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§8.8 酒害36箇条/ 尾崎行雄『民主政治読本』

酒害36箇条

『分別善悪所起経』の中に酒の害36箇条をあげている.なかなかこまかく行き届いて面白い観察だと思うから,参考のために書いてみよう.酒に酔う時は36の失あり.1には,子として父母をうやまわず,臣として君をうやまわず,君臣父子,上下あるなし.2には言語にあやまり多し,3には二枚舌を使い,無駄口多し.4には,人の内証事をいいふらす.5には,天をののしり,やしろに小便をかける.6には,道の中にねころんで帰る能わず.或いは持物をうしなう.7には,自ら正しくする能わず.8には,足もとしどろにて,どぶや穴におちる.9には,つまずき倒れて,けがをする.10には,商売で損をしまたむやみに喧嘩をする.11には,仕事をしない.12には,財産をへらす.13には,妻子を飢えこごえさせてもかえり見ない.14には,わめき,ののしって王法にそむく.15には,おびひろはだかになり,褌をぬぎ,はだかで走る.16には,やたらに人の家へはいり込み,人の女房をからかったりして醜態をつくす,17には,すれ逢う人に喧嘩を吹きかける.18には,大声でわめいて近所迷惑になる.19には,むやみに生き物を殺す.20には,家の中の器物をこわす.21には,女房に悪たいをつく.22には,悪人と兄弟分になる.23には,善い友達がなくなる.24には,善いがさめた時病人のように気色が悪い.25には,へどを吐いて女房子供にきらわれる.26には,息が荒く無鉄砲になる.27には,賢者をうやまわない.28には,ふしだらで畏れ避くる所なし.29には,狂人同様で,人これを見てにげ走る.30は,死人のごとく前後不覚だ.31には,酒のために顔にかさができ,或いは酒病にかかる.32には,天竜鬼神皆酒をもって悪となす.33には,親しいものと段々遠ざかるようになる.34には,役人の前であぐらをかいてひっぱたかれる.35には,死んでから地獄におちて,生きることも死ぬこともできず,苦しむことを千万歳に及ぶ.36には,地獄から出て来て,人間に生まれかわっても皆ばか者だ.世のばか者は前世で酒を飲んだばちである(意訳)

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 化物屋敷――家賃が安くて広い家をという註文だから,どうしても化物屋敷に縁がある.私は東京の化物屋敷には随分住んだが,化物としては,こちらが大分上わ手と見えて,大抵の化物は征服した.買い手も借り手もなかった化物屋敷も,私が住んで2~3年たつと買い手がついた.尾崎があれだけ住んでも出ないなら大丈夫だということになるらしい.ところが明治23~4年頃にはいった番町の化物屋敷では,さすがの私もとうとう化物に敗けて逃げ出したことがある.
 牛込見付を少しはいったところの旗本屋敷だったが,ここには首吊りの松,お化け椿,番町皿屋敷で名高いお菊の飛び込んだという井戸があって,道具立の完備した化物屋敷であった.ところが長屋門に住まわせておいた,若い元気な車夫がだんだん元気がなくなって来たので,“どうしたか”ときくと,“化物が出て恐ろしくて仕方がありません”という,“化物なんかあるはずはない,それは神経のせいだ”と元気づけても,だんだん弱って行く.その中にとうとうその車夫の女房が化物を産んでしまった.長い毛の生えた,牙が2本出ている赤ん坊が死んで生れた.馬や牛に白い子を生ませようとする時には,厩や牛舎に白い布を張り廻して置くといいそうだ.姙娠中の刺戟は余程胎児に影響するものと見える.姙娠中の車夫の女房は,始終化物のことを苦にしていたので,こんな児が産れたのであろう.私の妻も子供を産む年齢であったから,こんなことが妻に伝染しては大変だと思って,とうとう逃げ出してしまった.


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年3月20日公開

誤植にお気づきの方は、ご連絡いただければ幸いです。

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