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まよそう

佐藤さんにつづいて推し最高&ありがとう、のひとりごと。真昼間に書いた自分の根っこのおなやみごととaikoちゃんの会報誌。

子どもの頃から

自分がここに居ていいかどうか、というのをいつも気にしていて
対等であるはずのクラスメイトに対して「嫌われてないかな」「邪魔じゃないかな」という思いを強く持ちながら接していました。
大人になってもそれはそのままで、でもそれはいちいち人に言わないし、そうじゃない感じの発言ばっかりしてるから、嘘だと思われたり、そんなに深刻じゃないと思われがちかもしれません。人って難しい生き物でこわい。

音楽にはそういうこと考えないんで、だから音楽が大好きだったりするのかな。

コミュニケーションの闇

ずっと悩んできたけど、家で仕事をするようになったら更に不安が大きくなりました。人に会わずに済むことは、顔色を見る機会も減るということになるのでちょっとホッとする面もあります。でも、やり取りをしているうちに、相手がどう思っているのかだけじゃなくて、自分の言葉がニュアンスを含め、相手にどうやって伝わっているのかというのも気になってしまう。

自分が相手を肯定しているはずが、文字のやりとりだけだと冷たい印象となったり、否定的に受け取られる可能性もあります。肯定否定の問題以外にも、「今までやっていた●●を△△にしていこう」とか「このデータはここに保存して欲しい」という業務上の細かいことも、正しく伝わっているかわかりません。管理しているフォルダやシートは沢山あるし、名前が似てたり、勘違いしやすいものもあります。

以前、silent sugar(佐藤達哉さんと鹿嶋静さん)のお二人がラジオ出演した時に、LINEのやりとりのエピソードを語ってくださいました。
文字だけでなので意思疎通がうまく行かなくなりやすく、険悪なムードになってしまったことがあって、その後は文末に絵文字を入れるなど工夫をして、相手を傷つけないようにしているとのこと。
他の人もそうやって残念な経験があって悩んでるんだなあって思いました。

ひとつひとつ気にすると、業務連絡が正しく伝わっているかいちいち確認したくなります。そうなると、ものすごく生産性が低くなるんです。そして何度も言われると、なんか嫌な気持ちになるし、何が正しいのか・・って混乱を生むこともあります。自分の性格が本当に嫌になりました。そしてみんなも、年上の私に「ここ違います」「こうした方がいい」って言いにくいと思う。一時期、コミュニケーションが難しすぎて勝手に病んでました。リモート向いてないんやないかな、って。
コロナ禍で仕事が出来なくなる人たちもいる中、自分はいつも通りに働けているのにこんなことを悩んで・・ってどんどん自分を追い詰めていきます。抜け出せなくなって本当に闇でした。

子どもの頃からずっとこうやってモヤモヤしていて、ちょっとしたことなら話してスッキリすればいいのに、その先のことを気にしたり(あの人があの時〇〇って言ってた、って知らないところで言われることがすごく怖いです。自分もやってしまったことあるけどスクショ貼って晒されるのは嫌だ。)結局、1人相撲なんですよね。どこだったらいつでも自分を大歓迎してくれるんだろうか。永遠のテーマです。

2021年1月の病み期やばかった

年末から体調を崩してずっと部屋の中に居ました。お正月の準備もできなくて、元日は朝から鼻血が止まらなくなるし、いろんなマイナス要素が重なって気落ちしやすい状況で。そこで輪をかけてきたのが「母への気持ち」です。感情が中途半端でモヤモヤしてて、でも存在が大きすぎてこうなっちゃうんだよなあ~って、一旦自分でモヤモヤも受け止めたはずだったけど、急に悲しさが強くなって号泣というのを毎日していました。家で仕事してたからラッキーでしたけど、その分誰かに気付かれることがなくずっとそのまま。

周りの人たちに何も言えませんでした。家族にも一切その面を見せてなくて。落ち込んだ話って聞く側もストレスになるよなあって思っちゃうんです。人には「話してよ~」って言えるけど。そういう時って手帳とか手紙に書いたりするんですけど、自分が精神的にダメになって入院した頃に近いしんどさだったんです。

いのちはたいせつに。

私は基本凹んで自分を責めるのが日常だけど、命を粗末にすることはもう絶対考えない、よくない!って思えるようになって、自分史上めちゃ強い人になれていたんです。でも「お母さんのところにいつ行けるかな」とか考えるようになっていました。これは本当に良くないです。
良くないって思えている段階の時に手を打たないと、またあの苦しい通院や入院をしないといけない。aikoちゃんや佐藤さんのライブ観に行けなくなっちゃう。
凹んだ時は、「またあの頃に戻りたいのか」って自問自答しています。ぜんぜんすごいことじゃないけど、私なりに編み出した自分へのストッパーとなることばです。

ピンチはチャンスって昔aikoちゃんが言ってた・・こういう時はaikoちゃんに手紙を書いて気分を上げよう・・って書き始めたけど、楽しいことがひとつも書けないし、ボツにしました。
私もう本当にダメだ、ってなって、ごはんも作れないお風呂も入れない、仕事はなんとかやってたけど酷いもんでした。またあの頃に戻るのやだな。

幸いこの時期、aikoニューアルバムリリースのお知らせがなんとか気持ちを和らげてくれてたと思います。反面、ZIGGYの配信ライブがいくつかあったけど、仕事も母のことも煮え切らんしライブにも行けない(遠方なので仕方ないのに・・)、配信いっこだけ観たけど、あまりにも素晴らしすぎてなんか逆に凹んで途中リタイアしちゃいました。そういう自分が、自分でものすごく許せなかった時期です。

まよそうがあった

手紙を書いたのがいつだったかはっきり覚えてないんですけど、ふとaikoちゃんのファンクラブ会報の悩み相談コーナーが浮かんだことがきっかけで、投稿してみようと思いました。こんな年齢だし情けない相談内容だから、誰かに見られるのはすごく恥ずかしい。でもこのままひとりで悶々としていたら潰れちゃうような気がして、ちょっと区切りが欲しかったっていうか。

まよそうとは「真夜中の相談室」です。まよなかのそうだんしつ。誰もそんな風に言ってないけど。
ファンクラブ会員の投稿で作られる「愛子深夜便」というページの中にあるコーナー。まよそうのコーナーは若い子の相談が多い気がして、しかも恋愛相談の。だから、取り上げられることはないだろうけど、ファンレターで書くよりもまよそうのコーナーに宛てて書くとなったら、自分の気持ちを素直に書いて送れる気がしました。

そんなだから、あまりオブラートに包んでおらず、思いうかんだ言葉を並べて自分の根っこのことを書いてしまいました。そしたらそれを、載せてくださったんです。びっくりしました。まさかよ。

ちなみに、夜中に書くとマシマシでドラマチックな仕上がりになっちゃうから、「真夜中の相談室」だけど、真昼間に書きました。

aikoちゃんありがとう

会報が届いた日、家事とかを優先しちゃってすぐに開封しなかったんです。後から考えると、とにかく「ばかばかばか・・!!!」ってかんじです。
昼間、仲良しの子が「私も餅ちゃんの笑顔大好き!」って連絡をくれて「え?なんでっしゃろか・・?」ってなったんですけど、布石でした。

夜になって仕事と家事終わったーやったーダラダラダラダラ~~~っていう状態を楽しみながら「会報届いた~うぇ~い」とか思ってても、Twitterを見て遊んでいました。悔しいです。そしてTwitterで、会報の話題で「よかったですね!」っていうのを言われました。んんん??????って思ったんですけど、ハッとしました。もしかして、まよそうのお手紙のことがどこかに載ってるのかな?って。「どこかに」って、まよそうに載る以外何があるんでしょうね・・だんだん「まさか」っていう気持ちが大きくなりました。まずは、動悸出ましたよね。

教えてくれた子に「ありがとう!」って少しやり取りをして、手が震えて、封筒を開けるはさみを探しながら、涙が浮かび始めてたと思います。その子は、自分が先に言ってしまってごめんなさいって謝ってくれたんですけど、私はすごくずるくって、他の人だったらどうだったかわからないです。でも、その子が教えてくれたり、昼間の布石の子に対しても「ありがとう」でしかありませんでした。まじずるいけど、ほんとに嬉しかったです。

たぶん、会報を開く段階ではもう号泣に差し掛かっていました。よく覚えていないんですけど、涙が沢山出てる時って視界が鈍くて、でも自分のペンネームが目に入ってきた時の気持ち・・。文字で言うと「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」でしかなかった。

自分の相談の文章は、ななめ読みをしました。なんとなく内容を思い出して「やっぱりあの手紙が採用されたんだ」って思って。相談の後にaikoちゃんからのコメントが寄せられているんですが、ここがすごかったです・・。

私のことを「知ってる」と書いてありました。覚えててくれてたんや・・って思いました。そして、「笑顔がかわいい」と。私は外見についてとやかく言われやすい(お見苦しいということ)ので、ここは本当にaikoちゃんにゴメンなんですけど、自分では素直に受け止めきれん言葉で、有難すぎます。まあでも、他の人で考えたらわかるんです。モデルさんのような見た目じゃなくても、表情の素敵な人っていますよね。表情で幸せをもらえる、みたいな、この人めっちゃチャーミングな人なんやろなーっていう人が沢山いますから。

自分の殻を破って問題を解決するのは自分が頑張らないといけないっていう内容の言葉をいただいて、自分でもいつもそう思っているはずなんやけど、好きな人に言われたら身が引き締まる思いです。そして、最後まで有難いメッセージが続きました。私がよく不安になっていることをわかっているのか定かではないけど「ちゃんと繋がっていますよ」っていうのを伝えてくださったんだと思ってます。

いつも思うこと

これは、私の相談に対してのメッセージが書かれていたけど、私はファンの皆さんに対してもaikoちゃんが同じように思っていることなんじゃないかなって。楽曲もそうです。恋愛の曲だったとしても、歌詞の中に自分の日常と重ねられる部分が必ずあって元気をもらってます。そうやって長い間aikoちゃんの音楽に気持ちを重ねていられることが、すごく嬉しい。
結局は一方的な考え方でしかないけど、それでもそう思える人や音楽があることは他のものに変えられません。
それをaikoちゃんで叶えさせてもらっている自分のことは、好きです。

考え方は人それぞれなので、私の悩みは他の人にとって大げさだったり幼稚だったりするかもしれません。私も他の人の悩みを全部理解できる訳ではなくて、でも、この人は今現在、こういうことに悩んでしまう状況なんだなあ、って想像するしかない時もあります。

悩みを悩みと思うのか、どう考えて克服するのか、見ないフリするのか、人によって違います。誰かの意見ひとつで自分を否定するともったいないかもしれません。でも悩んでる時って迷走しちゃって、冷静に考えられない。
私は、自分の存在を否定するようなところまで考えが及んだら、ちょっと戻るようにしています。そういう、悩んでいる状態に知らず知らず酔ってしまうことも避けたいです。

ゴールではない

大好きなaikoちゃんの言葉を大切にして、aikoちゃんに恥ずかしくないように過ごしていきます。
すぐに自分を変えられないけど、自分のお腹の底にあるものを外に出すこと、慣れていきたいです。なんでもかんでもは言えないけど「今日食べた大根の煮物美味しかったんだよね」くらいのかんじで「私こうやって言われてちょっと悲しかったんだよね」をびくびくしないで言えるようになりたい。その先に「この人になら言える」っていう人を信じて頼る力みたいなものも備わったらいいなあ。寄りかかれる人、皆さんにはいますか。誰の顔が浮かびますか。私は、浮かびません。

日頃の発言や振る舞いで、強いとかえらいとかすごいとか言われても、寂しいものは寂しいです。

私の芝生は青くないけど、誰かの目にはそう見えて「餅さんのように青く在りたいな」って思っていただけることがあるなら、青くないけど青っぽく在りたいです。寂しいのばっかりは嫌だ。いじけたり毎日毎晩お母さんに逢いたいとかって泣くのやめたい。自分の妄想の世界だけは楽しいこと言っていたい。aikoちゃんとひょうきんのキャッチボールしたい。たつたつさんめっちゃかっこいい。ふたりともDAISUKI。

餅の笑顔がだいすきっていってくれてありがと わたくしもあいこのすまいるベリーベリーダイスキー、おーまいがー。


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