玉響~タマユラ~玉響 2

4 雑夢の広場

「ほら、着いたよ。」
タマユラが言った。

私は周囲を見たた。
さっきと風景が一転していた。
銀色のドームが幾つも立ち並んでいた。
その外れに、レンガが敷き詰められた小さな広場があった。広場の周囲をポプラの樹のようなものが囲むように立ち並んでいた。
広場には、たくさんの人や動物、植物や鉱物、それに物が、車座に腰を下ろしていた。
みんな一様に空を見上げて笑っていた。
笑い声がこちらまで響いてきた。

「あの人たちは、何を可笑しそうに笑っているの?」
私は不思議に思いながら言った。
「あれはね、毎晩何億通りに浮かんでは消える、みんなの夢の断片を見学しているんだよ。
あっちの方にドームが並んでいるだろ?あの中で、雑夢を演じている自分がいて、こちらで、それを見ている自分がいる。そして、その夢を見ている自分が寝床の中にいる。
一つの存在が、同時に違う場所にいるんだよ。
世界中の人や動物、物が見る夢の中で、昼間の心象風景が反映しているだけの、中身のない夢、それが雑夢。
まあ、雑夢によって、記憶のごみが選択されるという利点もあるんだけどね。
で、その雑夢の細切れが、ミニシアターとなって、今あの広場の空中で上映されているんだ。
可笑しいもの、腹立たしいもの、恐ろしいもの、無機質なもの、色々あるんだよ。演じるのをやめて、見学者となると、どれもこれも可笑しくて仕方ないものに見えるらしい。
雑夢に振り回されればされるほど、それはさらに可笑しなものになるんだ。
でも、みんな同じものを見て、笑っているんじゃないんだよ。
それぞれ自分だけの心象風景を見ているんだ。
不思議だね。同じ場所にいるのに、全く違うものを見ている。
感じるもの、見るもの、体験することは、みんなそれぞれに違うからね。
ミニシアターで上映して、昼間の心象を発散して、あっちの世界で眠っている身体という入れ物に戻っていくんだよ。
ユラだってよく来てるんだよ、覚えてないだろうけどね。」
タマユラは、長々と説明してくれた。

「動物も、物も、見て笑っているわ。」
私は不思議に思った。
「動物は分かる気がするけど、植物も夢を見るのかしら?
鉱物や物も夢を見るのかしら?」
私は笑い転げている一連の集団を眺めて言った。
「もちろんだよ。宇宙だって夢を見る。」
タマユラが言った。
「僕たちの夢をね。」
分かるような分からない私だった。
私は、雑夢とやらに笑い転げている風景が、段々滑稽に思えてきた。
必死に夢と格闘すればするほど、可笑しさに拍車がかかるのだろう。
本人は、夢だと気が付いていないから、思いっきり振り回されている。
それにいつも自分が参加しているなんて…

どこか私の人生に近いものがないだろうか?

5 夢の住人

「ユラたちの世界じゃ、夢占いなんていうものがあるだろう?」
「あるわ。」
「あれは、本当は夢を選んで調べなきゃいけないんだよ。
こんな雑夢の断片を思い出したって、当たるわけない。」
「なら、どの夢なら占えるの?」
「明晰夢と雑夢の中間さ。」
「何それ。」
「意味を持った夢のことさ。
危ないぞ、気を付けろとういう警告の夢。近々こんなことが起きるそという予知の夢。落ち込んだ心を励ます夢、物語性がある夢、そして強い願望が引き寄せる心が見せる夢さ。
はっきり分かるような夢になることもあるけれど、シンボルやイメージで現れる夢のこともある。
とてもリアルなのが特徴なんだ。
どちらもイマジネイション受信力を磨いておかなければ、せっかくのメッセージも無意味になってしまうんだけどね。」
「そう。届いても、受け止められないから、おかしな夢だという風に流してしまうんだ。」
「でも、夢占いの本は面白いわ。それに古来から行われていたらしいじゃない。」
「もちろん、そうした叡智の積み重ねは、夢のメッセージを読み解くための大事な鍵になるよ。
流してしまうよりは、こまめにチェックして、夢のメッセージの癖を掴む努力をした方が、ためになるよね。
シンボルを正確に読み取ることができるようになれば、その人に大いに役に立つからね。」
「役に立つのか…」
「そう。リアルな夢が伝えるメッセージは、ユラが生きていく上で、大いに役に立つ。
それに、夢の主導権を握り、良い夢を作っていくことは、ユラたちが自分らしく元気に魂が喜ぶように過ごせることにつながるんだ。」

「ねえ、雑夢と明晰夢との違い、私にも見分けられるかしら?」
「もちろんだよ。そのリアルさは、真実を超えた輝きがある。
夢と注意深く関わるようになれば、実感できるよ多分。
でも、一つ気を付けなければならないことがあるんだ。」
「何を?」
「あくまでもさ、夢を見ているものが主人だということを忘れない、そういうことだよ。」
「どういうことかしら…」

ふと、辺りの騒めきに気が付いた。
私は高い物見台に立っていることに気が付いた。
私は、思わず声を上げた。その声は初老の男性だった。
自分を確認すると、なぜか男性の姿だった。
物見台の下には、大勢の人が集まっていた。
みんな上を見上げ、台上にいる私に熱い眼差しを向けていた。
私は左手を額の上にかざし、よく見ようと身を乗り出した。
その瞬間、人々の間から悲鳴に似た歓声が沸き上がった。
「神の申し子よ、我らに癒しを!願いを叶えよ!」
人々の声がこだまする。
私は、無理無理と左手を振った。
私のゼスチャーに、なぜか人々は熱狂している。
涙を流している人もいる。
人々は競って、金や物を、台に捧げようと殺到する。
私は妙な優越感と、不安感を感じた。
「私偉くなったのかも…いや、そんな…」

周りの空気が動いたような気がした。
私は我に返ると、目の前にタマユラがいた。
「今のは…」
「自分の欲望が主となって、見せた世界だよ。」
「私、あんな教祖になる欲望なんかないわ。」
「そうかな?」
そう言われ、私は、ふと学生の頃、人を思い通りに動かす超能力が欲しいとか、就職活動してた頃、いっそのこと新興宗教でも作って金儲けに精をだすか…なんて思っていたことを思い出し、苦笑した。
「なるほど。確かにあったわ。記憶の底に残っていたのね。」
タマユラが可笑しそうにクスクス笑った。
「欲望や想念、本心ではない願望に引きずられた夢は確かによく見がちだね。でも、それに甘んじてて、魂の進化はないだろうね。」
「どうすればいいのかしら?」
「夢の主人になるんだよ。主導権は自分にあるんだよ。欲望たちに勝手なことをさせないためにね。
それを手伝うために、僕たちガイドがいるんだから、大いに利用してもらいたいもんだね。そうすれば、夢を自分のために作り豊かにすることができるからさ。この素敵な世界と、君たった一人では向き合いきれないよ。」

「そういえば、去年花束をもらう夢を見たの。」
私はふと思い出した。
「立ち読みした夢占いの本だとさ、恋が生まれると書いてあった。」
「それで、恋は生まれたのかい?」
「……」
私は無言になった。
「願望夢の典型だね。本当に恋が生まれるよというサインが、夢からくる場合は、その花束の花の匂い、艶やかな色あい、もらった時の生き生きとした感情さえ、本当にリアルに感じ記憶するものだよ、夢の中で。」
「そうね…確かにどんな花かまでは覚えていないわ。それに、どんなシチュエーションの夢だったかも、起きた時は忘れていたわ。」
私はガッカリしていった。
「でも、ユラはガス中毒の警告の夢は受け取れていたじゃないか。」
タマユラは穏やかに言った。

そうだ。
半年前明け方の夢で、部屋が漏れたガスで一杯になり、私は慌てて窓を開ける、そんな夢を見た。
そうしたら、その日の夜、勤め先の飲食店に出勤したところ、入り口に近づくにつれガスの臭いがすることに気が付いた。
中へ入るとガス代のコックが緩み、ガスが充満していた。昼の担当がうっかり閉め忘れたのか。元栓も開いたままだった。
私はこんなシチュエーション、今朝夢で見たっけと思い出しながら、ハンカチで鼻を覆い、ガスのコックと元栓を閉め、窓を全開にしたのだった。

「ユラは受け止め方に素質があるよ。それは夢からの”ガスに気を付けて”というサインだったんだね。
まあ、元気出せよ。つぎに行こう。」
タマユラは励ますように言った。

6 創作する人

再び、私はタマユラの耳に意識を集中した。
そのとたんに、タマユラは素晴らしいスピードで空中を疾走した。
慣れてくると、そのスピード感はとても心地よかった。タマユラが止まると、ちょっと残念に思えた。

「ここはどこ?」
私は周りの風景をみやった。

とても奇妙なところだった。
はるか天高く伸びる石のサボテンの群生があった。山の様に大きなプリン…食べられるのだろうか?…がそびえていた。
その前にメビウス型の滑り台がある。
三日月が地面にめり込んでいる。
巨大な花が、その花弁を開いていた。
空には星の代わりに、小さな光る象が、たくさん浮かんでいる。
というような情景が、浮かんでは消え、また現れたかと思うとふうっと崩れる様に消え、そしてまた違う奇妙な物や、形が現れてくる。
その場全体の遠近法がおかしな具合に見えるのも、この場の奇妙さを津四ている感じがした。
手前のものが光の加減で大きく見えると、遠くのものが小さく見える。
手前のものが光の加減で小さく見えると、遠くのものが大きく見える。
光の強さが変わるたびに、それらがクルクルと変わるのだ。
眩暈が起きそうな世界だった。

「ここは、創作の広場さ。色んな人が来ては、夢や願望を組み立てては壊したり。そうやって自分の心を活性化してるんだろうね。」
タマユラは言った。
「あのプリンの丘は、この前来た子供が一生懸命作ってたね。余程食べたいんだろうね。作った後かじってたな。」
「場所が足りなくなるんじゃないの?」
私は呆れて言った。
「それは大丈夫さ。個々の空間は、自由に伸び縮みするからね。」
タマユラは頷いた。
「あそこを見てごらん。ほら、今まさに女神像を作ろうとしている紳士がいるよ。」
少し離れたところの砂丘に、一人の男が棒を振り回しているのが見えた。
その棒の先から、霧のような砂が噴き出しては、何かの形をとろうとするようだが、すぐに崩れ去ってしまう。
私が思わず興味を持つと、私の意識は、一瞬でその男の隣にいた。

男は中年の、少しくたびれたような姿をしていた。
ぶつぶつと何かを呟いていた。体中から汗が噴き出していた。
「僕の理想の女は、こんなじゃない。」
そう男が呟くのが聞こえた。
「くそっ、これでもない。」
男は苦しそうだった。
棒先から溢れ出す砂は、美しい女性の姿をとっては消え、また現れては消え、崩れ去っていく。
彼が違うと言うたびに、完成しかかる砂の女性の姿は元の砂に戻ってしまう。
「何が違うんですか?」
私は不思議に思い、男に尋ねた。
「何がって、僕にふさわしい女性に決まっているじゃないか。」
男はこちらを見もせずに答えた。
「僕が出会う女性は、どいつもこいつも愚かしい女ばかりなんだ。いつも失望させられるばかりだ。僕はここで理想の女性を作り出し、自分のものにするんだ。」
「何それ。じゃあ、あなたは自分が完璧だと思っているわけ?」
私はちょっと腹が立って言った。
「放っといてくれ。」
男もムッとしたように言った。
「気が散るじゃないか。あんたもやっぱり大したことがない女だな。」

「あの人は、君たちの世界じゃ立派な経歴の持ち主と言われる人らしいよ。
しかしね、情緒面が上手く育たなかったんだろうね。女性を対等の存在と思えないようだ。同じ人間なのにね。自分のへんてこな、理想という型にはめ込もうとしてしまう。歪んだ物差しを使って見てるから、どんな女性も気に入らない。
世間体とやらで仕方なくお見合いしたものの、奥さんとの間に愛はない。その鬱憤を、ここへ毎晩来て晴らしているんだ。
まあ、あの人の中で本当の愛情心が育たない限り、あの人の理想の女神像はいつまでたっても完成しないだろうな。
心の奥ではそれが分かっているから、彼は苦しい。脂汗までかいてさ。」
タマユラは気の毒そうに言った。
「いつか気が付ければいいけどね。」

私は複雑な思いで、男を見つめた。
私も同じようなところがある気がした。
男というものを、変な物差しで測ってみてきていなかっただろうか?
仕事はこうあるものと、決めつけてこなかっただろうか?
私は、心の奥が少し疼いた。

「次行こうか。」
タマユラは私を促した。

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