見出し画像

山極 壽一「ヒトの共感力――野生の記憶と可能性」

山極 壽一(やまぎわ・じゅいち)——理学博士。
京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程退学、理学博士。(財)日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学助教授、教授、理学研究科長・理学部長、京都大学総長を経て、現在、総合地球環境学研究所所長。

サルの餌付け

 これまで長い間、言葉を持たないサルやゴリラと付き合ってきた。そこで学んだのは、「ともにいる」、「ともにある」という気持ちは時間とともに芽生えるということだ。私はまだ人に馴れていない野生のニホンザルやゴリラと友達になろうと努力してきた。彼らの自然の暮らしを内側からのぞくためには、どうしても彼らの群れの中に入って一緒に暮らせるようにならなければいけない。野生の動物は人間に敵意を抱いているから、まずその警戒心を解かねばならない。それには途方もない時間がかかる。
 一九四〇〜五〇年代に日本の研究者が野生ニホンザルの研究を始めた頃、サルを馴らすために餌付けという方法を用いた。サルたちはふつう見通しのきかない森の中で暮らしている。追っていくにもクマザサのような密生した藪に行く手を遮られてすぐに姿を見失ってしまう。そのため、開けた明るい場所にリンゴやサツマイモや大豆をまき、サルの警戒心を解きながら観察しようとしたのである。これは大成功を収めた。サルたちは最初はおずおずと、やがて積極的に餌場に現れて、彼らの社会交渉をつぶさに観察できるようになったのである。やがて、全国各地に野猿公苑ができて、観光客が餌をやりながら間近にサルを観察できるようになった。一九七〇年代は日本各地に三七もの野猿公苑が登場したのである。

―『學鐙』2023年秋号 特集「共に在る、共に生きる」より―

電子版のご購入はこちらから

『學鐙』2023年秋号
電子版・冊子版 定価250円(税込)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※「★」印の記事はnoteにて順次配信予定(一部無料配信)
灯歌
岡本 真帆(歌人)
特集
山極 壽一(理学博士)★
池上 英子(ニュー・スクール大学大学院社会学部教授・ユニバーシティ シニアフェロー)★
石黒 浩(知能ロボット学者・大阪大学教授・ATR石黒浩特別研究所客員所長)★
井庭 崇(慶應義塾大学総合政策学部教授)★
ウスビ・サコ(京都精華大学・人間環境デザインプログラム教授)★
松田 法子(京都府立大学准教授)★
書評
渡辺 祐真(文筆家・書評家)
水上 文(文筆家・文芸批評家)
荒木 優太(在野研究者)
綿野 恵太(文筆業)
マライ・メントライン(翻訳家・文筆家・通訳)
企画連載
平井 裕久(神奈川大学工学部経営工学科 教授)
今村 翔吾(小説家)
五十嵐 杏南(サイエンスライター)
髙宮 利行(慶應義塾大学名誉教授)
丸善出版刊行物書評
宇佐美 誠(京都大学大学院地球環境学堂)
澁谷 浩一(茨城大学教授)

ここから先は

3,855字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?