過去×いま、劇研×木霊の結節点『マッチ売りの少女』稽古場インタビュー
2023年10月27日から10月30日にかけて、早稲田大学小劇場どらま館にて公演『マッチ売りの少女』が上演されます。
早稲田は学生演劇が盛んな大学で、「六大演劇サークル」をはじめとする様々な団体が、毎月公演を開催しています。
その中でも『マッチ売りの少女』は、以下の3点において珍しい挑戦をしている意欲的な企画です。
なぜ、このような公演を企画するに至ったのか、主宰の小島淳之介さんにインタビュー取材を行いました。
また、役者(“弟“役)の傍見秋さんに対しても質問させていただきました。
主宰・小島淳之介さんへのインタビュー
__早稲田では、学生が書いたオリジナルの脚本で演劇をすることが多いですよね。今回はなぜ別役実さんの戯曲を使おうと思ったのでしょうか。
この公演を上演する場所、どらま館の前身である早稲田小劇場の柿落としが別役実の『マッチ売りの少女』だったんです。もともと1966年、喫茶店の2階に「早稲田小劇場」という劇団・劇場が生まれ、その後、劇場だけが同じ場所に残って民間で運営されていた。それを大学が買い取ったのが今の「どらま館」につながっています。50年以上前に行われた劇を同じ場所でやってみたらどうなるだろうと思ったのが動機の一つです。
あと、今回は劇研と木霊のコラボ企画じゃないですか。オリジナル脚本でやって、どちらかの作風に寄ってしまったら良くないと思ったんです。別役実は「自由舞台」という劇団に所属していました。劇研と木霊と、もう一つの第三勢力として過去に存在した「自由舞台」。そのゆかりの人物であり、かつ、早稲田小劇場で最初に上演された演目だからという理由で別役実の『マッチ売りの少女』を取り上げました。
__劇研と木霊のコラボ企画ということですが、それは普段の公演とどう違うのでしょうか。
劇団規模でのコラボというのはすごく珍しいことです。劇研と木霊に関しては初めてかもしれません。「劇研の公演に木霊の役者が出る」といったことは今までもありましたが、明確に公演レベルで一緒にやるということは調べた限りではないですね。大隈講堂裏のアトリエで何十年も隣り合って活動してきたわけですけど。
今回は、座組の構成もなるべく劇研と木霊で半々になるようにしています。
__今までにないことに挑戦する中で、苦労も多かったのではないかと思います。
特に劇研においては、他サークルと比べて企画を通すのが難しいです。劇研には「企画審議」というものがあります。総会を開いて、みんながそろった状態で企画内容を精査し、団体の名前を使って公演を打つことを認めるか否か決めます。
劇研と木霊では、総会に企画を通す審議方法が異なります。特に劇研では2段階の審査があるなどの理由から、それぞれの団体での承認時期がずれてしまうといった問題が起こりました。
それぞれの組織でやり方が異なる難しさがあるから、コラボという話は今までなかったのかもしれません。前例のないことをやったからこそ、二つの組織間の文化やルールの違いが見えてきました。
__劇研で企画を通す上でネックになったのは、人員やスケジュールといった問題ですか。
もちろん、そういう物理的な問題もありますが…。私たちの劇団はこういう色で、こういうものを作ってきた。そうじゃないものと混ざり合うことによって、どんな事態が起こるか分からないという不安が劇研内で聞かれました。
__もし次に同じような企画を通すとしたら、どうすれば上手くいくでしょうか。
公募制にした方が良かったかもしれません。まだ内容が詰まっていない状態で一旦みんなの企画だということを劇団全体に告知する。その上で、劇研と木霊、それぞれから興味を持ってくれた人を集めて会議を開く場をセッティングする。
前提を確認しておくのも大切でした。特に今回は別役実の脚本がすごく難しくて。本自体は事前に渡していたのですが、稽古が始まってから脚本の難しさを実感することがままあり、事前に演出の不安要素をもっと書き出しておけたらよかったと思います。
また、団体によって当たり前となるルールがずれていることがありました。役割分担などの前提も事前に確認できたらよかったと思いました。
__多くの障壁があった中、それでも今回の企画を実現しようと思ったのはなぜですか。
1月に隈裏びらきというイベントをしたとき、早稲田演劇界隈がもっているポテンシャルを感じたんですね。積み重ねてきた歴史があり、今もそれぞれの劇団の特色がある。異なる劇団の色が一つの公演の中で組み合わさったとき、どういうふうにぶつかるんだろうというのは見てみたかった。それと、今回は歴史を企画のコンセプトに置いています。50年くらい前の戯曲をやることによって、私たちの演劇はそれだけの歴史をそれぞれの団体の中にもっているんだということを改めて見つめ返せるんじゃないかと思っています。
__「歴史」に目を向けている人は意外と少ないのではないでしょうか。学生によるオリジナル脚本が多いのも、そこに一因がある気がします。小島さんはどうして「歴史」に関心をもったのでしょうか。
よく分からないルールってあるじゃないですか。自分が立っている足元が、どうしてこうなっているのか。そのルールの理由を知りたくなるんです。
今回の元々のきっかけは、「ゼロ歩行」という、稽古前に身体の準備をするメニューにありました。ゆっくり吐く息に合わせて歩くことで、ゼロの状態、現代人にとって一番フラットな歩行を目指すというメニューです。それを生み出したといえるのが自由舞台出身の早稲田小劇場という劇団で、つまり、早稲田小劇場にルーツがあるようなんです。
自分が当たり前にやっている訓練を調べていったらそこに行き着いた。さらに、木霊でも「ゼロ歩行」と同じメニューをやっていると聞いたので、そのルーツも同じ場所にあるのかもしれないと思いました。だから、早稲田小劇場時代の演目を今やってみたらどうなるだろうというのが始まりですね。
__劇研×木霊×どらま館のコラボであることに加えて、「本企画は積極的に外部と関わろう」という意思を感じます。例えば、noteで稽古場ブログを公開されていますし、公演後のアフタートークも計画されていますよね。私に取材依頼をくださったこともそうです。それにはどのような意図があるのでしょうか。
今回の企画には、自分たちの現在地と過去に向き合うという趣旨があります。稽古場ブログはまさに現在地を示すことだと思います。Gaku-yomuさんに執筆依頼をしたのは、今自分たちが考えていることを客観的な視点から外に出していただくことで、より公的な記録にしたいという狙いがあります。
そしてアフタートークに関しては、2000年前後に劇研・木霊で活躍されていたOB・OG(楢原拓さま、五戸真理枝さま)、別役実やベケットを研究されていて1960年代の演劇に詳しい早稲田の教授(岡室美奈子さま)をお呼びしています。かつての劇研・木霊・自由舞台についてそれぞれお話を伺えるようにしています。
__小島さんは演出家として公演に参加されていますが、どのような場面で普段の稽古との違いを感じますか。
まず、オリジナル脚本だと脚本家と演出家が同じ人のことが多いです。そうするとその人が「ここはこうしたい」と言えばそれが正解になります。今回はそれができない。別役実は何を言いたいんだろうということを脚本から読み取って、じゃあ私たちはどうアレンジしていくのかを考えなくちゃいけない。その点で普段とはだいぶ違いました。
脚本は既にあるけど、その答えをいかに自分たちなりの答えにするかが難しかったです。役者からも「ここはどういうことなの」と質問されることが多くて。何回も稽古を止めて、みんなで話し合いました。だから、普段の公演より話し合いをたくさんしていると思います。
__別役実さんがどういう人なのか、もう少し詳しく教えてください。
静かでシンプルで、不条理劇といわれる演劇を日本で初期に始めた人です。『マッチ売りの少女』でいうと、普通の人の家にマッチ売りの少女が突然訪ねてくる。そういう意味の分からない展開が起こり、しかも特に盛り上がるわけじゃなく、静かな日常の中に違和感がずっとあり続ける。
すごくシンプルだからこそ、粗が見えやすいです。感情で芝居をするとか、演出によって展開を作るということがしにくい。シンプルな中に一つひねった部分があり、それを面白くするのが難しい。彼が早稲田を中退して、20代で、自分たちに近い場所でやった演目だから歴史を踏まえてアプローチしたけど、並大抵でできる作品ではなかったです。
__稽古の中では、劇研と木霊にどのような違いがあると感じましたか。
演技において何を重視するのかが違うと思います。劇研の役者は、「こういうふうに見えるようにやって」と言えばその指示に従って動いてくれます。3歩目に右足を出して、4歩目に左足、5歩目で右、といった指示に慣れている。対して、木霊の役者は「なんでそう動くんだろう」といったように、感情からアプローチしていく傾向があるように思いました。
それは各団体の新人訓練のやり方とも関係があると思います。劇研は目で見て分かりやすく面白いもの、笑えるものを作る身体訓練をしています。一方、木霊にはダンス表現のメニューがあるそうで、自分の中に溢れる心情をいかに外に出すかという練習をしている。どちらも身体を大事にしているメニューですが、アプローチが全然違うんですね。
今回、私自身、劇研で慣れているやり方で指示を出してしまって上手くいかなかったり…。だから、劇研でも木霊でもない演技体を外から持ってきて試してみたり、色々模索しました。
__小島さんは「この場所にはポテンシャルがある」ということをずっと注視されています。自分の団体内にいると気づかない可能性も、歴史をさかのぼってみたり、他の劇団と比較してみることによって明確になるのではないかと思いました。
今回はそれを小規模で試してみたかったという感じです。ずっと隣り合っていたのに、お互い混ざり合わなかった人たちが一緒になったらどうなるだろう、それを調べてみよう。外にいる人に、こんなポテンシャルがあるよと伝えてみよう。そんなふうに、私は今回のことを外と繋がるきっかけと考えています。だから、劇研・木霊のアトリエではなく、あえて中間地点としての「どらま館」で開催します。ポテンシャルを自覚し、外にどう伝えていくか考えるきっかけにしたいです。
__最後に、本番に向けて意気込みをお願いします。
本当になかなかない公演になっていると思います。演劇はやっぱり同じ場所、同じ時間をシェアできることが強みです。同じ演目を時間を超えて、過去と同じ場所でやる。そのとき、どんな反応が起きるのかをお客さん含めて楽しんでいただけたらと思います。一つの場所で、過去と今、そして劇研と木霊がくっつくという縦横二つの軸を持った結節点としての公演になっています。それを見ていただけたら幸いです。
役者・傍見秋さんへの書面インタビュー
__簡単な自己紹介をお願いします。
劇団木霊2年代の傍見秋です。はたみ/あきです。歩くのが好きなのでいつでも散歩したい人間です。
__今回の公演に参加された経緯、参加にあたって期待していたことなどがあれば教えてください。
参加した理由としては、木霊の主宰の翠から直接声をかけて貰ったことが大きいです。僕はたぶん彼女の言葉に弱いのでほいほいついていってしまいます。これで二度目です。これからも増えていったら嬉しいな、とひっそり思ってます。
期待していたことに関しては、稽古です。座組が信じられないほど豪華で。例えば演出補佐の方々はお名前見ればわかる通り、もう一人一人の存在感とパワーがすごくて、そんな方々が来ていただけるんです、それはもう刺激を受けます。その時は必死に何かを吸収しようとしていますが、おどおどしてしまって中々うまくいかないです、悔しい。
これから期待していることというか、楽しみなことがありまして。これから本番週に入って音照や舞台美術など劇研木霊のスタッフワークを間近に感じられることがとても楽しみです。もちろんこれまでも宣伝美術や撮影などで驚くほど素敵なものを見ましたが、本番週になり、どらま館に人々が集まり、各々の技術を集結させる期間が始まると思うととても楽しみですし、僕自身もやる気がメキメキ湧いてきます。
__今回の公演は、劇研×木霊のコラボ企画であること、学生によるオリジナル脚本ではないこと、早稲田演劇界隈の歴史を踏まえた企画であること、などの点で普段の公演と異なっています。これまでの活動と比較してどのようなことに気づいたか、刺激を受けたことや難しさなどがあれば教えてください。
刺激を受けたことは上に書いてしまったことを含め山ほどあるので、せっかくなら難しさを書きます。僕実は恥ずかしながら戯曲をやるのが初めてで、学生演劇はやはり当て書きになってしまうことが多いなあと身勝手に分析していて、僕じゃないといけない必然性を感じやすいんですけど、戯曲となるともちろんそうはいかなくて。自分たちよりも前に何人もの人たちがやってきた作品を今になってやる意味を座組単位で考えることはもちろん、僕個人としてもこの役を僕がやる意味を考えて見つけて乗せて届けないといけないなと思ってます。そこが難しくもあり、楽しいところです。
__劇研と木霊の違いについて、気づいたことを教えてください。
両者間で言語の違いがあると思いました。劇研にも木霊にも共通するメニューとして「ゼロ歩行」というメニューがあるのですが、そもそも目指している完成形が異なっていて、さらにそのために必要な「等速」という概念も違っていて、詳しく言語化できないのがもどかしいのですが、もうとにかく、まるで異なっているのです。「等速」に限った話ではないのですが、その異なった言語を擦り合わせながら今回の座組なりの形を作り上げていくことを繰り返しています。
ただどちらの団体の人間もそろって頑固です、しっかり自分の意見と核を持った上でそれをぶつけて新しいものを生み出すことを恐れない心もありつつですが。隣にいながら内実をほとんど知らないだけで、作り手側として同じ何かを共有している気が最近はしてます。
__最後に、公演に向けた意気込みを教えてください。
「折れずにしなる」稽古場見学に来て頂いた方の言葉ですが大切にしています。その結果何が出来上がるか楽しみにして欲しいです、僕も楽しみです。
編集後記
今回は劇研×木霊の企画公演『マッチ売りの少女』の取材を行いました。
このように、公演開始前にマニフェストのようなものを公開するのは結構珍しいことなのではないかと思います。
もちろん知らなくても十分楽しめますが、主宰や役者の方々が何について悩み、何に挑戦しようとしているのかに触れることが、本公演をより深く理解するきっかけになれば幸いです。
さらには、今回の企画が別の企画に繋がり、早稲田演劇界隈の歴史の一脈となるとき、本記事が今この現在地を振り返るアーカイブとして機能する事を期待しています。
チケットはまだ販売しています。
異なる団体同士の出会い、過去と現在の接続によって何が起こるのか、ぜひ見届けてみてはいかがでしょうか。
チケット情報はこちらから
(取材・文 とり)
※本記事の内容は口頭・文面でのインタビューに基づいています。各劇団の内情、早稲田演劇界隈の歴史などに不正確な部分を含む可能性がありますが、ご了承ください。
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