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天使の舞い降りる人生の午後~1


1 昼下がりの出会い

ある平日の昼下がり。
公園の端にあるオープンカフェテラスは、僕以外の人影もなく、とても静かだった。
僕は、読みかけの本をテーブルに置くと、欠伸を一つ…

「平和だなあ…」

「そう思う?」

唐突な可愛い声の返事に驚き、僕は声の聞こえた方を振り返った。

小さなクマのぬいぐるみが、隣の椅子に置いてあった。

「やあ。」
クマのぬいぐるみが、自然に右手を上げた。
どう見てもただのぬいぐるみだ。
大きさは30㎝位だろうか。山吹色のベロア地の胴体に、クリクリした粒らかな黒いビーズ玉の瞳。刺繍糸の鼻と口。赤いタータンチェックのリボンを、首に巻いている。
精巧な仕掛けでもあるのだろうか?
僕は確かめてみようと、ぬいぐるみに手を伸ばした。

「やめてよ。」
クマのぬいぐるみは、つかみかけた僕の手をその前足で振り払った。
「失礼だな。誰にでもいきなりそうするの?」
ぬいぐるみが咎めるように聞いてきた。
「だって…そんな馬鹿な。ただのぬいぐるみだろ?どうして…」

夢でも見ているのだろうか?

「ぬいぐるみじゃ都合が悪いの?」
「いや、えっとそうじゃなくて…何て言ったらいいのか…
物が生きているみたいに話すなんて、こんなことはあり得ないんだけど。」
「どうして?」
「どうしてって…」
僕は言葉に詰まった。
「でも、私はこうして君と話をしているよ。」
ぬいぐるみは可笑しそうに言った。
「常識では考えられないことなんだよ。自然の法則に反しているかと…」
「君たちの常識って何?」
「それは…」
「たかだか数千年ぽっちしか経ってない人類が、自然法則全てを理解しきっているとは思えないけどね。」
僕は言葉が見つからず、黙った。

カフェテラスに座っている、一人の男と一つのぬいぐるみ。他から見ると奇妙な組み合わせに見えるだろう…

そこに、三歳くらいの子供の手を引いた母親が、通りかかった。
子供はぬいぐるみに気が付くと、ニッコリ笑った。
「こんにちは。」
ぬいぐるみも子供に手を振って見せた。
子供は嬉しそうに声を上げ、笑いながら手を振り返した。
「ご機嫌ね。」
母親は、優しく子供に語り掛けると、僕に微笑み軽く会釈をし、そのまま親子は立ち去って行った。

「あの子は、君みたいに難癖をつけないで私を受け入れてくれたようだね。」
ぬいぐるみが可笑しそうに僕に目を向けた。
僕は首を振った。
「あの子はまだ事の理解をできる年齢じゃないんだよ。あの母親は、僕が子供をあやしたと思ったに違いない。まさか、ぬいぐるみと挨拶を交わしていたとは思ってない。」

それにしても、僕は確かにこうしてぬいぐるみと会話というものをしている。夢なんかじゃない。
「認めざるを得ないのか…」
「やっとまともな会話ができそうだね。」
ぬいぐるみは、嬉しそうに僕を見て頷いた。

2 未知のカタストロフ

現実を認め、混乱が過ぎると、今度は好奇心が生まれてきた。
「名前はあるのかい?どこから来たの?」
「私の名前はシャンテ。」
ぬいぐるみは、品よく会釈した。
「私は、そうだねえ、君に知らせるために向こうの世界から来たとでも言っておこうかな。」
「僕に知らせる?何を?それに向こうって?言ってることが良く分からない。」
「まあまあ、落ち着いて。」
ぬいぐるみ、いや、シャンテは言った。
「私は取り合えずこの身体を使っているけど、会話は君の心の奥と直に話しているんだよ、こうして。」

テレパシーなんだと僕は気が付いた。

「あの世から来たのかな?」
「そうじゃあない。もっと自由な次元から来たんだよ。」
「宇宙人みたいなものかな。良く分からないな。
新手の腹話術とも思えて仕方がない…」
僕は首をひねった。
「イメージしようったって、難しいだろうね。」
シャンテは笑った。
「君たちが、現実の世界と呼んでいるこの今の世界の次元より、はるか先の次元から来たんだよ。
この物質世界と違って、そこはとても軽くてフリーな世界だから、物質の身体はあえて必要ないしね。」
「怪しい宗教みたいなことを言っているな。」
僕は眉をひそめた。
「君たちの仲間の箱庭遊びとは違うよ。」
シャンテは肩をすくめた。
「事実を言っているだけだよ。
純粋な真実は、みんなのものなのに、君たちの仲間はすぐに独り占めにしてしまう。
人間という生き物は、余程支配されたりしたりすることが好きなんだろうね。すぐに主従関係を作って安心してしまう。
それに、面白いのは自分たちの小さな世界だけが絶対で、他はほとんど見ようとはしない。というか、その他をそのまま認めるんじゃなくて、自分たちに取り込もうとするか、排除しようするか、盗もうとするか…」
「そう言われりゃそうかもな…」
僕はため息をついた。
「それはそうと、シャンテ、君は何でぬいぐるみの身体を選んだんだ?」
「可愛いでしょ?向こうの箱の上に寂しそうにしていたからね。」
ぬいぐるみが見やった方に、ゴミが溢れかえったゴミ箱があった。
「天使の姿とかの方が説得力がある気がするけど…」
「見た目じゃあないよ。」
シャンテの言葉に、僕は何も言えなくなった。

本当に、ただのぬいぐるみにしか見えないんだけど…

「分ったよ。ぬいぐるみの姿をした訪問者と認めるよ。」
「うん。」
「どうやって来たんだ?」
「行こうと思えば、好きなところに一瞬で行けるんだ。コツさえつかめば、君にもできると思うけどね。」
瞬間移動ってやつか?まあ僕には無理だろう。

「それで、僕に何か知らせるとか、言っていたねさっき。」
「そうなんだ。」
シャンテが、僕を探るように見た。
「君というか、この惑星の人たちって、気が付いているのかなあ?」
「何を?」
「うん。今の世界が終わりの時期に入っていることをさ。」
「はあ?だって、世紀末は無事に過ぎたし…」
「ただ一つの世紀が終わっただけでしょ?私が言っているのは、この世界が、システムが終わりかけているということ。変貌していくんだよ。
君たちを含むこの時代全てがさようなら、ということになるだろうね。」
「この地球が滅びるの?」
「いや、惑星自体は取り合えず大丈夫だ。惑星としての寿命や使命はまだまだ十分あるしね。」
「核戦争が起きるのかな。」
「いや。」
「環境破壊で。」
「そうでもない。」
「悪い病気が流行るとか。」
「違うよ。」
「隕石がぶつかる。」
「一年中かすめているよ。」
僕は、聞きかじってた色んな噂を思い出しては、クイズの回答の様に言ってみたが、どれも違うようだった。
「良く分からないな。僕が挙げたものは、、どれも危険極まりないし、滅びの原因になりそうなものばかりなのに…」
「確かにね。でも、どれもすべての生物やものが滅亡するものでもないだろう?一部の生物には、危険が及ぶだろうけどさ。」
「うーん…」
「やはりねえ。
君が分からないということは、他の大多数の人たちも気が付いてはいないようだよね。」
シャンテは呟いた。
「天が裂け、地が割れる、そんな劇的なクライマックスが来るわけじゃないよ。もっと緩やかで、静かなものだね。」
「へ?」
シャンテは頷いた。
「それは、もう始まっているんだよ。みんなが気が付かなくてもさ。」


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