§13.5 世界憲法/ 尾崎行雄『民主政治読本』

世界憲法

 世界一家といっても,それはもちろん,ただちに全部の国境をなくしてしまえというのではない.世界中の大中小のあらゆる国家が相談して,どこの国も反対できない道理にもとづいて,世界憲法というような大憲章をつくり,一切の国家間のもめごとは戦争に訴えずに,この大憲章で定めた国際裁判の判決によって解決する.そんなことはできるものかというのは,武士がたい面をけがされた場合,お上に訴えてよいか悪いか裁いてもらうなどとは卑怯千万,刀にかけて自己のたい面を守るのが真の武士道だと考えた,封建思想と同類の偏狭な国家至上主義のひがめであろう.立憲時代になってみれば,自分の名誉を刀にかけて守るよりも,裁判にかけて守る方が安全なことは誰も疑わない.
 個人がして悪いことは国家がしても悪いことだという程度まで,国際間の道徳が進んでくれば,国家の名誉と利益を守るために,戦争で争うよりも,国際裁判で正義の裁きを受ける方が安全であることを,何人も理解するであろう.
 私は,マンシュー事変をでっち上げ,国際聯盟を脱退し,3国同盟を結び,遂に望みなき太平洋戦争にまで日本をかり立てた主因は,偏狭な国家至上主義であったと思う.
 私は,よほど前から国家主義は大国に有利で,小国には不利である.日本のような領土もせまく,産物も少い国が真っ向から国家主義をかかげてゆけば,結局,行きづまる外はないという道理を説いて,日本の国家至上主義者に警告した.すると彼等は私を非国民だ,国賊だとののしった.しかし,その国家至上主義者達の指導が,どういう結果をもたらしたかをはっきり認識した今日の国民は,多分敗戦前よりもまじめに私のはなしをきいてくれるだろう.

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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年5月1日公開

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