4.明治天皇陛下の最大偉業/ 尾崎行雄『憲政の本義』

四 明治天皇陛下の最大偉業

 明治天皇陛下は、御即位の始にあたって、早く既にここに見る所があらせられ、この民の智徳を開発し、もって人類の本分を自覚せしめようとして、その方針を確立し玉うた。かの天地神明に誓うに「広く会議を起し、万機公論に決す」をもってし玉うたのは、その明徴である。陛下は尋《つい》で[#「尋で」は底本では「尋て」]全国に、大中小学を設け、泰西立憲国の教育法を参酌し、以て人民の智能を開発する道を講じ玉うた。その間有司或は聖旨に背戻し、官学を以て民を愚にするの具に供しようとした事はないでもなかったが、それは除外例であって、明治の新学は、概して智能啓発の目的に称っていたと云わねばならぬ。陛下は、この民に向って、新教育を施し玉うこと、二十有余年の後ち、全国多数の臣民は、既に人類たるの権利義務を行うに適せることを信じ玉い、明治二十二年の紀元節を選んで、憲法を発布し玉い、人民を与うるに、生命、財産、其他の権利を以てし玉うた。二千有余年の久しき、官吏の為めに生殺与奪の全権を専有せられた、帝国四千万の同胞兄弟は、この時始めて禽獣状態を脱して、完全なる人類と為った。一朝忽然四千万の禽獣を変化して、人類と為し玉うた。天下に又と再び之に過ぐるの大業偉勲はあるまい。
 明治天皇陛下の盛徳大業は、中外の均しく仰瞻する所、今之を絮説するの必要はない。なかんずくその最も偉大なのは日清日露の両役に在らずして、憲法を制定し、君民の権利を明確にし、以てこの民に生命財産其他の権利を付与し玉うたに在る。
 抑も立憲政体は、諸政体中の最も進歩したるものであって、欧米人は、白皙人種の外は、これを運用し得ないと考えて居た。同じ欧羅巴でも、後進国たる露西亜の如きは、日露戦争後までは、国会を開かなかった。又同じ白皙人種中でも、拉丁[#「拉丁」は底本では「拉典」]人種が多数を占めた邦国即ち仏、西、葡等の立憲政体は、英国に於けるが如き立派な発達を為す事が出来ない。特に南米諸国に於ては、選挙は、常に金力武力の争闘場と為り、立憲政体は、たまたま以て内乱の原因と為っている。特に黒人及び半黒人を以て、組織せる邦国に於ては、憲法は常に紙上の空文と為り、選挙の腐敗、議会の醜陋、実に言うに忍びざるものがある。眼前にこれ等の事実を見したる欧米人は、亜細亜人を以て、到底立憲政体を運用する事の出来ない劣等人種と考定した。然るに 明治天皇陛下は、憲法を制定実施し玉うたり。日本人は、不完全ながらも、これを運用し、日清、日露両役の如きに方ては、立憲政体の効験、特に著大なることを証明した。土耳古[#「土耳古」は底本では「土耳其」]及び露西亜の両専制国が、日本に倣うて、立憲政体を実施するに至ったのはその効用を認識した確証である。故に憲法実施の一事は、世界列国が、視て以て、明治天皇陛下の最大偉業と為す所であって、その功徳を帝国臣民に及ぼすこと、決して清露両戦役の比類ではない。


前章:3.立憲政体維持の必要条件

次章:5.帝国憲法の神髄

「憲政の本義」目次


底本
尾崎行雄『普選談叢 貧者及弱者の福音』(育英會、1927年11月2日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452459, 2021年5月21日閲覧)

参考
1. 尾崎行雄『政戰餘業 第一輯』(大阪毎日新聞社、東京日日新聞社、1923年2月19日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/968691/1, 2021年5月21日閲覧)
2. 尾崎行雄『愕堂叢書 第一編 憲政之本義』(國民書院、1917年7月27日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/956325, 2021年5月21日閲覧)

2021年6月1日公開

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