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副業詐欺に引っかかって全財産を失ってしまった話3

即判断、即行動

はじめに

 鬱病で失職するしがない社会人が、生活費を工面するために無在庫販売のオンラインショップを開設した。売り上げは順調に伸びていき、売上金約300万円の引き落としを試みた。しかし、引き落としの過程で数々の手数料を請求され、最終的には一千万あまりあった全財産を失ってしまう。

状況整理

 私はこれまで請求された様々な手続き料の詳細を知りたく、オンラインショップのカスタマーサービスに詳細の説明を求めたが、わたしたちにそこまでの仕事をする義務はないと返ってきた。さすがに納得がいかなかったため、今までのショップとのやり取りを含めて状況整理をした。まず、オンラインショップに対して不可解な点は以下の通りである。

  1. 注文の配送時間が不自然

  2. 不自然なタイミングでの注文

  3. 開店したばかりのわりに注文が多い

  4. 日本との時差

  5. 指定される銀行口座

  6. 本当に送金先の口座を間違えたのか

  7. 契約を締結していない

  8. ショップの所在

  9. 注文を処理する方法

  10. ショップを検索しても出てこない

  11. A

 1に関しては昼間の10:00~11:00に配送が行われることが決まっていた。これ自体に問題はないのだが、夜の22:00~23:00にも配送をしていた。アメリカとの時差を考慮すると真夜中や明け方に配送をしていることになる。
 2に関しては1の「注文を配送した」というシステムメッセージの数分後に新たな注文が届いていた。システム側で客のオーダーを承認している線も考えられるが、配送処理の直後にでたらめな注文を送っている可能性もある。
 3に関しては常に同じタイミングで複数の注文が入るのは不自然だった。そもそもとして、開設したばかりのショップに多くの注文、それも高額なものが頻繁に来ること自体が不自然である。
 4に関してはオンラインショップで表示されている時間が、日本の時間よりも1時間早いことだった。プラットフォームがアメリカであるならば、約13時間遅れていなければならない。なお、日本よりも1時間速いエリアは中国である
 5に関してはカスタマーサービスが提示してくる銀行口座が全て個人、または無関係の法人のものだったことである。最初はショップと提携しているのかと考えたが、複数の他人の名義の銀行口座を使うことは不自然である。
 6に関しては根本的な問題として、売上金の引き落とし時に指定した口座番号が本当に打ち間違えたものなのかという点である。自身の銀行口座から「誤った」銀行口座にネットバンキング経由で送金を試みた際に、その口座は存在しませんと返ってきた。オンラインショップは存在しないはずの銀行口座に送金をしたと考えられる。
 7に関してはショップ開設の審査がほぼ素通りで、契約書を締結することすらなかった。つまり、問題が起こった際に責任の所在を問う手段がないのである。
 8に関してはショップの所在をカスタマーサービスに詳細を確認すると、アメリカの大手家電量販店と提携していることを提示していたが、オンラインショップそのものの所在については明確な返答を得られなかった。
 9に関しては客の注文に対して、店舗経営者が現金を支払って注文を処理するという方法である。支払った金額は店舗経営者に払い戻されるとはいえ、あまりにもお金の流れが不自然である。
 10に関しては検索エンジンでオンラインショップを検索しても検索結果に表示されない点である。検索領域を国内外に設定して検索してみたが、どちらも検索結果にオンラインショップが表示されることはなかった。
 11に関しては、多分あいつはオンラインショップとグルだろう。久しぶりに連絡をしたら音沙汰が全くないのである。

 改めて考えると、不自然な要素が多すぎて怪しいとしか言えない代物である。

専門家への相談

 これらの状況をキーワードとして検索をかけてみると、副業詐欺を扱う弁護士事務所がいくつも出てきた。コロナ禍に入ってからSNSを利用した副業詐欺は急激に増加しており、それを専門に扱う弁護士事務所も増えるほどに被害が深刻だという。私は藁をも掴む思いでネット詐欺を扱う法律事務所のページにアクセスし、LINEの相談窓口に今回の顛末を書きならべた。
 翌朝、私のスマートフォンに珍しく着信が入った。着信相手は昨夜にアクセスした法律事務所の弁護士だった。彼は私の相談内容に関連するカスタマーサービスとのやり取りや、銀行振り込みの明細書、銀行の振り込み履歴などの提示をLINEに求めた。そして、複数の明細書を見て、これらの銀行口座は契約者が第三者に売り渡されたもので間違いないと言った。このような手口はマネーロンダリングとして近年問題視されているのだそうだ。



 弁護士はさらにオンラインショップの業態についても詳しく言い当てた。彼はオンラインショップのシステムは全くのでたらめと考えていた。注文が入っているように見せかけて実体はなく、ショップ運営者から現金だけを集める仕組みになっていると予想していた。また、カスタマーサービスとのやり取りからも、今回の件が副業詐欺であることは確実であり、早急に手を打つ必要があると言った。

法的措置の流れ

 今回の案件に対して弁護士が掲げた措置は以下のとおりである。

  1. 振り込みをした全ての銀行口座を凍結する

  2. 銀行口座の名義人に対し情報開示請求を行う

  3. 口座に1,000円以上の預金があった場合、振り込め詐欺救済法を適応する

 弁護士は銀行口座にお金が振り込まれて日が浅いので、口座にお金が残っている可能性があると考えた。そこで、早急に口座を凍結することで預金の回収を防ぎ、銀行口座の契約者に情報開示請求を行い、預金を持ち主に返還する方針を提案した。他にも同様の被害に遭い、お金を振り込んだ人がいた場合は、振り込め詐欺救済法に基づいて預金額が分配されるとのことだが、私としては少しでも多くのお金が返ってくるのならそれで良かった。
 これで資金回収のための準備が揃ったので、後は本格的に手続きに入るだけである。早速、弁護士に見積もりをお願いすると、提示されたのは100万を超える手付金だった。さて、これは困った…既に貯金が底をつくほどにお金を失っていたため、お金を払いたくても払えないのである。親身になってくれた弁護士さんには悪いが、他の弁護士とも相談をして比較をしたいとの旨の返事をした。

弁護士事務所の検討 

 私は成功報酬に重点を置いている弁護士事務所や、手付金の安い弁護士事務所など、様々な事務所に相談をした。弁護士側の戦略はどこも、銀行口座を凍結してから資金を回収するというものだった。しかし、即時対応ができる事務所は高額の手付金が必要で、手付金の安い弁護士事務所は返事がないか、回収の可能性が低いと及び腰の返答をしてくることが多かった。そして、相手の所在がわからないため、強気の対応が難しいとのことだった。
 もう一つの懸念として、弁護士に依頼して二次被害に遭う可能性も考えられた。高い手付金を支払って弁護士に依頼をしたものの真剣に対応してもらえず、結果として資金の回収どころか手付金を払っただけになってしまい、何も解決できていないパターンが予想された。昨今では依頼を受けても真面目に動いてくれない弁護士もいるらしく、弁護士の間では頭を悩ませている問題らしい。

警察への相談

 弁護士への依頼が難しいことから別の手段を検討する必要があった。私は考えた末、警察の犯罪相談窓口のダイアル(#9110)を叩いた。相談窓口のオペレーターに詐欺と思われる事件に巻き込まれたことを伝えると、住んでいる地域を管轄している警察署に繋げるとのことだった。その直後に管轄の警察署からの電話が入り、比較的若い声の刑事が対応してくれた。このような相談内容は、民事不介入を理由に取り合ってもらえないと聞いていたが、弁護士に相談をしたことも含めた経緯を伝えると、相手は親身になって話を聞いてくれた。概要を一通り話をした後、「電話だけではわからないこともあるので、一度警察署まで来てくれませんか?」と、話し合いの場を設けてくれた。私はオンラインショップの詳細や銀行の振り込み明細書、カスタマーサービスとのやり取りの履歴、オンラインショップの紹介者とのやり取りの履歴などの資料を整理し警察署へ向かった。

銀行口座凍結の依頼

 警察署に向かうと担当の刑事に取調室へ案内され、私はオンラインショップの仕組みについて説明した。刑事はショップ経営者が現金を入金するシステムに強い不信感を持っており、状況次第ではその行為も問題に成りえると答えた。また、ショップ経営時に契約書を交わしていないのかを確認し、無かったことを答えると、渋い顔をしながら「その時点で怪しいと思ってほしかったなぁ…。」と呟いた。返す言葉もない。
 刑事は複数の銀行口座の明細を確認すると、間違いなく第三者へ売り渡された口座だと答えた。そのため、銀行口座の正規の契約者を当たっても無駄だと推定し、送金した額の全てを取り返すことも難しいと答えた。また、カスタマーサービスとのやり取りから、これらの口座が不正に利用されていることは明白であるため銀行口座を凍結することを約束してくれた。相手の所在がわからないため、犯人逮捕にまでは至ることができないが、最低限出来ることは協力してくれるとのことだ。
 翌日の早朝に刑事から電話がかかってきた。刑事はすでに口座の凍結を銀行へ要請し、各銀行のお客様相談窓口の連絡先まで控えて私に伝えてくれた。「宿直」と書かれたノートにショップの詳細をメモしていたことから、夜遅くまで仕事をしていたのだと思われる。他の事件の捜査もかかえているだろうに本当にありがたかった。私はこれから、一縷の望みをかけて銀行への問い合わせをすることになる。

ここまで

 読んで、弁護士に依頼するべきか、警察に相談するべきか、どちらが正しいのかは状況によると考えている。警察に相談したうえで相談や依頼をしてほしいと答える弁護士もいれば、いますぐにでも法的措置を取るという弁護士もおり、事務所ごとにやり方が異なっていた。今回、私は少額の手付金が支払えないほどにお金を使い果たしていたため警察の力を借りることにしたが、可能であるならば両方の力を借りることが最も良い方法だと思われる。
 一つ明確なのは、手付金をそれなりに請求する弁護士事務所は積極的に動こうとするということである。成功の可否に関わらず依頼料を得ることができるため、フットワークが軽いのだと感じている。一方で、手付金を取らない弁護士事務所は足場固めを確実にしていく傾向があり、お金を確実に取り返すことができる相手でないと動けないと返答することが多かった。どちらにせよ重要なのは、お金の回収に向けて少しでも早く動くことだと感じた。


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