§13.6 鵜のまねをするカラス/ 尾崎行雄『民主政治読本』

鵜のまねをするカラス

 戦前,私が日本の国家至上主義者に与えた警告の要旨は――広い領土と豊富な物資をもっている国なら,国家主義を高調してその独占的利益を守った方が得策だ.これに反し,領土もせまく,物資の貧弱な国があまり国家主義を高調すると,手も足も出ない破目に落ち込むおそれがある.なぜなら,国家主義を高調すれば,勢い国家のなわ張りを強化して,このなわ張りの中には他国を入れないということになる.こっちがなわ張りをかためて他国のはいって来ることを拒めば,相手もなわ張りをかためて,こっちがはいってゆくことを拒むのは当然であろう.そして,そうなることは,大国にとっては利益であるかどうかはわからないが,少くとも,大した苦痛ではない.しかし小国にとっては非常な不利益である.各国がそれぞれ国家主義を高調して,おたがいに門戸を閉じれば大国はそうでないが小国は人口のはけ口もなく,食料その他の生活物資にも不足を来して四苦八苦することになる.小国が大国のまねをして国家主義を高調することは,ちょうど,鵜のまねをするカラスが水におぼれるような結果をまねくおそれがある.
 幸にも,文化の進歩につれて世界の大勢は次第に国家主義より世界主義へ,閉門主義より開門主義への途をたどるようにみえる.その明かなきざしは国際聯盟となり,軍備縮少となり,不戦条約となり,原料品共通論となって現われている.この形勢がますます進んで,列国がみなその領土を開放し,他国人の移住を許し,その物産を開放して有無相通ずるようになれば,世界人類の幸福は必ず大いに増加する.いかなる小国といえども人口の過多と物質の過少に苦しむようなことがなくなる.そうなることが天意にかなう所以であろう.
 わが国には,現に物資の欠乏と人口の過剰に苦しんでいながら,盛んに国家主義を高調して,精神的にも,物質的にも,閉門主義,孤立主義をとろうとするものが多い.サザエが固くその口をとざして,天下我より安きはなしと自負するに等しくはないか.大国はそれでも立ちゆけるが,小国はサザエ主義では立ちゆけない.大いに自ら門戸を開放し,他の大国をして閉門の口実なからしめなければならぬ.それが,日本の利益であると同時に,世界の正理公道である.
 こういっても,私は決して頭ごなしに国家主義を非難するのではない.あまりこれを高調すると,鎖国主義となり,自縄自縛,身動きができなくなる次第を警告するのである.国家主義は世界主義と調和のとれる程度にこれを主張しておくがよい.広大な領土と無限の物資を有する大国民の口まねをして,鎖国攘夷と同義語の国家至上主義を高調すると,国家をとんでもない方向にもってゆくおそれのあることを警告したのである.
(昭和4年10月発行『咢堂漫談』の59節“国家主義と世界主義”)


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年5月2日公開

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