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教員人事異動の理由・仕組み(小中高)【教育学】

 3月後半、公立学校教職員の人事異動が各地で発表されています。先生側の事情も様々で、1月から知っていた先生もいれば、自身も発表直前に知らされたという場合もあります。
 子どもたちにとって一つの別れになります。なぜ別の学校に行く必要があるのか理由を知ることは、納得までいかずとも理解して区切りをつけやすくはなりますし、社会の仕組みを知ることにもなります。子どもたちや保護者含め、色々な人に教員の人事異動について知って頂きたいと思います。
 なお、教育委員会内の用語では「転任」「転補」という言葉もありますが、「異動」がこれらを包括する語であり、公文書等で主に用いられる語も「異動」であることから、本記事では異動に統一しています(※1)。


1.様々な異動理由

 一般に組織での異動は、退職や業務の拡縮・組織の改廃などを調整する機能や、人間関係に絡む問題の解消、長期在職による能率低下の防止、組織の活性化、多様な業務経験による技能向上などが目的で行われます(文献①)。専門性の欠如などの弊害も指摘されていますが、一般職の公務員は頻繁な異動が行われます(文献①)。教員も他の公務員と同じく異動の多い職と言えます。
 教員の異動理由は様々ですが、大きく個人希望と組織都合に分かれます。

個人の希望

 まずは個人の希望。教員に対しては概ね10-11月頃に勤務の希望調査が行われ、異動を希望するかどうか、希望の地区・校種・業務などが尋ねられ、校長に伝えます(文献②)。希望する理由にはもちろん人間関係などもありますが、後述する組織都合により、自宅から遠い勤務校になっていたり、免許を複数持つがゆえに本当は小学校勤務がしたい人が、今は中学校勤務だったりと、目立った問題がなくても変えたい希望を持つ場合があります。

 そして、組織の都合です。これにより異動希望がなくても異動させられることが多々あります。以下のようなものがあります。

欠員の補充、必要教員数の増減 

 退職や休職により生じた欠員の補充、児童生徒数の増減などに伴う必要教員数の増減に対応します。例えば、ある小学校で児童数が増えて前年よりクラスが1つ増える場合、担任も1人増やす必要があります。

地域の教育機会均等・教員負担の平等(へき地など)

 へき地など通勤で教員の負担が大きい学校への勤務を、キャリアの中で平等に担うことを定める教育委員会が多数あります。教育委員会により、へき地勤務者への配慮や(文献③)、在職期間中に山間地校での勤務の経験を原則とする(文献④)などの規定があります。

多様な経験を与えて教員を育てる 

 異動で様々な学校を経験することは教員の成長につながると考えられてきました(文献⑤)。教育委員会によっては、以下のように明示しています(文献⑥)。

幅広い視野をもつ教職員を育成するため、初任者を含めた全ての教職員について、異校種・異課程など特色の異なる学校への異動を進めること。

出典:兵庫県教育委員会「令和3年度公立学校教職員人事異動方針」2021

 特に高校は普通科と専門科、進学校・教育困難校・進路多様校など学校によって教育課程や組織の違いも大きく、異動の影響も小中学校と異なってきます(文献⑦)。

組織の固定化を防ぎ、活性化する

 同じメンバーが続くことで関係性は深まりますが、価値観が固まって規範意識となってしまい、新しいアイデアが規範からの逸脱とされて抑制や監視の対象になる可能性がある(文献⑧p.178)と指摘されています。そのため、学校と教員双方が満足していても、以下のように所定の年数(教育委員会ごとに違うことは後述)を超えた教員は異動の対象となります。

学校の活性化並びに教員の指導力向上のため、同一校に長年勤務した者
(原則として8年以上)の異動を促進する。

出典:鳥取県教育委員会「令和4年度末公立学校教職員人事異動方針等について」2022

昇進

 教員にとっての昇進は、主に教頭そして校長になっていくことです。基準は各教育委員会で異なりますが、多くは昇進試験を合格した者が任命されます。しかし、単純に試験に合格したら即就任ではなく、一度学校を離れて教育委員会など教育行政機関に異動する人事交流(※2)が行われ、ある程度務めた後で教頭など学校管理職に就任することが多いです(文献⑨)。学校から教育委員会への異動=出世ルートと断定はできませんが、そうした事例は多いと言えます。

2.任命権は教育委員会、校長が転出/残留を判断

 以上のような様々な要因を考慮して、教員の配置を決めるのが教育委員会です。任命権は教育委員会にあります(※3)。
 ただし、実際の異動には校長の判断も関わります。校長は、教員に対する希望調査や面談を経て、教育委員会との調整を行います。実質的には、校長が「誰が異動するか」まで判断でき、「どこに異動するか」は教育委員会の判断で決められるようです(文献②)。

3.勤務年数の基準は各教育委員会次第

 上述した要因により、教員と学校が満足していても同一校勤務が所定の年数を経過した教員は基本的に異動となります。ただし、その所定の年数は各教育委員会によって異なります。例えば、鳥取県や長野県は8年(文献③・④)、埼玉県は7年(文献⑪)、徳島県は5年(文献⑫)などとなっています。
 また、多くの場合初任者は早く異動する規定となっています。例えば、先ほど挙げた県では、埼玉県は5年、鳥取県・徳島県は3年となっています。なお、長野県は初任者の年数は記されていませんでした。
 ただし、異動の目安が規定に記されている県でも、それ以上に在籍する場合もあり、初任校に10年以上在籍する事例もあります(文献⑨)。教員に多様な経験をさせるため在籍年数基準を設けていても、他の要因によって例外的に扱われる場合もあるということです。

4.日本の同一校勤務年数は短い

 2013年のOECD 国際教員指導環境調査(TALIS)では、日本の「現在の勤務校での平均在籍年数」は4.5年であり、調査国平均の9.8年に比べてとても短いという結果が出ています(文献⑬p.267)。この現状に対して日本の「教員は流動性が高いと言え、教員を学校に根付きにくくする慣行となっている」という指摘もあります(文献⑧p.117)。

現在の勤務校での平均在籍年数(抜粋) 出典:TALIS2013 p.267

 教員にとって異動が経験値になる側面もありますが、人間関係や学校方針の変化に伴う困難も指摘されています(文献⑤)。また、教員の異動は子どもや保護者にとっても大きな影響を与えます。
 調整の結果、教員にとっても本当に突然の異動になり、教員も保護者も子どもも整理がつかぬまま唐突に別れを迎えることもあります。異動の制度を直ぐに変更することは難しいとは思いますが、せめて子どもや保護者にもその仕組みがもう少し見えるようにすることは必要ではないかと思います。 

【注釈】

※1 転任・転補の用語については、以下春日部市教育委員会会議録の通り、異動の範囲の違いで区別されている場合がある。いずれも異動であることに変わりはない。なお、こうした行政内の俗語は統一されていない(※2参照)。

教育長 転任・転補というのは専門用語だと思うのですが、転任と転補の違いについて、分かるように説明お願いします。
指導課教職員担当課長 転任と申しますのは、市町村間の異動を伴うものでございます。一方、転補というのは、市内での異動を示しております。

出典『春日部市教育委員会会議録 令和2年9月29日』p.4

※2 戸田(2016)の調査では、教員を首長部局に配置転換する際の人事手続きのことを、49の都道府県・政令市教育委員会が「出向」と呼んでいるが、「転任」が3例、「異動」「転勤」「併任」が各1例存在した(文献⑭p.95)。

※3 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第37-40条に規定。厳密には、市町村立学校でも県費負担教職員(市町村が独自に雇用した教職員でない公立学校の基本的な雇用形態)は都道府県教育委員会が任命権を有する。多くは市町村教育委員会の内申通りに決まるが、都道府県教育委員会は市町村学校に勤務する県費負担教職員を、同一都道府県内の他の市町村に異動させることも可能である(文献⑮pp.5-6)。

【参考文献】

①新井一郎・澤村明「地方公務員の人事異動と昇進構造の分析」『新潟大学経済論集』85、pp. 149–177、2008年
②町支大祐「教育経営における教員人事異動の研究:決定過程における学校の関与の再評価」『東京大学大学院教育学研究科紀要』55、pp. 471–480、2016年
③鳥取県教育委員会「令和4年度末公立学校教職員人事異動方針等について」2022年
④長野県教育委員会事務局「令和4年度 義務教育関係諸学校教育職員等人事異動方針」2022年
⑤町支大祐「中学校教員の異動後の困難に関する研究 初めての異動に着目して」『教師学研究』221、pp. 37–45、2019年
⑥兵庫県教育委員会「令和3年度公立学校教職員人事異動方針」2021年
⑦岡村美由規・祝迫直子・前元功太郎・山本佳代子・河原洸亮「高校教員にとって異動という経験がもつ意味:自己を研究対象にするセルフスタディを用いた探索的研究」『学校教育実践学研究』28、pp. 93–104、2022年
⑧川上泰彦「教員人事に係るガバナンス――ガバナンスの 『単位論』 の検討」『日本教育行政学会年報』41、pp. 175–178、2015年
⑨榊原禎宏・松村千鶴・浅田昇平「教員の学校配置と学校間転任に関する事例研究 ―その傾向と多様性, 学校政策の影響」『京都教育大学紀要』136、pp. 109–125、2020年
⑩川上泰彦「公立学校教員の昇進管理を規定する諸要因について」『東京大学大学院教育学研究科紀要』46、pp. 481–493、2006年
⑪埼玉県教育委員会「令和4年度当初県立学校教職員人事異動実施要綱」2022年
⑫徳島県教育委員会「令和4年度末 徳島県小・中学校教職員人事異動要綱」2022年
⑬OECD『TALIS 2013 Results: An International Perspective on Teaching and Learning』OECD Publishing、2014年
⑭戸田孝「教員を学校以外へ配属する場合の人事制度の地域差」『科学教育研究』401、pp. 92–97、2016年
⑮渡邊恵子『県費負担教職員制度運用の多様性に関する調査研究』国立教育政策研究所、2019年
◆春日部市教育委員会『春日部市教育委員会会議録 令和2年9月29日』2020年

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