§4.4 世界は一つ/ 尾崎行雄『民主政治読本』
世界は一つ
しかし経済や文化の関係が,密接になり,無電や飛行機の発明で地球がせばめられて,国と国との関係が,一つの有機体的組織(註)にまですすんで来ると,国家間のもめごとをも,腕力(戦争)に訴えず,国際裁判の判決によって解決しようという考えかたは,近代戦争のものすごい惨害を,経験した人間のむねに当然わいてこねばならぬ思想である.
(註) 有機体的国際関係というのは,例えば植物だと北の枝を切れば南の枝がよくのびるというようなこともあるが,人間のような高等動物になれば,右の手を切れば左の手がよけいに発育するというようなことはない.それどころか,小指の先を一寸切ってもからだ全体がそのいたさと不便を感ずる.なぜか.植物はまだ完全な有機体でないが,人間のからだは立派な有機体であるからである.これを国際関係についてみれば,昔の国際関係は他国を侵略して自国の繁栄をはかること,あたかも北の枝を切って南の枝が栄えるという植物程度であったが,第1次ヨーロッパ戦争の経験によれば,勝っても一向とくにならず,おまけに敗かしたドイツの養生を助けてやることが勝った方のためでもあるというような珍妙の現象を呈した.これは,いつの間にか国と国との関係が,有機体的状態に進んでおったからである.そして今度の戦争の結果は,一層明白に,国際関係の有機体化を証明している.
実をいえば,第1次ヨーロッパ戦争以後,平和を愛する国々の間には,一さいの国際紛争を仲裁裁判にかけて,戦争を根だやししようという気運が大いに高まったのであるが,日本やドイツが横車をおし出したために,世界中がさけたいさけたいと願った,戦争のうずまきにまき込まれてしまったのである.
この2回のにがい経験にこりて,世界各国は必ず今度こそ,真剣に戦争防止の方法として,権威ある国際裁判をつくることに努力し且つ成功するであろう.
cf.
1) 尾崎行雄『政治讀本』(日本評論社、1925年)「愛国の本義」の内の「国際関係の有機化」(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971535, 2021年2月13日閲覧)
底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年2月8日公開
2021年2月13日 「cf.」を追加。
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