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【一切経山】「魔女の瞳」と円盤餃子

 吾妻山というのは福島・山形両県境にまたがる山域を指す。深田久弥はその著『日本百名山』で「一口に吾妻山と呼んでも、これほど茫漠としてつかみどろのない山もあるまい」「この厖大な山群には、渓谷あり、高原あり、湖沼あり、森林あり、しかも山麓をめぐってあちこちに温泉が湧いている。包含するところの景勝は甚だ豊富であるが、それを極めつくすのは容易ではない」と書いている。

 この山域の中で最も標高の高い峰は西吾妻山で、百名山をめざす登山者としてはその頂を踏みたいところだが、今回は一切経山(いっさいきょうざん)という不思議な印象の名前の山に登る。一切経というのは仏教の経典のことで、遥か昔、空海が一切経をこの山に埋めたことから、その名がついたという。

山肌から噴煙が上がる一切経山

 この日は午前5時ごろ自宅を出発。JR上野駅で新幹線に乗り、午前7時半ごろJR郡山駅で下車した。ここで登山仲間と合流し、仲間の運転する乗用車で浄土平に向かった。浄土平は標高約1600メートルに広がる湿原で、「天空の楽園」とも呼ばれているらしい。ここが最も一般的な一切経山への登山口のようだ。

 午前9時前に浄土平の駐車場に到着すると、すでにたくさんの車が泊まっていた。6月も中旬と言うのに梅雨入りが遅れている影響で天気は快晴。行楽日和に誘われて登山客だけでなく観光客も多い。観光客の方は気軽に登れる吾妻小富士が目的地のようだ。

 午前9時15分ごろ登山開始。最初は整備された木道を歩く。しばらくすると次第に登山道らしい登りになった。午前10時ごろ四方八方視界が開けた平地にたどり着いた。ここが一切経山へ向かう登山道が伸びる分岐点となる。近くにあるトイレ付きの小屋が「酸ガ平小屋」。ここでしばしの休憩を取った。

 一切経山の山頂へ向かう道は登山客でやや渋滞気味だが、おかげで周囲の景色を楽しむ余裕が生まれる。振り返ると吾妻小富士。直径約500メートルの火口の眺めは一切経山登山の魅力の一つだ。

火口を一周できる吾妻小富士

 標高が上がれば上がるほど登山道はなだらかになった。午前11時半ごろ一切経山の山頂(1949メートル)に立った。だが今回の山行の目的地はここではない。山頂を少し越えた先にある五色沼だ。五色沼は「魔女の瞳」と呼ばれ、美しいコバルトブルーが登山客を魅了している。

 登山道に設置されていた看板の説明書きによると、「五色沼の水中には大量の鉱物質(ケイ酸塩など)の微粒子が浮遊しており、これが水中に入射した太陽光の一部を反射・分散させることによって、あの美しい色になる」ということらしい。科学的な説明は「魔女の瞳」という言葉が持つ神秘性を減じさせる。いい意味でも、悪い意味でも。

山頂には大きなケルンがあった

 五色沼を眺めながら昼食を食べ、登ってきた道を引き返す。分岐点まで戻ってくると、今度は新しいルートに向かった。木道が設置された湿原をしばらく進むと、鎌沼に到着した。カエルの大合唱が聞こえるものの、その姿は見えない。その後、鎌沼をぐるりと周回して浄土平へ戻ってきた。

カエルの鳴き声が響く「鎌沼」

 登ってきた一切経山の山肌に目をこらすと、ところどころ噴煙が吹き上がっている。この山が現役の活火山であることを再確認させられる。そして硫黄の臭いが時々鼻先をかすめる。硫黄臭あるところには温泉あり。磐梯吾妻スカイラインを北に自動車を走らせ、「東北の草津」とも呼ばれる高湯温泉へ向かった。

 観光協会のホームページによると、高湯温泉は開湯400年の歴史を持つ温泉地。「一切の鳴り物を禁ず」というしきたりによって、温泉地によくある歓楽街がないのだという。鳴り物というのは太鼓や三味線のことで、娯楽ではなく療養に専念せよ、ということらしい。

共同浴場「あったか湯」

 日帰り入浴ができる共同浴場「あったか湯」(福島市)に到着。入浴料は破格の大人250円。浴場は露天風呂が1つだけで、シャワーや石けん・シャンプーもないシンプルな設備。だが硫黄臭強めの泉質にこれぞ温泉という気分に浸れた。

餡も皮も手作りという餃子店「山女」

 入浴後は福島市の中心部へ。福島は「円盤餃子」が名物ということで、JR福島駅に近い有名店「山女」(やまめ)に向かった。人気店だけあって開店直後にもかかわらず、すでに入店待ち状態。30分ほど待っていよいよ店内へ。円盤餃子(焼き餃子)と水餃子を注文。円盤餃子はふわっとした皮に餡がたっぷり。水餃子はつるっとしていくらでも食べられそうだ。飲み物は地ビール「みちのく福島路ビール」のヴァイツェン。フルーティーな香りのビールをお供に餃子をお腹いっぱい堪能した。(2024年6月15日)


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