リズムの再帰性

くるりの「三日月」という曲がある。静かな夜にふさわしい名曲だ。
最近は車で「くるりの20回転」を流しているのだが、この曲が流れるたびにあるチャレンジをしている。無音で拍を合わせられるか、というものだ。
アウトロに入る時、8分の6拍子(たぶん)で7拍分、一切の音が途切れる展開がある。ちょうど(おそらく)7拍目に「タン」というドラムの打音からアウトロが始まる。その「タン」を、自分のカウントでピッタリ合わせられるかを試すわけだ。
これが毎度なかなか苦戦する。だいたいの場合、自分のカウントが曲よりも速いというズレを起こす。悔しいのでトラックをリピートして複数回チャレンジしたりもする。

その攻略法を見つけたかもしれない。

これまでどうカウントしていたか。頷きや、虚空に指を振る動作が多かった。6拍子につき6回だったり2回だったり。4拍目くらいからもう怪しい。「合っている」という感覚が薄れていく。
何気なく、指パッチンでやってみた。6拍子につき2回。するとバチッと気持ちよく合った。途中でズレる感覚もなかった。これはどういうことか。
もしかして、と思い、次はハンドルを叩いてみた。1、2、3、4、5、6、7。バッチリ合った。気持ちいい!

不思議だが要するに大事なのは、音が耳に入ってくるかどうか、らしい。
ただ指や首を動かしていてもズレるのは、音を発さないからだ。自分が発した音であっても、耳に入ってくればその音でリズムを認識するということだろう。
自分が発した音や声が自分の意識を強化することは経験上なんとなく理解していたが、これがここでも生きるみたいだ。再帰性という言葉があるが、その力を改めて認識できた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?