7.選挙人の腐敗は立憲政体の最大併毒/ 尾崎行雄『憲政の本義』

七 選挙人の腐敗は立憲政体の最大併毒

 立憲政体の弊害中、最も憂うべきものが二ある。事の善悪を問わず、議員が政府に反対するは、その一であって、これに盲従するのは、その二である。議員が妄りに政府に反対する弊害は、列国の憲法は、皆なこれを予想して、その予防法を設けているが、議員が妄りに政府に盲従する弊害に至っては、何れの国の憲法も、これを予想しないから、その予防法を設けたものはない。しかして議員若し事の善悪を問わず、悉く政府に盲従すれば、その弊害は国会のないよりもなお甚だしい。
 国会がなければ、人民は政府の非行を咎むることが出来るが、国会有って、議員が、政府に盲従すれば、人民は、ただ自ら咎むるより外に仕方がない。蓋し政府の非行は、皆な人民総代の賛成したものであるからだ。
 然し、選挙人が腐敗して、選挙に多額の経費を要するようになれば、議員は必ず解散を怖れ、政府を監督せずして、却てこれに盲従するようになり、生命財産の保管人は、必ずその職分に背いて、款を敵に送るようになる。しかしてその結果は、必ず専制政体以上の害毒を、国家生民に及ぼす事になる。故に選挙人の腐敗は、立憲政体を根柢より破壊する所以であって、粮を敵に貸し、鑰を盗賊に与うるに均しい。欧米人が、智徳優等な国民でなければ、立憲政体を運用する事は出来ないと云うのは、強ち無稽の言ではないか。
 今や我が国、選挙人の腐敗は、まさにそのの極に達せんとし、候補者は、一回の選挙に平均一万円(現在は五六万円)以上の大金を費すようになった。これがため国家の中堅とも称すべき地方中産の士は、選挙を争うこと、数回に及べば、多くはその産を傾ける事になる。立憲政体は素と国利民福を増進せんがために設けたるものであるのに、これを実行するがために、国家の中堅を破壊する。その誤れること申すまでもない。


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「憲政の本義」目次


底本
尾崎行雄『普選談叢 貧者及弱者の福音』(育英會、1927年11月2日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452459, 2021年5月21日閲覧)

参考
1. 尾崎行雄『政戰餘業 第一輯』(大阪毎日新聞社、東京日日新聞社、1923年2月19日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/968691/1, 2021年5月21日閲覧)
2. 尾崎行雄『愕堂叢書 第一編 憲政之本義』(國民書院、1917年7月27日発行)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/956325, 2021年5月21日閲覧)

2021年6月30日公開

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