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超有名な小説 10選 (日本の長篇)

はじめに

時代を超えて読まれ続けている名作を、日本の長篇小説に限定して年代順にまとめてみました。

1 『こころ』

“精神的に向上心のないものは、馬鹿だ。”


・作者 夏目漱石(当時42歳)
・出版 1914年
・形式 一人称
・収録 岩波文庫、新潮文庫、角川文庫、集英社文庫、ちくま文庫、青空文庫ほか

・特徴 
 長年に渡って新潮文庫の発行部数1位の座を守り続けている、超ベストセラー作品。高校教科書にも採用されており、知名度は非常に高い。
作品は3部構成であり、1部と2部では大学生の「私」から見た「先生」について、3部では「先生」の手紙の中身が一人称視点で描かれる。3部では「先生」の過去が明かされるのだが、明治天皇崩御にともなう乃木希典大将の殉死に重ね合わせ、「明治の精神」とともに殉死するというモチーフが重要となってくる。
 また、「私」と「先生」との同性愛的関係を探る読みや、手紙の最後で「腹の中にしまっておいて下さい」と言われた「私」が、この手紙を公開しているという事実に着目する読みなど、多様な解釈が研究者や批評家によって提示されている。

・同じ作者のオススメ作品
『坊っちゃん』(1906年)
『三四郎』(1908年)

2『友情』

“自分は淋しさをやっとたえて来た。今後なお耐えなければならないのか、全く一人で。”

・作者 武者小路実篤(当時35歳)
・出版 1920年
・形式 三人称
・収録 岩波文庫、新潮文庫など

・特徴 
「友情」と「恋愛」をめぐる古典的、王道的な三角関係の青春小説。主人公の野島は親友の大宮と文筆業同士でしのぎを削っている。ある日野島は杉子に恋をする。大宮は真摯に相談に乗ってくれる。しかし、いくら親友が応援してくれても、恋愛は双方の合意がなければ成り立たない。やがて野島の恋物語は悲劇的な結末を迎える…。
「失恋するのも万歳、結婚するのも万歳」と、作者は当時ともに活動していた若い男女に力を与えるために書いたという。青春の爽やかな部分を抽出したような心洗われる内容で、文章も簡潔で読みやすい。
 野島と大宮の「友情」は、武者小路実篤と志賀直哉の実際の友情を連想させもする。

・同じ作者のオススメ作品
『棘まで美し』(1930年)
『真理先生』(1951年)

3『痴人の愛』

“ナオミ! ナオミ! もうからかうのは好い加減にしてくれ! よ! 何でもお前の云うことは聴く!”


・作者 谷崎潤一郎(当時41歳)
・出版 1925年
・形式 一人称
・収録 新潮文庫、青空文庫など

・特徴 
 サラリーマンの譲治(情事と同音異義語である)は、カフェの女給であったナオミを自分好みに育てあげようとする。彼には西洋の「ハイカラ」さへの憧れがある。
 ところがナオミは次第に奔放さを発揮し始め、複数の男友達と関係を持ちながら譲治を誘惑する。譲治もまた、ナオミの肉体の美しさに翻弄されてゆく。
 耽美主義とも呼ばれる、マゾヒズム的女性愛といった通俗的なテーマを、豊かな文章表現で描きあげた、戦前の傑作である。
 譲治とナオミのような人物像は、現代でもリアリティを持ち得ている、ある意味で普遍的なものだ。

・同じ作者のオススメ作品
『吉野葛』(1931年)
『細雪』(1948年)

4『暗夜行路』

“中国一の高山で、輪郭に張切った強い線を持つこの山の影を、その儘、平地に眺められるのを稀有の事とし、それから謙作は或る感動を受けた”

・作者 志賀直哉(当時54歳)
・出版 1937年
・形式 三人称
・収録 岩波文庫、新潮文庫など

・特徴 
 無駄を排した簡潔な文章表現が大正から昭和にかけて日本語小説のお手本のように捉えられていた、短篇の名手志賀直哉の唯一の長篇小説。
 祖父と母の間に生まれた子であること、妻が不倫することなどを小説的仮構として設定し、その「過酷な運命」に打ち勝とうとする「強い意志力」を描くが、その内容は尾道、京都、東京を行き来する作者の自伝的内容である。
 特に前篇と後篇の間には16年もの執筆スパンがあるが、その前篇も、1914年に書き始めて挫折した『時任謙作』を改稿したものである。この『時任謙作』は、夏目漱石の『こころ』完結後に、朝日新聞に連載するように漱石から原稿依頼されていたものであった。
 それまで「白樺」という(歴史的)同人雑誌に制約なく書いていた志賀直哉であったが、この辺りから職業作家としてのキャリアを歩みはじめるのである。本作は、それから23年かかって完成した。

・同じ作者のオススメ作品
「清兵衛と瓢箪」(1913年)
「城の崎にて」(1917年)

5『雪国』

“それでいいのよ。ほんとうに人を好きになれるのは、もう女だけなんですから”

・作者 川端康成(当時48歳)
・出版 1947年
・形式 三人称
・収録 岩波文庫、新潮文庫など

・特徴 
 親の財産で暮らす妻子有りの島村が、「国境の長いトンネルを抜け」て雪国の女(駒子)に逢いにいく。季節を変えていく度に駒子の境遇は変わる。芸者になり、許婚と噂された男は死んでしまう。島村は駒子と同時に「悲しいほど美しい声」の葉子にも惹かれるが、彼女の精神は不安定で、言動にもそれがうかがえる。 
 有名すぎる冒頭の「トンネル」は、現実と異界とを繋ぐ重要なモチーフである(宮崎駿監督のアニメーション『千と千尋の神隠し』にも、そのモチーフは使用されている)。越後湯沢をモデルにしており、また駒子のモデルも実在するが、作品は芸術的なものだ。そこには書き手の美的理想がつまっている。
 そのため有名さに相反して、万人受けする作品ではないと思われる。しかしその独特で抒情的な文章表現は唯一無二である。岩波文庫版「あとがき」で、作者はこう述べている。

 この「雪国」の出来事や感情も実際というよりは想像が勝っている。殊に感情は駒子のものも私のかなしみにほかならないので、そこに人に訴えるところがあるのかと思う。
 私の作品のうちでこの「雪国」は多くの愛読者を持った方だが、日本の国の外で日本人に読まれた時に懐郷の情を一入そそるらしいということを戦争中に知った。これは私の自覚を深めた。

                       ──川端康成「あとがき」

・同じ作者のオススメ作品
『伊豆の踊子』(1926年)
『山の音』(1949年)

6『人間失格』

“恥の多い生涯を送って来ました”

・作者 太宰治(当時38歳)
・出版 1948年
・形式 一人称
・収録 岩波文庫、新潮文庫、角川文庫、集英社文庫、ちくま文庫、青空文庫ほか

・特徴 
 新潮文庫の発行部数は『こころ』と一位を争っている大ベストセラー小説。
 金持ちの家に生まれ、自然に人が寄ってくる「自分」は、周囲から言われるのとは対象的に、自分のことを仕合わせだと感じられない。自分は人とは全く違うと感じた「自分」は、他人に対して道化を演じるようになる。しかしその道化を見破られそうになり、焦る。
 その後、心中未遂事件、酒への逃避、放蕩などを繰り広げ、絶えず自己否定、現実に対しての距離の取り方を模索する。やがて「自分(大庭葉蔵)」はこの世からいなくなるが、彼の知り合いの女性は「神様みたいないい子でした」と語る。 
 破滅的衝動に駆られることは多かれ少なかれ人間には誰しもあることだ。しかし社会はその公表を許さない雰囲気がある。だからこそ「自分」は道化を演じなければならなかったのだ。この作品はそのような普遍的感情を描き切ったものであり、ある特定の立場に置かれた読者の一部を“直接的に救う”可能性を秘めていると思う。
 よく知られているように太宰治はこの作品を書き上げた翌月に入水心中自殺を実行する。この歴史的事実が『人間失格』を神話化・伝説化している部分も否めない。

・同じ作者のオススメ作品
『津軽』(1944年)
『斜陽』(1947年)

7『金閣寺』

“私はいろいろに角度を変え、あるいは首を傾けて眺めた。何の感動も起らなかった。美というものは、こんなに美しくないものだろうか、と私は考えた”

・作者 三島由紀夫 (当時31歳)
・出版 1956年
・形式 一人称
・収録 新潮文庫など

・特徴 
 自らに身体的コンプレックスを抱く「私」は、僧侶の父に語られた金閣寺の美しさに思いを馳せる。しかし初めてみた金閣は美しくなかった。やがて終戦をはさみ、「私」は若い学僧として金閣に仕える。そこで鶴川、柏木という個性的な友人たちに出会い、やがて基より妄想していた金閣放火(=幻想との心中)を実行する。
 現実の放火事件に材をとり書かれたこの作品は、青春期の暗鬱さ、社会への反抗心、物事への呪詛と執着(=愛憎)を見事に描ききっている。難解な漢語を多く使いつつも、全体としては淀みなく読むことができる精緻で人工的な文章表現も、三島由紀夫にしか書けない質の高いもので、その才能に圧倒される。
 なお文芸批評家小林秀雄は、『金閣寺』の主人公「私」を「君のラスコーリニコフ(ドストエフスキー『罪と罰』で殺人を犯す主人公)』と呼んだ。

・同じ作者のオススメ作品
『潮騒』(1954年)
『豊饒の海』(1970年)


8『砂の女』

“どうでしょう?……ぼくは、人生に、よりどころがあるという教育のしかたには、どうも疑問でならないんですがね……”

・作者 安部公房 (当時38歳)
・出版 1962年
・形式 三人称
・収録 新潮文庫など

・特徴  
 昆虫採集に出かけた男が、女の暮らす砂穴の底の家に閉じ込められる。男は穴から逃亡しようとするが、女はそれを妨害する。非現実的、寓話的なストーリー展開だが、一つ一つの描写は細部までリアリティに満ちている。
 また、男は「自由」、つまり男が今まで暮らしていた世界を目指して一生懸命脱出を企てるのだが、肝心のその世界に対して男は希望を持ってはいなかった。むしろそのような「日常の灰色」から逃避するために、昆虫採集を行なっているのだ。
 とすれば、男は果たしてどこから脱出したがっており、どのようになることを目的としているのか? 『砂の女』のストーリー展開が寓話的だというのはその部分においてである。「砂に埋もれていく家」というモチーフがこの世界そのものの表象として捉えることが可能になる、と言えるのかもしれない。そしてそれは「現代的」な問題だ。

・同じ作者のオススメ作品
『壁』(1951年)
『箱男』(1973年)

9『万延元年のフットボール』

“そのようにしてかれらを正当に理解することが、死んでしまったかれらにとっていかなる意味をも持たないにしても、それは僕自身にとって必要だ。”

・作者 大江健三郎(当時32歳)
・出版 1967年
・形式 一人称
・収録 講談社文芸文庫など

・特徴 
 友人の自死、障害児の子供の誕生、妻菜採子の憂鬱などにより自閉する「僕(蜜三郎)」が、東京を脱出し、四国の谷間の村に到着する。
 1960年安保闘争に参加した行動的な弟鷹四と、自分との関係を百年前、万延元年に村で起こった一揆と、それに参加したとされる曽祖父、曽祖父の弟と重ね合わせる。「僕」はアフリカでの生活を夢見て現実逃避を行うが、鷹四の告白と行動、また百年前の真実に驚嘆することになる。
 物語は、国家権力vsマルクス主義革命(およびその敗北)の安保闘争、また冷戦期における核の脅威、また国際的な影響力をもったジャン=ポール・サルトルの実存主義思想の影響など、戦後世代の経験を象徴する不安、倦怠を軸に展開される。
だ が、この作品の最大の特徴は、長いセンテンスを用いた文章表現にある。筆者はこの作品の“大江文体”に逆説的な詩的さ(反=美文であるゆえの詩的さ)を感じるが、一般的には難解であると言われている。
 一言でいえば、『人間失格』とは違った角度での「暗い小説」だと言えるだろう。なお作者のノーベル文学賞受賞は、この作品の完成度によるものだと言われている。

・同じ作者のオススメ作品
『個人的な体験』(1964年)
『懐かしい年への手紙』(1987年)

10『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』

“結局のところ『組織』は国家をまきこんだ私企業にすぎないのよ。私企業の目的は営利の追求よ。”

・作者 村上春樹 (当時36歳)
・出版 1985年
・形式 一人称
・収録 新潮文庫など

・特徴 
 壁に囲まれた街で暮らす「僕」の物語(世界の終り)と、老科学者によって意識の核に思考回路を組み込まれてしまい、その回路の秘密を巡る計算士の「私」の物語(ハードボイルド・ワンダーランド)が一章ずつ交互に展開されてゆく。
 後者に登場するのは「太った娘」と「胃拡張の女の子」、それと夥しい数の文学、音楽、映画ほかの固有名詞。
 この固有名の過剰さは、中学生当時の筆者にポップカルチャーに触れる機会を与えてくれ、かつてはそれこそ読書の価値だと考えていた。しかしこれは情報化、グローバル化の高度資本主義経済とそこに否応なく巻き込まれている当事者としての日本人、主に都市部に生きる典型的日本人の姿を鮮やかに描き出している。そしてその現実は日本だけでなく、アメリカ、西ヨーロッパの先進国の状況にも一致している。村上春樹の作品が全世界で読まれているといわれる理由をこの部分に見出す批評家もいる。
 恋愛などの身近な個人的テーマが、いきなり「世界の終り」などといった全人類テーマに重ねられて語られる(そしてその間にある言語や国家や人種の問題は素通りされる)こと方法は、2000年代に「セカイ系」という用語で主にアニメーションや漫画作品に対して用いられることになる。この作品はその萌芽であるという見方も存在している。
 筆者はその見方に素直に頷くわけではないが、しかし夏目漱石の時代に切実なテーマであったことと、村上春樹の時代、もしくは2021年の切実なテーマというのは違う。社会状況は大きく変わっている。しかしいかに社会が変わろうとも、人間の感情など普遍性のあるものは変わることがない。
 普遍的な要素が含まれたものは時代を超えて読み継がれていく。読み継がれていくから「良い」、「凄い」と言いたいわけではない。ただ、そのように読み継がれたという歴史的事実をもとにして、このコラムを執筆したというだけだ。

・同じ作者のオススメ作品
『ノルウェイの森』(1987年)
『ねじまき鳥クロニクル』(1995年)

おわりに

最後まで閲覧いただきありがとうございました!
よろしければこちらも合わせてお読みください!🙇‍♂️

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https://note.com/gakio_literature/n/n787a582fc555

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