§13.4 依然群雄割拠/ 尾崎行雄『民主政治読本』

依然群雄割拠

 個人間の道徳では,小さいものが自己をぎせいにしてより大なるものに奉仕することを善事という.自分の利益をすてて,部落の繁栄をはかるのはいいことである.一部落の繁栄をぎせいにして,一地方の利益をはかるのはいいことである.一地方の利益をぎせいにして国家に奉仕するのはいいことである.この理をおしすすめてゆけば,国家の利益をぎせいにして,全世界全人類の平和と幸福のためにつくすことは,いいことだといわねばならぬわけであるが,事実は全くこれに反し,全世界全人類の平和と幸福をぎせいにしても,国家の利益をはかることがいいことだと考えられている.この理をおしすすめてゆけば,一地方の利益のために国家をぎせいにし,一部落の繁栄のために一地方の利益をぎせいにし自分の利益のためには,一部落の利益をぎせいにしてもいいわけだが,それはいけないといわれる.
 人智が進み,道徳が向上した結果,世の中はも早力で支配した封建時代を清算して,道理が支配する立憲時代になったというが,その“道理の支配”もひとたび国家というかべにぶるかると,それからさきは全く旧態依然たる封建世界である.一国内の封建制度は倒れたが,世界を全体としてみれば,各国家を一つの封建的勢力単位とする群雄割拠の封建時代である.
 しかしながら人間には無限に成長する理想がある.よりよき生活を求め,より安全な社会をつくり出そうとする向上心がある.各国民は,この理想と向上心によって,各々自国の国内における封建制度を打破して立憲制度をうち立てた.
 私は,前後2回の大戦争にこりこりした世界中の人間は必ず国家至上主義の迷夢よりさめて,かつて国内の封建制度を打破した経験を活用して,現在の世界的封建時代を打破して,世界一家の理想を実現することができるであろうと思う.もしそれができねば恐しい破壊力をもつ原子兵器を使って第3第4の世界戦争をくり返し,遂に全人類の滅亡に至るべきことはきわめて明白である.


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年4月30日公開

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