アナザーヒル〜第3話

第3話「マルドゥク」

現在地球で岡田正紀として生きている私が以前この星で生きていた事があるという…。
それを思い出す為の何かを見せてくれるのだろうか、
席を立った青い肌の異星人は私に背を向けて何やらコンピューターのような機械を操作している。
そしてハッとしたように手を止めて私の方を振り向き、
「そういえば自己紹介が遅れましたね。私はサザレヒコといいます。この名前はあなたたち日本人の名前からとったそうですよ。」
と言って一瞬笑顔を見せ、また機械の操作に戻った。

「あ、私の名前は…」
私がそう言いかけるとサザレヒコは、
「知っていますよオカダマサキ。」
と返し、
「お待たせしました。これを見てください。」
と、機械のスイッチを入れた。

すると部屋の照明が変わり、空間中に立体映像が現れ始めた。
空間全体に3Dのホログラム映像が浮かび上がり、その映像の空間の中に実際に入り込んでいるかのようだ。

映し出されているのは黄色い空と広大な大地の風景だ。やはり雲は低い位置にあり、巨大な川がうねるように流れ、空には数々の光が舞っている。
最初にこの星の景色を見た時は異様でしかなかったが、不思議と今はあまり違和感がない。
そこに、一人の男が現れ、話し始めた。
青い肌のこの星の男だ。
この星の言葉で話しているが、翻訳機能が備わっているのか、話しの内容は私の頭の中に日本語で入ってきた。

それは星の神になるということについての話だった。
この星は「マルドゥク」という名前の惑星で、将来宇宙の様々な星の神になるような魂が一時的に留まって準備をするような場所らしい。
空を舞っている数々の光はその魂の現れの一つなのだとか。
男は管理人のような役割で、様々な星と魂の仲介のような事をしているらしく、
”然るべき時”を調整しているとの事だ。

話によると一つの星に一つの神がいるのではなく、たくさんの神々の魂があるらしい。
神々の魂にも様々な階層があるらしく、私達人間に近い人格を持った神もいれば複数の星にまたがるようなより大きな意識の神もいるらしい。
この星に光として現れているのは人格神の魂がほとんどだというが、その実体はより高次の世界にあるのだという。

そしてホログラムの男は
「私達もまたこれらの神々のようになる準備をしている。
そしてその為に宇宙の人類の霊的な進化に寄与する役目がある」
と言って話を終えた。

ホログラムの立体像がフェードアウトするように消えていく。
そしてその瞬間私はある種の違和感と共に、自分がここへ来た理由がわかった気がした。

ホログラムの立体映像装置が消え、

数秒の間私は目を閉じて立ち尽くしていた。

サザレヒコが口を開いた。

「どうですか？オカダマサキ…さん。何か思い出しましたか？」

「ええ…、いや、ハッキリ思い出せてはいませんが、何となく、何故か…今の映像の中にいた男というのはもしかして…」

「そうです。」

「……以前の…私ですか？」

サザレヒコは確信に満ちた表情で微笑み、頷いた。

私は何の確信も根拠があるわけでもなかったが、ただ何故だか映像の中の男が自分であるような気がしていた。

そして、この映像もまた私が自分の為に用意したものであるという事も…。

だが、それがどうしてなのか、何を思ってそんな事をしたのか、このマルドゥクという星で暮らしていた私はどういった人間だったのか、

それが全く分からないというか、そうした記憶を引き出そうとすると胸につっかえるような不穏な違和感が膨らみ、頭が重くなり、まるで思い出すのをブロックしているようになって思い出す事が出来ない。

これも私がそう仕向けたのだろうか…。

明らかに何かがおかしい。

それとも私は今何らかの催眠状態にあり、目の前のこの異星人に洗脳されようとしているのではないだろうか…。

「他には何か思い出しましたか？」

サザレヒコは私が語るのを待っているような様子だ。

しかし意外な質問だ。

私の頭の中に話しかける事のできるこの男は私の思考などは全部お見通しなのではないだろうか？

私はやや怪訝な眼差しを彼に向けた。

「やはり、そうですか…。そうです私達は表層に上っている意識を読み取ってテレパシーでコミュニケーションできますが、意識に上らない情報やブロックされた情報にはアクセス出来ないのです。

あなたは、今自分でその記憶をブロックしているのではないのですね。」

「ええ、私は今の映像の男が以前の私で、ここで暮らしていた事があったという事を何となくでしか思い出せません。

サザレヒコ、あなたはどうして私をここに呼んで今の映像を見せたんですか？

以前の私がそうするようにしたんですか？」

「そうですね、あなたがこの星から地球へと転生したのだという事を知る必要があった。そしてそれがこれからの人類の為に必要な事なのだろうと私は思いました。

ですが、それがどうしてなのか、その理由は私には明かされていません。

それは以前のあなた自身がご存知なのだろうと思っていました。

なのであなたの口からその理由が聞けると思ったのですが…

今はまだその時ではないようですね。」

サザレヒコのさっきまでの自信と余裕に満ちた雰囲気に揺らぎが見える。

どうやら本当の事を言っているようだ。

いや、しかし、揺らいでいるのはむしろ…

「どうやら時間のようですね…。」

空間がゆらゆらと歪み始めた。

「あなたの本体は今地球にあります。あなたはアストラル体という身体でこの次元に来ていたのですが、長くは離れていられないのです。それでは、また…」

「ま、待ってください！一体これはどういう…」

そう言いかけると眩暈のようなものが起こり、辺りが暗転した。

景色が再び浮かび上がると、空が見えた。青い空だ。

私は元いた丘の上で仰向けに横たわっていた。

夢…？ いや。

夢にしてはあまりにも鮮明すぎる世界だった。

信じ難いことだが私はさっきまで確かに、こことは異なるもう一つの現実の中に…あのマルドゥクという星に居たのだ。

第4話へ続く