生まれて始めて女心を知った話。

ニキビを吹き出物と呼ぶべきは何歳からなのか。

日頃の不摂生が祟ってから、おでこに小さいにニキビが居る。
再三に行政勧告しているにも関わらず、退去する気配は無い。中々に根強い。職員もお手上げだ。そんなニキビを見ると思い出す話がある。


『じゃあ、宮本先生は2人が担当という事で。』
中高一貫校であった我が校の6年間がまもなく終わる、高校3年の秋。
ひょんな事から『卒業アルバム委員』なるものになった僕は、学生生活の集大成とも呼ぶべき卒業アルバムの制作に携わっていた。
と言えば聞こえは良いが、その実は大した事もしていない。
おおまかなレイアウト、クラスページの内容、アンケートの集計。
その程度だ。その中でも、僕とカワマタ君の2人は、ある仕事で宮本先生の担当になったのだ。

その仕事内容は、我が校にある少し変わった制度についてだった。
アルバム内の『教師』の写真を撮るのだ。校長先生から事務員の方までズラッと写真が並ぶあのページだが、ウチのアルバムはいわゆる証明写真の様なスタイルでは無かった。これらの写真を全て、卒業アルバム委員の生徒自らが撮影するというルールになっていたのだ。今思っても不思議ではあるが、中々に粋な計らいだとも思う。

この高校は男子校である。
一貫なので当然中学も男子校である。
補足すると僕自身も小学校3年生から男子校だ。
地獄の10年間がまもなく終わるのだ。
刑期10年を終える囚人。そのワクワクと思ってもらえば察してもらえるだろうか。

そんな地獄にも、一筋の希望がやって来る事が2パターン程ある。

1つが、文化祭だ。多数の女子校生徒を始め、地獄に天使が舞い降りる。
出島の解禁と言うべきか、ベルリンの壁崩壊と言うべきか。
この日ばかりは男子もそれなりにオシャレをし、軽音バンドで少しでもと女子にアピールをする。漫才にコント、バンドに出店と出来る限りの努力をした僕が全くモテなかったのもまた実に不思議な話だが、それは別の話だ。

そしてもう1つが、若い女性教師の登場だ。
学校内に女性の先生は何人か居た。ところが、その内の1人は『ゾビ子』と生徒にあだ名される様な先生であったり、お世辞にも『マドンナ』ではなかった。今思っても失礼だ。青春とは恐ろしい。

しかし、高校2年の頃、新任でやって来た先生が美人だと学校中で話題になった。それが、先述の宮本先生だ。
クリっとした目に、ロングヘア。二重に小顔と、地獄に来るにはあまりにも天使な姿であり、学校中がソワソワしだしたのを覚えている。
ところが、着任して3日程でそのソワソワは消えた。

宮本先生が、めちゃくちゃ怖い先生だと発覚したのだ。

僕たちの代は担当学年ではなかったので、授業を受ける事は無かった。
ところが、後輩の話によれば『軍隊の中でも恐れられるレベル』と評されていた。今考えれば、新卒の女性教師としてこんな男子校にやって来るのだ。それなりの度胸と強さがなければ折れてしまう。恐るべし、というべきか、お見事、というべきか。

容姿端麗、美人、かわいい、でも怖い。
男子校の生徒なんて女性に怒られた経験が極端に少ないのだ。
女性とは皆可憐で優しいと思いこんでいるのだ。
怒られると解った途端、色めきだっていた空気はどこへやら。
戦々恐々と過ごしていた。

そんな宮本先生の卒業アルバム写真を僕たちが担当する。
もっとも、僕らは怒ってる姿を見た事が無いので怯える事もなかったが、何となく緊張しながら職員室に向かったのを覚えている。

『先生、卒業アルの写真を撮りたいんですけど、空いてる時間ありますか?』
『じゃあ、来週の水曜日、昼休みでもいい?』
『解りました。よろしくお願いします』

こんな具合に各先生とアポを取っていく作業であった。
ほとんどの撮影を順調に終え、約束の水曜日を迎えた。

『先生、写真いいですか?』
『ごめん!明日でもいいかな?』
『? 大丈夫です、けど……?』

何か急なお仕事でも入ったのだろうか。
理由はよく解らないが、予定は翌日にズレ込んだ。
そしてまた、翌日の事だ。

『先生、写真――』
『――ごめん! ……明日でもいいかな?』
『え? まぁ、大丈夫ですけど……?』

まさかの2連続ドタキャン。
こちらが高校生とは言え、先生、それ社会人として大丈夫っすか??なんて事を思いながら教室に戻る道中、カワマタ君が衝撃の一言を放った。


『女心だな』


『……は? 何が? どこが?』


『気づかなかった? 先生、ほっぺたにニキビあんだよ。あのままアルバムに残りたくないから、治るの待ってるんだよきっと』



稲妻が駆け抜けた。

なんだそれは。そんな事があるのか。
確かに写真は永遠だ。
記憶の中の先生がいかに美人でも、アルバムを開いた時に「あれ?こんなもんだっけ?」とはなりたくない。
それは解る。いや、解るけど、初めて見たぞ。そうか、これか。


これが……女心なのかッ!!!


10年間、男子のみの学校で暮らしていた男の悲惨な学びであった。
というか、隣のカワマタ君よ。君は何故女心が解ってるんだ。決してモテるタイプではないカワマタ君よ。よくニキビにも気づいたな。なんか、ちょっと気持ち悪いぞカワマタ君よ。


あれから約10年が経った。
女子の居ない10年を経て、女子も居る10年を経た。
ニキビも、吹き出物と呼ぶべき年齢になってきた。
大分変わったなと思う事と、何も変わらないなと思う事が丁度半分こずつある。

けれど僕は、女心の意味をまだ知らない。


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