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022.『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』松本紹圭・遠藤卓也 著


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“ ―― コンビニの数より多いと言われる日本の七万のお寺が、現代の人のこころを支える機能を果たせば、世界はもっと元気になるに違いありません “

お寺離れと仏教ブームの時代にお寺・僧侶に求められる役割とは、先祖教と仏道、双方への良き入口となる「場」をつくること。人の集まる空間があり、地域との伝統的なつながりがあるお寺は、社会的課題解決に貢献できる無限の可能性を秘めている。各地で始まった、新しい「お寺習慣」から始める、地域の居場所のつくりかた。


●はじめに

出家とは何か

古い映画にお坊さんが登場すると、ハッとします。他の出演者と比べて、妙に今っぽいのです。なぜかといえば、お坊さんの格好だけ、今も昔も丸坊主で、法衣や作務衣に雪駄。身につけているものが変わらないから、外見からは時代の変化が全く感じられません。建物にしてもそうですね。どんなに街の風景が変わっても、お寺の境内だけは昔のまま。時代劇のロケでお寺が使われることも多いです。

しかし、だからと言って、僧侶やお寺のあり方が昔のままでいいということにはならないでしょう。いえ、もちろん長い時間をかけて大切にされてきた信仰や文化は、変わらず未来へ継承されることに大きな価値がありますから、できるだけそのまま保てるよう努力したいところです。しかし、『出家とは何か』(佐々木閑著)にもあるように、出家は世捨て人とは違います。出家とは、ただ既存の社会の外に出るのではありません。俗世間の価値観を拒否した人たちが社会と緊密な関係を保ちながら外に居り、なおかつ社会にもインパクトを与えてこそ、出家なのです。

申し遅れました。私は松本紹圭と申します。一七年前に新卒で仏門へ入り、以来、僧侶として様々な活動をしてきました。塾長として二〇一二年に開講した「未来の住職塾」には、これまでに六〇〇名を超えるお寺の方々にご参加いただき、宗派の壁によって分断されがちな伝統仏教界に横串を通す、これからの仏教を担うリーダーたちのコミュニティが生まれています。その後、未来の住職塾はネクストフェーズへと入り、お寺の外の資源ともつながりながら、社会へのインパクトを高めています。

代々受け継がれてきた歴史や文化を守り、次の世代へとつなげる。日本の社会においてこれまでお寺は、歴史を守る場としての自覚はあれど、未来を創る場としての自覚は薄かったかもしれません。しかしまさにその歴史や文化に目を向ければ、お寺ほど息長く続く場・組織は、他にありません。言いかえれば、過去から現在、そして未来へと連綿と続く歴史や文化の軸となり、仏の眼差しの前でそれぞれの立場を超えて心を自由に開放し、未来を作る場としての可能性が、お寺には秘められています。コンビニの数より多いと言われる日本の七万のお寺が、現代の人のこころを支える機能を果たせば、世界はもっと元気になるに違いありません。


中道を歩もう

お寺を取り巻く外部環境は大きく変化し、それとともに人々の悩みや苦しみの内容も変わっていきます。かつては金や石油を掘る人が開拓者でしたが、今はデータを掘る人が時代の先端と言われます。AI、ビッグデータ、サーキュラーエコノミー。どんどん新しいキーワードが生まれ、これから想像もつかない世界が開拓されていきます。大切なのは、時代の変化に対応しながらもとらわれることなく日々を暮らし、周囲の人々の良き縁となること。

私は世の中の動きを見つめるとき、いつも「中道」という言葉を思い出します。いうまでもなく、仏教の基本に据えられる考え方です。釈尊は、いたずらに苦しい方向へ進むのでもなく、かといって快楽主義に走るのでもなく、極端によらず真ん中の道を行くことを勧められました。釈尊自身が、二九歳で出家して、六年間の厳しい苦行を経た後に、苦行を捨てて悟りを開かれました。極端な方向に偏っていたときには得られなかったものが、中道に身を置くことで得られたといいます。

かつて私が仏教を学び始めた頃、中道という考え方があまりしっくりきませんでした。「仏道なんだから、悟りの道をもっと明快に説いてほしい」と感じていたのかもしれません。「極端を避けて、真ん中の道を行け」ですから。でも、もう少し仏教を知り、もう少し人生の迷いが深まるようになると、だんだんと中道の大切さが知れるようになってきました。「極端な道」は、自分の頭の中で整理がつきやすいし、他人にもわかりやすく、響きもカッコいい感じがするのですが、それは「安易な道」でもあります。「これだ」と決めてしまえば、その時は気持ちが楽になるかもしれませんが、現実は常に揺れ動き変化しているので、決めた瞬間から必ずズレ始めます。

一方「真ん中の道を行く」というと、一見簡単そうですが、実際はとても難しい。たとえば、A地点とB地点が決まっているなら、その中間地点を指差すのは簡単かもしれませんが、現実には私たちは果てのない宇宙の中、中心のない世界地図の上で、定まることのない我が身を生きています。刻々と変化する社会という多面体の真ん中は、常に揺れ動いていますし、はっきりと指し示すことができません。中道を歩むことは、終わりのない旅です。

方便力を高めること

お寺の強みは「つながり」だと思います。神仏や聖地とのつながり、遠い過去から現在までの先人や歴史とのつながり、そして同時代を生きる人々とのつながりです。その強みをさらに強化するためには、とにかく積み重ねることが大事です。何かまったく新しいことに取り組むとか、物量戦で勝負するとかは、お寺には向いていません。先人たちの厳しい歴史的検証に耐え抜いて今まで受け継がれてきた大切なものを、できるだけ形を変えずに続けていくことが、そのままお寺の強みになります。これだけ変化の早く激しい時代です。どんどん変わっていく景色、何が当たり前なのかわからなくなる中で、「変わらず続いている当たり前の日々の暮らしや習慣」を保つことができたら、それが何よりの財産になります。

私は、布教伝道とは、伝えることではなく、つながることであると捉えています。伝えることを意識しすぎると、上から目線の教化意識が強くなったり、結果を出すことを急いでしまい、ときに大切なつながりを断ち切ってしまうことになるからです。人の人生には山あり谷あり。同じ人でもその価値観や感覚は、年齢や人生のタイミングによって変わっていくものですし、同じものでも、欲しい時と欲しくない時、受け入れられる時と受け入れられない時があります。布教伝道といって、いきなりゴールに向かって一直線に走らなくても、焦らずじっくりパス回しをして、つなぎ続ける余裕が必要だと思います。

では、今までのことをただ繰り返していれば、つながれるのでしょうか? そう簡単ではありません。必要なのは、大切に継承してきたものに、新たな角度から光を当てること。例えば、テンプルモーニングという活動。呼び方こそカタカナですが、やっていることは、皆で朝にお寺に集まって、お経を読み、掃除をして、お茶を飲んでおしゃべりすること。全てがお寺のごく普通の営みであり、何も新しいことはしていません。しかし、ちょっと違った角度から光を当てるだけで、そのまま新鮮な気持ちで興味を持ってもらえるのです。そのような光の当て方の創造性は、現代の僧侶として発揮したい「方便力」と表現してもいいでしょう。

本書は、お寺という船の航海に関わるあらゆる人にとって、一つの羅針盤となることを願って書きました。今後、お寺を取り巻く環境がどのように変化するのかフレームワークとともに示した上で、それに対して実際の現場でどのような舵取りができるのか参考になる事例を紹介していきます。お寺によって強みや外部環境が全く違いますので、事例の上辺だけを見て自坊に当てはめても、おそらくうまくはいきません。事例の参照は、お寺ひとつひとつの個性に合った唯一無二の事業計画書を書き上げるプロセスの中で大きな力を発揮するということを、未来の住職塾でも実感します。

あなたの大切なお寺が、みんなの大切なお寺になるよう、本書がお役に立てば幸いです。

松本紹圭


●書籍目次

はじめに

第1部 お寺という場の可能性 松本紹圭

1 今、仏教に起こっていること──「お寺離れ」と「仏教ブーム」
2 「日本のお寺は二階建て」論
3 仏教・お寺・僧侶、これからの役割

第2部 お寺という場をつくる人々 遠藤卓也

1 地域活性化のための場

「マルシェ」を活用した「花まつり」という習慣の再興―埼玉県草加市・光明寺「花まつりマルシェ」
お祭りの明るいエネルギーで地域を照らす―愛知県名古屋市 久遠寺「新栄祭」

2 働く人のための都心の居場所

なぜ人が集う? 都心のお寺カフェ
 ―東京都港区 光明寺「神谷町オープンテラス」
都心で自由に過ごせる「やさしい居場所」
 ──東京都新宿区 淨音寺「らうんじ淨音寺」
|コラム|働き方改革でニーズ急増? お寺のコワーキングスペース

3 お寺の名物を活かした場づくり

みんなで育てるお寺の名物
 ―静岡県伊豆の国市 正蓮寺「蓮まつり」
|コラム|お寺の「関係人口」が関わり続けられるしくみづくり
クラウドファンディングをつかって地域の名物を復活!
 ―栃木県宇都宮市 光琳寺
名物のおとりよせで関係づくり!?
 ―神奈川県川崎市 髙願寺「髙願寺おとりよせ市場」

4 出張して居場所づくり

お寺じゃないからこそ打ち明けられる悩みもある
 ―長崎県大村市「お坊さんスナック」
自己研鑽の場からコミュニティの場へ
 ―北海道岩見沢市 善光寺「喫茶店法話」
|コラム|また会いたくなるお坊さんに出会える
 ──「H1法話グランプリ」

5 子どもたちの学びの場

地域の子どもたちのセーフティネットを目指す
 ―愛知県名古屋市 教西寺「寺子屋活動」

6 母親のための子育て支援の場

緑豊かなお寺は訪れるだけでママたちの癒やしに
 ―千葉県千葉市 本休寺「ぴよこの会」
障がいをもつ子と家族のための場づくり
 ―東京都豊島区 勝林寺「お寺でくつろぎば」
|コラム|全国に広がる「気持ち」の受け皿「おてらおやつクラブ」

7 悩める若者のための場

若者たちが考え、行動し始めるための場づくり
 ―奈良県磯城郡 安養寺「山と学林」
ひきこもりのためのお寺カフェ
 ―福岡県北九州市 宝樹寺「Cafe ☆ Tera」

8 高齢者のための場

地域の健康寿命延伸にチャレンジ!
 ―東京都小金井市 長昌寺「金曜健康サロン」
|コラム|お寺から「心と体の健康」を提供する「ヘルシーテンプル構想」
地域医療とお寺の連携
 ── 三重県桑名市善西寺「善西寺エンディングセミナー」
|コラム|空き家活用で世代間の助け合い「Fukumochi vintage」

9 遺族のための場

あの悲しみをなかったことにしない
 ―静岡県伊豆の国市 正蓮寺「グリーフケアのつどい」
|コラム|僧侶たちにグリーフケアの学びの場を提供する
 ─ 一般社団法人リヴオン

おわりに
未来の住職塾について


☟本書の詳細はこちら

『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』松本紹圭・遠藤卓也 著

体 裁 四六・200頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2716-7
発行日 2019/09/25
装 丁 [フルハウス]イラスト:田村記久恵



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