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学生探検記録:令和に生きる開拓者part1

 現在の日本国内において残っている唯一の人跡未踏の場所は、地下世界だと言われています。実際に、現在においても毎年新しい洞窟がいくつも発見されています。地底に広がる未知なる世界を探検している学生探検部員はまさに令和時代の開拓者と呼ぶにふさわしいでしょう。そんな彼らによる探検の記録をシリーズ「令和に生きる開拓者」として連載していきます。

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~プロローグ~
 令和二年某日、私は所属するケイビング団体の測量調査で、岐阜県山県市の洞窟を探検していた。
 この地域は、石灰岩や伏流水が発達していて、洞窟が生成されやすい環境にある。洞窟の中を測量していても、非常に広く潜りがいがあった。中は適度に広いところもあり、ホールやループがあちこちにできていた。キクガシラコウモリ達は冬眠をしていて、春の訪れを待っているようだった。
 私は、冬の洞窟が好きだ。なぜなら、洞窟は年中気温が安定していて、外気温よりも冬は暖かいか同程度の気温のことが多い。風も奥に行けば行くほど遮ることができて体温は安定するし(風を感じるたら穴が外につながっている証拠で、それもまたテンションが上がる)、なにより寒い外には出たくないので洞内をより楽しむことができる。自分だけの岩のベッドを見つけ、行動食の焼きそばパンを食べながら、二次生成物を鑑賞している時間はきっとドーパミンがドバドバ出ているだろう。洞窟は麻薬だ。
 そんな、ドバドバの脳内麻薬と共に測量を教えて貰いながら、さらなる空間と岩を求めて測量調査に励んだ。
 あっという間に時は過ぎ、出洞の時間になった。片付けをし、もと来た道を帰り、下山した。下山後、古民家の見える川のほとりで装備を洗った。この日は、春と言うには寒く、冬というには暖かいくらいの気温で、川で装備を洗うには少し寒かった。古民家の主は私たちの為に、薪で風呂を沸かしてくれたという。なんとも、粋な計らいだと感銘を受けつつ、お言葉に甘えてお風呂を頂いた。薪は思いのほかしっかりと仕事をしてくれた。洞窟終わりの足の痣に沁みるくらい熱々のお風呂で声を出さずにはいられなかった。お風呂からあがり、ゆったりとしていると、ある一人の男性に話しかけられた。
 この出会いが、私の新たな探検の始まりになるとは、お風呂上がりの痣だらけの私には、まだ知る由もなかった。

文責:久保 結花(日本大学探検部)

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