山極 壽一「ヒトの共感力――野生の記憶と可能性」
サルの餌付け
これまで長い間、言葉を持たないサルやゴリラと付き合ってきた。そこで学んだのは、「ともにいる」、「ともにある」という気持ちは時間とともに芽生えるということだ。私はまだ人に馴れていない野生のニホンザルやゴリラと友達になろうと努力してきた。彼らの自然の暮らしを内側からのぞくためには、どうしても彼らの群れの中に入って一緒に暮らせるようにならなければいけない。野生の動物は人間に敵意を抱いているから、まずその警戒心を解かねばならない。それには途方もない時間がかかる。
一九四〇〜五〇年代に日本の研究者が野生ニホンザルの研究を始めた頃、サルを馴らすために餌付けという方法を用いた。サルたちはふつう見通しのきかない森の中で暮らしている。追っていくにもクマザサのような密生した藪に行く手を遮られてすぐに姿を見失ってしまう。そのため、開けた明るい場所にリンゴやサツマイモや大豆をまき、サルの警戒心を解きながら観察しようとしたのである。これは大成功を収めた。サルたちは最初はおずおずと、やがて積極的に餌場に現れて、彼らの社会交渉をつぶさに観察できるようになったのである。やがて、全国各地に野猿公苑ができて、観光客が餌をやりながら間近にサルを観察できるようになった。一九七〇年代は日本各地に三七もの野猿公苑が登場したのである。
―『學鐙』2023年秋号 特集「共に在る、共に生きる」より―
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