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「ザナドゥおじさん③」

【2―1】

遠く波音に乗って聞こえてくる、ラジオの音声。
「午前9時になりました10月8日土曜日のウハウハサステナデイズ。ザックです、ザック忍です。今日はいつものスタジオを飛び出して、鵜羽根郷土料理の店「波風食堂」にお邪魔しています。ここのお勧めはヌメジシカの竜田揚げだそうで……」
 
研究所内。
検査を受けているデニムに紺のTシャツを着た鬼太郎とワンピース姿の鬼子、そしてその傍らには白衣姿の琴子がいる。
「じゃあ次、鬼子ちゃん。ここに息、ふーって思いっきり吹き込
んで」
「はい」
琴子の主導で、鬼子は手にしたホースに息を吹き入れる。肺活量計に彼女の息が吹き込まれると途端に針が振り切れた。
「お~……さすが凄いねぇ。アスリート超えちゃってる」
鬼の身体能力は非常に高く、運動音痴だと嘆く事の多い鬼子ですら身体能力値はオリンピック選手に匹敵している。鬼の中でも身体能力が高い部類らしい鬼太郎に至っては、様々多種多様な身体能力検査の度にとんでもない数値を叩き出していた。
鬼は基本的に角が生えている以外は人間と見た目は変わらない。だが、強靭さが全く違う。皮膚も筋肉も骨格も全てにおいて鬼は違う、硬い肌はナイフすら通さない。流石に銃で撃たれれば無傷とはいかないだろうが、それでも人と鬼の身体は紙と鉄板くらい違うと、琴子はよく話す。
「はいじゃあ今日はここまで、お疲れ様でした。後は三谷君からの検査結果聞いて帰ってね」
「はい」
鬼太郎は傍らに置いてあった金棒をひょいと持ち上げた。
「鬼って言うと、それだよねぇ」
「身体の一部って言うか。これがないと落ち着きませんね」
鬼太郎はあまりにも軽く持ち上げているが、これが1本30㎏近くある事を琴子は知っていた。
「それって支給されるものなの?」
「買います、こっちの島忠的なとこで」
「へぇ~」
「兄は金棒道八段なんですよ」
「あるんだそういうのが」
鬼子がニコニコ微笑み、誇らしそうにそう語った。
「凄いんですマッキボッコラッコを一撃でやっつけちゃいますから」
「へぇ~」
マッキボッコラッコなるものが全く想像できなかったのだが、恐らく向うの生物なのだろうと琴子は笑顔でその場を流す。
 そこに美和が、アンナジュリを人数分と茶菓子を持って給湯室からやって来た。
「お疲れ様です、こちらにお茶とお菓子置いておきますね」
「あー……うん。有難うね……」
盆の上に乗った赤い茶と赤い菓子を見て、頬を引き攣らせながら答える琴子。
「鬼子ちゃん、パーレピ、食べた事ある? 食べてみて、美味しいから」
と美和は言い残しまた給湯室へと戻って行く。
「……アンナジュリ、好き?」
囁く様にして訪ねる琴子。
「あれあんまり……」
赤い茶を見ながら囁き返す鬼子。
「じゃあ止めときな。全く同じ味だよこれ飲むか噛むかの差。全部紅生姜蜂蜜味」
「止めとこうかな……」
 検査結果を手にした三谷が、別室から現れ「全く心配なし母子共に健康そのものだ。良かったね鬼子ちゃん」と嬉しそうに話す。
「健康な鬼子ちゃんから産まれるワケだから、元気な赤ちゃんなんだろうなぁ」
鬼子はその言葉にすぐに答えず、三谷と視線を合わせようともしなかった。
「ん? どうした……?」
「元気ですよ、鬼子の子供ですから」
鬼太郎が代わりに話す。彼も鬼子も社交的な鬼なのだが、この会話だけは妙な隔たりが感じられる。
「お、おお」
妙な沈黙が辺りを包む。
「何か音楽でもかけよっか、2人共こっちの音楽とか聞くの?」
琴子が会話の流れを変える。
「はい。大将が有線流してくれるんで」
「トバイチロウ?とか、カンムリジロウ?とか」
鬼太郎が答え、次いで鬼子も続く。
「偏ってんな」
三谷は鼻で笑い、琴子は研究所内に置かれているラジオのスイッチを入れた。

 【女将さん、今日は素敵なヌメジシカの竜田揚げ、本当に有難う御座いました。いや~ホントに美味しかった! 続いてはラジオショッピングです】

琴子が肩を震わせ怒り出しているのが、側に居る者全員に感じられた。
 「何このラジオ⁉ あとヌメジシカの竜田揚げって言ったこの人⁉」
「言いました」
軍曹に従う一兵卒が如く、迅速に鬼太郎が答える。
「ちょっとも~……行って来るわ! こいつんとこ、ジープぶっ飛ばして説教して来る」
今にも飛び出して行こうとする琴子。
「何処いるか知ってんの?」
三谷の言葉でピタリと止まる。
「知らない……」
そこへ大き目のキャリーバックを手にし、スーツを着た桐野が現れる。
彼は不思議そうに制止している琴子を見ると、
 「あれ、琴子さん?」と声を変えた。
「ん? あ、あ! ごめん! そっかそっか今日か、出る出る!」
「気ぃつけてな。船揺れなきゃいいな」
ジープのキーは何処かと探し慌てる琴子を尻目に、三谷はコーヒーを淹れつつ悠々と桐野に声を掛けた。
「桐野先生、何処か行かれるんですか?」
と鬼太郎。
「北海道にヨーゼフ迎えに行って来るんだ。だからこれから琴子さんに港にね」
「進化の象徴、連れ帰ってこい!」
三谷が声高に叫ぶ。
琴子もキーを見つけ出したようで、
「よし行こう! あ、鬼子ちゃん達も送って行こうか?」
と話す。
「良いんですか?」
「港行くついでだもん」
「あ、そしたら」
「うん。鬼太郎君も乗ってくでしょ?
「僕はトレーニングがてら歩いて帰るんで、妹を」
「分かった。じゃあ行きましょ」
 琴子達は研究所を後に出て行く。
 後には三谷と鬼太郎だけが残され、急な静まりに外の蝉の声が妙に大きく聞こえてくる。
「なあ鬼太郎君、俺ささっきなんか変な事言っちゃった?」
「え?」
「鬼子ちゃんの」
「ああ、全然。それよりこれ、残しちゃ不味いですよね……?」
そういって彼が指したのは先程美和が持って来てくれたアンナジュリとパーレピで、誰にも手を付けられないままそっくり残っている。
「もしかして、気にして残ってくれた感じ?」
少しはにかみながら、鬼太郎はこくりと頷く。
「ホント良い奴だな」
「どうします? 三谷さん食べるなら、僕も食べますけど」
「……食べるかぁ~」
三谷と鬼太郎は顔をしかめつつ、赤い茶と菓子をもちゃもちゃ食べ始める。
不味いが地獄の友とこんな風にして食べるのならそれはそれで嫌な事でもないなぁと、三谷は思う。
地獄と繋がってこれからもっともっと大きな変化に見舞われるかも知れない。でもこんな気の良い連中と出会えるなら、地獄と繋がるのも案外悪くないな……と。

外では大声で蝉が泣きわめいている、鵜羽の夏はまだまだ暑い。

続く。


老若男女問わず笑顔で楽しむ事が出来る惨劇をモットーに、短編小説を書いています。