ショートストーリー 勝手に政治家になった 男

 カクタという男がいた。彼は政治家になろうと思い立った。
 そして高い供託金を払い選挙に出たが、見事に落選してしまった。
 おまけに選挙期間中に雇ったスタッフがボランティアでなれけばならないという規定をすっとばしお金で雇ってしまったため、公選法違反で逮捕されてしまった。 
 彼は昔ながらのタコ社長気質で、お世話になった人には形のあるお礼をしたいと考える人間で、その形の最適解がカネであると規定していたが、金権政治を脱却しようとしたこの国の政治改革にはついていけなかった。
 模範囚を演じなんとか牢屋から合法的に脱獄した彼は、すぐさま秘書君に電話した。 
 秘書君とはあだ名だが、彼は男の後輩でなにかと気の利く人間である。
 安いチェーンのコーヒー屋でふたりは落ち合った。
 そのときの男には、金が無かった。
「すまんのお。普通サイズのコーヒーを奢るくらいしかわしにはできん」
「いいんですよ。カクタさんが元気であれば」
「そう。元気があればなんでもできる。わしもう一度政治家にチャレンジしたい」
「だめですよ。今のカクタさんは公民権を停止されています。公選法違反で実刑を食らったじゃないですか」
「なんと!理不尽な。国民のために政治をしたいという気持ちは誰よりも負けないのに」
「しかたありません。こればかりは。でもぼくはカクタさんの話聞くの好きですよ」
「でもさ、やはり今の政治って国民のほうを向いてないと思わんか?」
「それはそうです。増税した挙げ句、社会保障には回さず軍備増強。隣国とはパイプもなく同盟国の言いなり。実質賃金は政策の失敗でだだ下がり。一部の利権のための政治でしかない」
「秘書君〜。君もわかってるじゃないか。政治とは民のため。そうじゃなきゃおかしいだろ」
「でもそれを変えるのも難しいです。政権交代するのも難しいですし」
「でも、今の社会の問題って実はシンプルになってきていると感じるんたわよね
。変な話」
「と言いますと?」
「今騒がれてるのは、貧困や孤独死、トー横キッズみたいな問題じゃない。極論を言えば政治が動くのを待つより、誰かが手を差し伸べていけばいいのでは?」
「たしかに、そうとも感じます。ミクロから社会を変えていけみたいな話ですよね?」
「だからさ。もう勝手に政治家を名乗っていいと思うんだよね。そして自分を支持してくれる人のためにできることをしていく」
「えー?勝手にですか」
 カクタは足元に置いてあった箱をテーブルに乗せた。
「さっきから気になってたんですけど、それはなんですか」
「わし専用の投票箱だよ。わしを支持してくれる人はここに自分の名前を書いた紙を票として入れる。そしてその人たちのためなら、わしはなんでもする!」
 カクタは早速立ち上がり店を出ていった。
「か、カクタさーん」
 秘書君もお会計を済ませてからあとを追った。

「えー、街を歩く皆さん、わたしはカクタです。わたしを支持してくださった方のためならなんでもいたします!ぜひこの箱に票を入れてください!」
 大勢の人が行き交うなか、カクタは大声で選挙活動をし始めた。
「カクタさん、何やってんすか」
 しかし甲斐も虚しく、2時間街を叫びながら練り歩いてもほとんどの人は見向きしなかった。
 一部の若者を除いては。
 
「なんか箱を持った変なおじさんが大声を出しながら街歩いてた。私を支持してくださいとか言ってる。怖いw」
 こんなSNSの投稿が60人ほどの人に拡散されると、暇で面白がりな若者が何名か反応した。
「俺もさっきその辺見てきたけど、本当にいたw
支持してくれたら何でもするとか言ってるw何?」

 そしてカクタと秘書君の視界を塞ぐように3人の若者が現れた。
「あのー、あなたを支持したら何でもしてくれるって本当ですか?」
 ようやく声をかけてもらえた。カクタは嬉しさを隠せなかった。
「はい!支持してくれる人は自分の名前をこの紙に書いて箱に入れてください。そうすればその人のためになんでもいたします!」
 秘書君は3人の若者のニヤケ顔から、からかい半分な雰囲気を感じた。
「カクタさん、本気ですか?」
「あーい分かりました。俺はギオタって言いますよろしく」
「俺は、サンサン」
「俺は、俺はドラゴンファイター」
 若者たちは、その場で思いついた偽名をふざけて紙に書いて投票した。
「さて、これであなたたちは私の支持者。私は支持者のための存在。困ってることでも、なんでも言ってくださいね」 
 ギオタと名乗る若者が、ふーんと頷きつつ悪巧みを始めた。
 そしてその碌でもない思いつきをニヤケ顔で披露した。
「おじさん、パンちょうだいよ。ちょうどあそこにコンビニあんじゃん。僕お腹すいたからパン欲しいよ」
「お安い御用です。今300円しか手元にありませんが、パンぐらいならなんとか」
「おじさん。買ってなんて一言も言ってないよ?俺等タダでパンが欲しいんだよね」
 秘書君が止めに入った。君たちは何を言ってるんだとかぶりを振った。
「だからさ、パン万引きしくれませんか?ほら支持者のお願いですよ?なんでもするんですよね?」 
「カクタさん!さすがにこれは。違法行為ですよ。やめときなさいよ。こんなことは」 
「秘書君。市民に求められる倫理と政治家に求められる倫理って違うって知ってるよね?」
「マックス・ヴェーバー?
いやいや。そもそもあなたちゃんとした政治家じゃないでしょ?議員バッジもつけてない?」
 するとサンサンが「バッジ?あるよ」とポケットからアニメキャラのバッジを取り出しカクタの背広の襟元にバッジをつけてやった。
「バッジありがとうございます!これで私もいよいよ政治家らしい見栄えになりました!」
「カクタさん!あんたどうかしてるよ!」
 そしてカクタは息を深く吸い込み、レントゲン撮影のときより胸を膨らませた。
「それでは私カクタ、支持者であるギオタ氏の要請に従い、コンビニでパンを万引きして参ります!」
「カクタさん!それは駄目だ」 
 カクタは秘書君の静止を振り切りコンビニに向かって一直線に行進していった。
 ドラゴンファイターが突然気弱な顔つきになる。
「やばくね。あのおっさんがまじで万引きしてきたら、それを唆した俺等も罪に問われたりしないか?」
 ギオタとサンサンが顔を見合わせた。
 そして三人がその場を立ち去ろうとした。
「君たちも逃げるな!カクタさんを焚き付けた責任は取ってもらう」
 必死で通せんぼする秘書君。どけよ!と焦りながら叫ぶ若者。
 5分と立たないうちにコンビニ方向から、騒ぎの雰囲気が伝わってきた。
「まじでやべえ、あのおっさんやりやがった」
 秘書君と若者たちがコンビニの方を見ると、カラーボールをぶつけられながら、こちらに向かってくるカクタの姿がはっきりと見えた。
 その手にはクリームパンがしっかりと握られていて、そのクリームパンを振りかざしてアピールしてくる。
 秘書君はカクタの背後に警官の姿を認め二重にギョッとした。
 たまたま巡回していた警官が、この万引きの現場に居合わせたらしい。
 カクタはあっという間に警官に取り押さえられ、秘書君と若者たちは野次馬に取り囲まれた。
 単なる窃盗犯としてコンクリートに突っ伏す男がこちらに向かって叫びだした。
「このパンを、あなたたちに手渡さなければ私は使命を果たせたとは言い切れません。どうか、どうか私が万引きしたパンを受け取ってください」
 群衆は、少し離れた場所で立ち尽くす若者たちも共犯なのでは?と察し有志たちが彼らの身柄を取り押さえた。
 秘書君も捕まった。
 やがてパトカーが到着した。
 手錠をかけられたカクタは、凝りもせず今度は警官たちに支持を呼びかけていた。
「私を、私を支持してくれたら何でもいたしますよ」
「ん?なんのことだ?お前に何かを頼むような義理なんかない。さあ乗れ」 
 騒動が一段落した現場には、カクタが万引きしたクリームパンだけが残った。
 クリームパンは通行人に踏まれ蹴られ、最後はカラスがくわえてどこかに持ち去ってしまった。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?