8.選挙人は政治問題の終審裁判官/ 尾崎行雄『憲政の本義』

八 選挙人は政治問題の終審裁判官

 帝国憲法が、廃棄若しくは中止せられた時は、格別だが、いやしくも然らざる以上は、如何なる政府でも、衆議院の協賛を得ばければ、前年度予算を執行するより外、何事をもなす事が出来ない。故に代議士が、その主義政策さえ固守すれば、如何なる政府といえども、遂にこれに屈伏せざるを得ない。然し代議士をして、その主義政策を固守せしめるには、選挙人は幾たび解散に遇っても、常に同主義同政策の候補者を選出する覚悟なくてはならぬ。挙国選挙人にして、いやしくもこの覚悟があり、かつこれを実行しさえすれば、如何なる政治問題に於ても、最終の裁判官たる事が出来、又最後の判決権を握ることが出来るのである。
 憲法上かくの如き至大至高の権力を付与せられた選挙人が、腐敗すれば、その害毒は、控訴院、大審院等の判検事が、賄賂のために、是非善悪を顛倒するよりも甚だしい。然るに挙国人民は、賄賂のために、その裁判を顛倒する所の判検事を咎むることを知っているが、未だ情実縁故金銭等のために、不当な判決即ち投票をなす所の選挙人を咎むることを知らない。畢竟その政治的智徳が卑低なためである。何ぞや。
 人民の智徳尚おかくの如く卑低なるにあたって、立憲政体を施行するは、あたかも無智の小児に、利刀を与うると均しく、自ら傷つく事必然である。然し帝国臣民の智徳は、ことごとく皆の方面に於て、皆なかくの如く卑低なのではない。他の方面に於ては、その智徳敢て多く欧米人に譲らないが、独り憲政の運用、特に議員選挙の一事に於て、未だ生命財産の貴重なことすら知らざる禽獣同様の醜態を演ずるわけは、未だ立憲政体に慣れないためである。未だその有難味を解せないためである。然しその罪は我々に在る、政党に在る、朝野の政治家に在るのだ。この輩にして、いやしも 明治天皇陛下が、憲法を発布し玉うた御趣意を奉体し、既往二十余年間に於て、人民の政治教育に努力したなら、我が選挙人、我が一般人民は、決して今日の如く政治的無智漢破廉恥奴とはならなかったろう(終)


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「憲政の本義」目次


底本
尾崎行雄『普選談叢 貧者及弱者の福音』(育英會、1927年11月2日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452459, 2021年5月21日閲覧)

参考
1. 尾崎行雄『政戰餘業 第一輯』(大阪毎日新聞社、東京日日新聞社、1923年2月19日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/968691/1, 2021年5月21日閲覧)
2. 尾崎行雄『愕堂叢書 第一編 憲政之本義』(國民書院、1917年7月27日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/956325, 2021年5月21日閲覧)

2021年7月3日公開

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