玉響~タマユラ~玉響 4

11 砂漠の果てに

ぼんやりしている私に、タマユラが鼻先をそっと押し付けてきた。
「いきなり、ずいぶん連れまわしてごめんね。」
タマユラは言った。
「でも僕は、ユラが、夢を見ていることに気が付きながら夢を見ている状態を、すんなり受け入れてくれたことが嬉しかったんだよ。
ユラの心は、ただこの夢の世界でリフレッシュすれば満足したんだろうけどね。」
「いいのよ。私もとても楽しかったわ。」
私は心の底からそう思っていた。
「最後に僕からお礼をしようと思う。」
タマユラが言った。
「お礼?」
「そう。」
そう言うと、タマユラは首を振った。
私たちは、いつの間にか砂漠の真ん中にいた。
「ユラ、一人でここの砂漠を進んで行くんだ。その先に小さなオアシスがある。その泉の畔に君が良く知っている人がいる。」

私は目の前に広がる、果てしない砂漠を見つめた。
とても大きな丸い月が、その輝きで砂漠を青く浮き上がらせている。

「私一人で行くの?」
「そう。」
タマユラが私を見つめた。
「そこに僕が一緒に行くことはできない。そこは、君だけの場所だからね。
もちろん、誰にでもその場所はあり、その人を来るのを待っているんだ。でも、誰もそこに辿りつくことは、ほとんどないよ。
色んな人が辿りつくことを夢見るけど、その夢は叶うことは、まずないね。
お礼を込めて、僕の力で今そこへの道を開いたよ。」
「そこには誰がいるの?」
私は興味を持って言った。
「本当の自分と言えるかな。まあ、行って確かめてきなよ。こんなチャンス、二度とないと思うよ。」

私はトボトボと、一人月の輝く砂漠を歩んでいた。
青い砂漠は、サラサラと砂の流れる音だけが響いていて、静かだった。
丸い月はとても大きく、その表面を不思議な模様が、刻まれたように浮き上がっているのが見えた。ところどころ、深い闇のようなクレーターもあった。
確かに果てしない夢の中だった。
疲労感は全く感じない。
静けさが心地よかった。

遥か先に、小さな森影が見えた。
どのくらい歩いただろうか。森には一向に近づく気配がなかった。
私は泣きたくなっていた。
このまま、がばっと起きてしまおうかとも思っていた。

私はハッとした。
そして笑い出した。心の底から笑った。
夢の中のやり方を忘れていたことを思い出したのだった。
私は、オアシスに意識を集中した。
次の瞬間、私は森の泉の畔に佇んでいた。
泉の畔には、人影があった。
驚いたことに、その人影の数はたくさんあった。
赤ちゃんから老人まで、色んな年代の女性たちがいて、みんな私を見ていた。

その女性たちは、私だった。

「私だわ!これ全部私。」
私の言葉に、その場の全員が頷いた。
今まで通ってきた私。これから通るだろう中年以降の私。全ての私をこうして見ると、愛おしく大切なものに思えた。
「これも私なのよ。」
二十歳くらいの異国の風貌をした私が、泉の反対を指して言った。
そこにはやはり色んな年代の男たち、動物、植物、鉱物、物がいた。
全て私だった。
魂に記憶されている、色んな時代や世界を旅した私なのだろうか?

「ユラ、この森の奥の祠に、本当の私がいるわ。」
かなり年老いた私が言った。
「本当の私?」
「そうだ。その人こそが、私たちの根源なんだよ。私たちは、その人の影だともいえるんだ。」
若い男性の私が、言った。

私の心の奥から、熱いものがこみ上げてきた。突き上げるような不思議な感覚だった。
その私の根源という人を、激しく求める感情と、恐ろしさが同時に私の中に渦巻いた。

私は森の奥へ行く決心をした。
その時、私の前に白いベールで全身を纏った人物が現れた。
その人物は、無言で私の手をそっと握った。
私の手を握るその手は、白くて指の細い、女性の手のようだった。その手はとても暖かかった。手を繋がれていることで、私はなぜか深い安心感と、懐かしさを感じていた。

やがて、祠が見えた。
祠の中に、微かな輝きが見えた。
私の心が震えた。
白い手の人物は、祠の前まで来ると、すっと消えた。

「ユラ…」
心の中で響く声に誘われるように、私はそっと祠の中を覗き込んだ。

12 揺らぐ世界

「どうだった?」

懐かしい声がする。
タマユラが、私を覗き込んでいた。
私は夜の海岸にいた。
寄せては返す波が、心地の良い音を奏でていた。

「うん…」
私は満足気に頷いて見せた。
「良かったね。」
タマユラはそれ以上聞いてこなかった。

「夢の世界って、とっても広大なのね。意識的にみるなんて、今まで考えもつかなかったから、とても面白いわ。」
「そう。面白いだろう?」
タマユラが言った。
「何でも自由にできるけど、でも夢に遊ばれちゃいそうだわ。」
「これから、主導権をとっていけばいいんだよ。」
「どうしたら、夢の中で夢を見ているということに気が付くことができるのかしら。」
「そうだね…」
タマユラは、しばし考えているようだった。
「起きているときから、注意深く物事を見ることから始めるのがいいんじゃないかな。
そうすれば、夢に入った時でも、周囲を注意深くみるだろう。
それで夢の中の矛盾点に気が付くことが容易になる。そうしたら、慌てないで、もっとゆっくり周囲を観察するんだ。もちろん、固定観念をなくしてだよ。
例えば、夢の中で友達と話していたとするだろ?夢の中の方が粒子が細かいから、きっとその友達が、細かく振動しているのが分かると思う。友達の顔の焦点が定まらない。
そこで、ユラは”おかしい、これは夢かしら”と気が付くんだ。
そうしたら、手前にあるものから徐々にその周囲に視点を移していく。そして、自由に移動してみるんだ。」
「振動する?」
「うん。そっちの世界でも、一番初めの素は粒子だろう。粒子が集まって原子になってそれらが集まってユラたちは形になる。その形を保っていられるのは、粒子、原子の細やかな振動のお陰なんだよ。
ただ、そっちの振動はやや粗いんだ。だから、大きな形で安定していることができるんだ。
ところが、こっちの世界の粒子は、とても細やかなんだ。だから、ちょっとしたことで、素の原子や粒子に戻ってしまう。だから夢の中では自由自在に物や風景が作り出せたり、消せたりするんだろうね。」
タマユラは長々語った。
「もちろん、この世界にだって、危険なところがある。
心の濁りの吹き溜まりでできた空間が、ぱっくり口を開いている。
しかし、表面はとても甘美な振動数を保っているから、みんなつい入りたくなってしまう。
けど、入ったら最後、余程のことがない限り、その空間の虜となってしまう。半永久的にね。
僕たちガイドの声を聴いてくれれば、それは避けられるんだけどねえ。」

「この世界をどんどん純化していったら、どうなると思う?」
タマユラは、突然私に尋ねた。
「え?」
「今見えるこの海だって、粒子の寄り集まりの幻影なんだ。」

突然、目の前の風景が歪み始めた。
サラサラと崩れ落ちたと言った方が正しいだろうか…
海岸は消えた。
そして、虹色に輝く不思議な空間に、私とタマユラが、浮かんでいることに気が付いた。
「夢の上澄みをとったこの空間、これだってまだ夢の世界なんだよ。
もっともっと核を目指していくとさ、永遠の畔に辿り着くんだよ。」
タマユラは言った。

「前にさ、宇宙は僕たちの夢を見ていると言ったよね?」
「え、ええ…」
「僕たちの夢と、宇宙の夢が交差しているところ、それが夢の中の核。永遠の畔の影なんだよ。
いつか、みんなそこに帰ることを夢見ている。」

13 夢の導

私は、不思議な思いでタマユラを改めて見た。
緑の毛皮の獏に似た生き物…
「あなたは一体何者なの?」
私は思わず問いかけた。
「夢の中を自由に案内していくれる。色々教えてくれる。でも、なぜ…」
タマユラは、澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめてきた。
「ガイドだからだよ。」
「今まで夢で、貴方の姿を見たことがないわ。」
「傍にはいたよ。気が付かないだけさ。
ユラは雑夢のサーカスで、じたばたしていることが多いからね。」
タマユラがクスッと笑いながら言った。
「いつも傍に…」
「僕の名前はタマユラ。
夢のガイドは、みんなタマユラ。
それは、魂の響きという意味なんだ。振動することろ、僕たちも響きを持つことで存在している。」
タマユラは優しい眼差しを、私に向けた。
「そう、僕の身体だって、粒子の寄り集まりなんだよ。見てて…」

タマユラの毛皮の渦巻きたちが、グルグルと回転し始めた。
タマユラ自身、ユラユラとその姿が揺れだした。
タマユラの姿は今、星屑の様に輝きながら、虹色の空間に溶けだしていた。

「タマユラ!」
私は驚いて叫んだ。
「僕はここだよ。」
タマユラの声が空間中に響きわたる。
上、下、斜め…全ての方角にタマユラの気配が響いていた。
虹色の空間自体が、タマユラのようだった。私の中にもタマユラがいるようだった。
私自身の奥底で、タマユラの響きに共振しているようだった。
振動と共に揺れているようだった。

光る粒子が音もなく集まると、タマユラの姿をゆっくりと作り出し、元のタマユラになった。
「この世界が全部タマユラになったみたいだったわ。」
「その通りだよ。僕は、同時にあらゆるところにいたんだ。
僕はユラの中にもいたし、外にもいた。
ユラや世界が、僕の中にあったというべきか。一緒だったというべきかな。
世界は、いつもその場にあるだけでなくさ、外にも内にも同時にあるんだよ。
宇宙も、夢も、世界も、みんな同時にある。」
「うーん…
私の中にも世界がある?」
「そうだよ。世界の境はいつも曖昧なんだ。
僕の身体も曖昧。君の身体も曖昧。だって、全ては夢の核の影だもんね。ははは…」
タマユラが可笑しそうに笑い声を上げた。
私には、何が可笑しいのか良くわからなかった。

「ねえ、ユラ。
夢の導は、いつもそこにあるもんなんだよ。」
「夢の導って何?」
「僕たちのシグナルさ。
ユラの心の状態に合わせて変化するけどさ、いつも君を案内するために存在しているんだよ。」
「タマユラのこと?」
「僕は、ただのガイドさ。
そうじゃあなくてさ、夢の核へと誘うシグナルだよ。必ず毎晩見る、雑夢の中でさえ、そのシグナルはあるもんだ。
シグナルの癖を見抜くことができれば、必ず夢はその真実の姿を見せ始めるよ。
夢の主となって、夢の世界を自由に遊び始めることができれば、もっとシグナルは分かり易くなってくるしね。
シグナルを頼りに夢の旅を続ければ、いつか必ず夢の核へと辿り着けるはずだよ。
僕たちみんな、導を追いながら、存在しているんだ。僕もいつもシグナルを追いかけている。ユラもそうさ。導を追いかけて、何回も何回も、人生という旅を続けてきたんだろうからね。」

「何か怖いわ。」
私は、心の底に感じた思いを、素直に呟いた。
タマユラの言っていることは、半分くらいしか分からないけれど、遥か昔からその話を知っていたような気がしている自分に驚きもしていた。
「何か、深い海の底のような世界の話の気がするわ。
私、とりあえずこれからどうすればいいの?」
タマユラは可笑しそうに鼻を鳴らした。
「残念ながら、僕は全て知っている訳じゃない。
それに、これは自分で見つけて行くものだし、それがとても大切なんだ。
でも、いつか必ず、どうすれば良いのか思い出すよ。
だって、特にユラは、あの祠で本当の自分に会ってきたんだからね。」
私は、祠の中の輝く存在を思い出した。
もう、ずっと昔のような気がした。
「まずは、気軽に夢を見ようよ。
自由に、伸び伸びとさ。冒険はそれからだね。」
タマユラは頷きながら言った。

14 別れ

気が付くと、私たちは最初に出会った草原にいた。
どこまでも続く緑の上を、静かな風が渡っていた。
抜けるような青空が、どこまでも広がっていた。
綿菓子のような雲がゆっくりと空を流れていた。

「もう、お別れだ。そろそろ起きる時間だよ。」
タマユラが静かに言った。
「何日も眠っていたのかしら…」
私は、もう長いことこの夢の世界にいたような気がしていた。
「一瞬だよ。」
タマユラは可笑しそうにクスクス笑う。
「たった一晩の、夢の中の出来事だよ。」
「そうなの?」
「時は、ユラたちが思っているような、直線に進むものじゃないからね。時は空間なんだよ。」
タマユラが言った。
「起きたら忘れちゃうかもしれないわ。」
「そうかもね。」
「そんなの嫌!」
私は悲しくなって、思わず叫んだ。
「仕方がないさ。君たちの世界で生きるということは、こちらの世界の出来事を、全て覚えておくわけにはいかないんだよ。日常生活というものに差しさわりがあるもんだしね。」
「どうにかならないのかしら?」
「大丈夫。例え、頭が忘れても、ユラの心の奥に、必ずビジョンとして残っているよ。」
タマユラは、不思議な眼差しで私の目を見る。
「それでさ、ユラは、今回の生涯通して、その夢の欠片を集め、そっちの世界で組み立てて、みんなと共有することになるんだよ。自分で独り占めしないようにね。所有物じゃないから、夢の欠片の完成品は。」
「夢の欠片を組み立てる…」
「そうだよ。そうやって、みんなの夢が花束の様に一つに束ねられたら、束ねられた夢の花が、さらに束ねられて、みんなで共有できたら、さぞかし素晴らしい世界になっていくだろうね。」
タマユラは、うっとりしたように目を閉じた。長い睫毛がユラッと動いた。

私は黙っていた。
タマユラも黙っていた。
私は、この不思議な生き物を忘れたくなかった。
私はそっと手を伸ばし、タマユラに触れ抱きしめた。
柔らかな毛の感触と、不思議な温かさが伝わってきた。
「実感があるわ。」
「もちろんだよ。」
タマユラはクスっと笑う。
「また会えるわよね。」
「うん。ユラが傍にいる僕を見つけてくれればね。いつも待ってるよ。
一緒に遊べる日を楽しみにしているよ。」

一陣の風が私を包む。
風景が崩れていく。
私は、ぐっと後ろに引っ張られるような感じがした。
輝く細いトンネルに吸い込まれていくようだった。

「タマユラ…」
私は微かに呟いた。

目を開いた。
見慣れた天井が見えた。
私は布団の中にいた。
ゆっくり、自分の身体を手で触ってみた。
温かい自分の体温を感じた。

ガバッと勢いよく上半身を起こす。
いつもの朝だった。

何か素敵な夢を見たような気がしていた。
私はしばらく考える。
思い出せないけど、色んなビジョンが、短編的に浮かんでは消えていった。

「タマユラ~」
ふっと浮かんだ言葉に、適当に節をつけて歌ってみる私。

懐かしい感じするけど、何の言葉だっけ?

私は大きく伸びをすると、布団から抜け出した。
そして、爽やかな気分で、新しい一日へと足を踏み出したのだった。

終わり

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