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素人が考える国際政治学の“イズム” 〈まえがき〉

まえがき

 本連載では、大学の学部時代に国際政治学の“イズム”(リアリズム、リベラリズムなど)を扱うゼミに在籍していた筆者が、“イズム”に期待し、後に“イズム”を敬遠し、結局は“イズム”というものの意義を自分なりに見いだした経験を踏まえて、現在、“イズム”に対して抱いている雑感を記す予定である。
 筆者は、一応は大学院修士課程で政治学を修めた身であるが、“イズム”を題材とした査読つきの研究業績はなく、現在はそもそも研究と縁遠い生活を送っている。雑感を謳っていることもあるので、筆者の考えは「ややこしい話を好む素人」のそれ程度として受けとっていただきたい。
 ただ、強いていえば、本連載を、これから大学などで“イズム”を学ぼうとする方々に読んでいただき、“イズム”の内容を理解したことをもって国際政治学の学習に満足しないための足がかりにしていただければと思っている。

 入ゼミ前、筆者は“イズム”を国際政治学の理論とほぼイコールのものと考えており、“イズム”を使って研究をすれば、自分の主張はおのずと説得力のあるものになると、無邪気に考えていた。
 しかし、“イズム”に触れるにつれ、特定の“イズム”に分類されている個別の研究がいくら優れた国際政治学の理論を提示していようが、“イズム”自体が国際政治の事象について精緻な分析を提供できるとは思えなくなっていった。雑多な議論が同じ“イズム”のなかで押し合いへし合いしているように見受けられ、その傾向はとくに、リアリズムにおいて顕著だったように思う
 結局、学部のゼミ教授が“リアリズム”や“リベラリズム”といった解像度の粗い語句を、客観的な分析に役立つ道具であるかのように話す様子に違和感を感じた筆者は、大学院では国際政治史を専門とするべつの教授に師事した。

 このようにして、筆者は“イズム”を通して国際政治を観察することに幾分か懐疑的になったものの、それでも“イズム”を頭ごなしに否定する考えはない。国際政治学の研究者のなかには、“イズム”が国際政治の分析に役立たないどころか、国際政治への理解を妨げさえすると考えている方々がそれなりにいるはずである。筆者も、自身を含む学生が“イズム”にミスリードされた例に心当たりがあるため、そのような考えもある程度までは共感できる。
 一方で、“イズム”を客観的な分析のための道具だと強弁しなくとも、その意義について擁護する余地はあるのではないかとも思っている。個人的に、この思いはロシアによるウクライナ侵攻を受けて強まったと感じている。この事柄については、本連載を締めくくるときに詳しく記す予定である。

 本連載では、以下のような題材を扱おうかと考えている。

〈1〉 国際政治学から見える景色
〈2〉 
リアリズムはどう変わり果てたか
〈3〉 リベラリズムは頼りないか
〈4〉 コンストラクティヴィズムは画期的なのか
〈5〉 最も厄介な“イズム”かもしれない“国家中心主義”
〈6〉 “イズム”に囚われすぎることの何が問題か
〈7〉 それでも“イズム”を通して国際政治を見るべきか

 このほかにも“イズム”に相当する国際政治学の学派は数多く存在するが、いくら雑感とはいえ、筆者の吟味するキャパシティをいよいよ超えることが予想されるため、本連載では専ら、米国で主流視されている三大“イズム”といえるリアリズムリベラリズムコンストラクティヴィズムを扱うこととしたい。

 本連載では各“イズム”の概説にあまり紙面を割かず、その考察や批判に力点を置く予定である。筆者の雑感を綴ることが連載の主な目的であるし、筆者がする概説よりも丁寧なものを、インターネットを含む各種媒体で触れることができるからである。
 それに、本連載が目に止まった奇特な“イズム”初学者の方々には、“イズム”について理解することを国際政治学を学ぶゴールではなく、むしろ、ひとつの通過地点と捉えることを勧めたい。“イズム”は、きめが粗いスナップ写真のようなものである。きめの細かさでは詳細な政策分析に軍配が上がるだろうし、歴史叙述は多少きめが粗くとも、扱う事象を過去から将来への連綿たる流れのなかに置くという点で、動画のような性格を備えているといえよう。

 このふざけた連載が、それでもなお、まじまじと読み込んでくれる方々にとって、“イズム”に時事的な国際政治問題を当てはめて満足し、まして、自分が“〇〇イスト”であることを公言してそれに帰属意識をもつような段階をいち早く克服し、“イズム”を国際政治に関するアウトプットの裏地とする境地にたどり着くための、ささやかなきっかけとなることを願う。

追記

 以下に、インターネット上で閲覧可能な“イズム”の概説資料について簡単に触れておく。

「ウォルトの国際関係論入門論文(前半後半)」、地政学を英国で学んだ、2014年10月5日。
 奥山真司(1972~、地政学・戦略学)が、スティーヴン・ウォルト(1955~、国際政治学・国際安全保障論)による“イズム”の概説論文(Stephen M. Walt, "International Relations: One World, Many Theories," Foreign Policy, No. 110, Spring 1998, pp. 29-32, 34-46)を和訳し、ブログ上に掲載している。

● Jack Snyder, "One World, Rival Theories," Foreign Policy, No. 145, November - December 2004, pp. 52-62.
 ウォルト論文と類似するものとして、ジャック・スナイダー(1951~、国際関係論)が以下の論文を著している。ただし、本論文は、米国政府がブッシュ・ドクトリンに沿って対テロ戦争を遂行していた当時の背景を踏まえながら、各“イズム”の説得力を再検討するものであり、やや応用的な内容となっている。

「国際関係論の理論」、Medium、2018年6月22日。
 著名な国際関係論専門ウェブサイトE-International Relationsから刊行されたオンライン教材であるInternational Relations Theory(Stephen McGlinchey, Rosie Walters and Christian Scheinpflug, eds., International Relations Theory, E-International Relations, 2017)の和訳文が掲載されている。本連載で扱っていない国際政治学の他学派(英国学派、マルクス主義ほか)についても概説している。

(了)

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