。光の玉は、香炉の中に入ったり、その人物にまとわりついていたり、、自由に遊んでいたが、やがて、一つまた一つと、奥の窓から星空へと漂い出ていった。

「あれは、新しい旅に出る魂たちだよ。」
タマユラは、静かに言った。
「あの光の玉が、魂なの?」
私はちょっと不思議に思った。
その光の玉は、とても繊細な輝きを放っていた。
一番近くの光の玉を良く見ると、光の玉の中に、面影が浮かんで見えた。
老人、子供、動物、植物、不思議なもの…色々な面影が浮かんでは消えていった。
驚く私を見て、タマユラがクスクス笑った。
「光の玉の、記憶の影を見たんだね。本当の姿は、光の玉のコアにある。」
「あの白いひげの人は、何をしているの?」
「あの人は、光の玉たちの新たな旅の、自ら飛び込んでいこうとしている世界の、アドバイスをしてあげているというところかな。」
私は、優し気に微笑むその老人を見た。
どこかで、見知ったような人な気がした。

「やあ、ユラ。お帰り。」
老人が私に気が付くと、優しく声をかけてきた。
「た、ただいま…」
私は戸惑いながら、でもとても嬉しく、懐かしい気分だった。すぐにでも老人に抱きつき、甘えたくて仕方なかった。
「どうだった?今回の旅は?」
老人は優しく微笑んだ。
「旅?」
私は首を傾げた。でも、こころのどこかに、精一杯毎日を暮らしている自分の姿が浮かんでは消えた。

「マスター、ユラは夢の探検中なんです。」
タマユラが言った。
「おお、そうか…」
老人は微笑んだ。
「いい機会だ。夢の本質に触れることは大事だからな。ユラ、タマユラの響きをいつまでも忘れるんじゃないぞ。
いつもタマユラの響きに自分の心の響きを同調させておくのだ。そうすれば、いつでも好きな時にここへ来られる。夢の主になることができる様になれば、夢の導を見つけるのは簡単だ。お前は自由に全ての世界を、遊ぶことができる。」
「あなたは、神様?」
「ほっほっほ…違うなあ。誰でもない、一介のただの夢の住人だ。」
老人は、楽しそうに言った。
「ユラ、戻ったら自分を愛し、愛おしむのだぞ。
そして、ユラ、もっとリラックスして、何事も楽しむようにな。」
私は、なぜか心の奥が震えているのを感じた。

「では、マスター、また。」
タマユラは、軽く会釈をした。
老人も微笑み返した。
私は、もっとその老人と話したかったし、離れたくなかったが、タマユラに促され、後ろ髪を引かれる思いで、その場を離れた。
私は、ちらりと後ろを振り返った。
夜明けの宮殿は、跡形もなく消えていた。
輝く石の河原に、星空の影が差しているだけだった。


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