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ガチ産業医考察:職域の抗原検査について

言いたいことを三行で

抗原検査を
うまく活用して
事業活動を支援しよう

はじめに

厚生労働省から、6月25日付け「職場における積極的な検査等の実施手順(第2版)について」が出され、職場での抗原簡易キットの使用について言及されています。また、それ以外の様々な状況において、職域においても抗原検査の運用を検討するフェーズに入ってきたと個人的には考えています。そこで、現時点の職域における抗原検査について知見を整理いたしますので、各企業の産業保健職や担当者との検討に参考にしていただければ幸いです。

個人的には、社会的防疫のためにも、経済・事業活動を回すためにも抗原検査は、非常に重要な武器になると考えています。

新型コロナウイルス感染症対策分科会9月3日発表資料において、“ワクチン・検査パッケージ”の活用について言及されています。このことからも、抗原検査の活用が進んでいくものと思われます。

9/13追記
コロナ検査キット薬局で 政府、販売を解禁へ
医療用として承認された精度の高いキットを購入できるようにするため、厚生労働省で販売形態や使用の目的などの検討を進める。

9/15追記
産業医有志グループから「職場における積極的な検査の促進について」という記事が出ていますので、ご参照ください。

9/16追記
新型コロナの抗原検査キットが正式に市販へ 現在市販されている検査キットは未承認

9/28追記
新型コロナウイルス感染症流行下における薬局での医療用抗原検査キットの取扱いについて
「新型コロナウイルス感染症流行下における薬局での医療用抗原検査キット
の取扱いについて」を踏まえた、新型コロナウイルス感染症に係る行政検査
の取扱いについて

産業保健は事業活動のリスクを評価し低減することで事業活動の再開、継続を支援する

産業保健職には、事業活動の中に位置付けられ、感染症による事業活動や労働者に対するリスクを評価し、そのリスク低減策も含めた助言を行うことが求められます。事業活動自体は感染リスクをゼロにはできませんし、なんらかのリスクを背負いながら行うものです。セーフティすぎる助言を出し続けることで事業活動を妨げるということではなく、どうやったらリスクを抑えて事業活動を行うことができるのか、という助言を行うことが産業保健職には求められます。特に、現在のパンデミックフェーズは、感染症対策の全貌が概ねつかめてきていることもあり、社会的に事業再開が許容されてきています。適切な対策を行うことで、事業活動を展開、再開、継続することができるフェーズだと言えるでしょう。感染を防ぎきることは至難ですので(ゼロリスクは不可能)、感染症による重症化・死亡者リスクを抑え、クラスター感染を出さないことが特に重要なミッションだと言えると思います。

事業戦略としての抗原検査

国立感染症研究所「乳幼児から大学生までの福祉施設・教育機関(学習塾等を含む)関係者の皆様への提案」の中では以下の通り示されています。

対象者が陽性となった場合の施設のスクリーニング検査の実施と施設内の対策は保健所からの指示に従う。流行状況等によって、保健所による迅速な指示が困難な場合には、クラス全体等幅広な自宅待機と健康観察、有症状時の医療機関への相談を基本に対応する。体調確認アプリ(例:N-CHAT)や抗原定性検査の活用は、施設における発生時の自主的な対応として有用である
部活動については日々の体調の把握や行動管理への注意を基本とした活動を行う一方で、やむを得ず県境をまたいだ遠征が必要な場合には、2週間前から引率者、児童・生徒における上記注意事項の遵守を強化し、出発前3日以内(出来るだけ出発当日)を目途に、抗原定量検査あるいはPCR検査を受ける

COVID-19のパンデミックにおいて米国における感染対策の中心的役割を果たしている疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)の”Overview of Testing for SARS-CoV-2 (COVID-19)では以下の通り示されています。

スクリーニング検査は、SARS-CoV-2の検出率を高めることができる。
感染者を迅速に隔離するための連続検査(コホート内での検査)は、企業、地域社会、学校(幼稚園から高校までの学校での対面授業)の再開を促進し、地域の感染者数が急増するリスクを低減することができる。頻繁な検査(週に1~2回)と他のリスク低減戦略を組み合わせることで、大学環境での症例数を低く抑えることができました。
Screening testing can improve detection of SARS-CoV-2.
Serial testing (within cohorts) with rapid isolation of infected individuals may facilitate re-opening of businesses, communities, and schools (in-person instruction in K-12 schools) with less risk of a surge in local cases.
Frequent testing (1–2 times per week) combined with other risk reduction strategies, contributed to low case rates in university settings.

CDCの"Antigen Testing for Screening in Non-Healthcare Workplaces"では以下のことが示されています。

抗原検査は、雇用主が職場でのCOVID-19の蔓延を防ぐための効果的なツールです。抗原検査は、医療機関以外の職場で従業員のスクリーニングに使用すると、従業員が職場に入る前、または職場に戻る前に現在の感染を検出することができます。抗原検査は簡単に実施できる/すぐに結果が出る/低コストである
Antigen tests are an effective tool to help employers prevent the spread COVID-19 in the workplace. Antigen tests, when used for screening employees in non-healthcare workplaces, can detect current infection before an employee enters the workplace or returns to work.
Antigen tests are Easy to give /Quick to return results /Low in cost

もちろん、抗原検査だけでは、COVID-19の蔓延を防ぐことはできません。あくまで日常の感染対策の徹底をした上で、リスク低減のための抗原検査を用いたスクリーニングには一定の意義があると言えます(何度も強調しますが、抗原検査を過信してはいけません。日常の感染対策の徹底は継続しましょう)。

特に、今だからこそ、抗原検査を勧める理由を挙げます。

抗原検査が優れている点
抗原検査は非医療職でも簡単に実施できること、すぐに結果が出ること、頻回に大量に実施できて低コストである、というのが抗原検査の優れた点です。
 逆に、PCR検査は特別な検査機器や人材が必要であり、検査結果が出るまで1-2日かかること(※医療機関では数時間)、コストが高く大量にはできないことが難点です。つまり、PCR検査の定期的に大人数に対する実施にはリソース(モノ・ヒト・カネ、時間)の問題から難しいということになります。
 そして、抗原検査に関する知見が少しずつ集まってきたことや、検査精度も向上してきたこと、コストが安くなってきたこと、大量に入手しやすくなってきたこと、ということが、今こそ抗原検査の職域現場での運用を可能にしていると言えます。
 忽那先生の記事のコメントを借りれば、
「抗原検査はPCR検査に比べて感度が低いため、不適切ではないか、と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、抗原検査は感染性のある時期においては十分な感度を有するという知見が集まりつつあります。」
Lancet誌のこちらの論文もご参照ください。

なお、PCR検査は、わずかなウイルスも検出してしまうため、感染力がほとんどない感染者(下図の黒→×の人)も検出して陽性が出てしまうと10日間程度隔離せざるをえないという点があります(不必要な隔離が生じているという報告も(資料))。コロナはほとんど多くの人は他人にうつさないとも言われており、スーパースプレッダーとなるスーパーキャリア(下図の赤い人)を検出することが社会的防疫の観点から非常に重要だと思います(資料)。PCR検査がコロナ感染検査のゴールドスタンダートという考え方も見直す必要性もあるのではないかと個人的には思っています。

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「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月29日)より(注意:現在のデルタ株では状況が変わっている可能性もあります)

コロナの特性
コロナが症状がなくても感染を拡大させてしまうことや、症状発現前から感染性があることは、水際対策(検疫)が機能しにくくさせ、パンデミック当初から対策を難しくしていました。これに対して、抗原検査は、感度が低いものの、感染者を検出して早期隔離を可能にします。

ワクチン普及や効果持続
ワクチンがどれほど普及しても集団の8-9割程度でしょう。そのため、非接種者から感染が拡大してしまう可能性があります。また、ワクチンを接種しても感染すること(ブレイクスルー感染)もあります。ワクチン接種しても抗体値が下がってきて感染することもありえると思われます(この辺りはまだ分かっていないところ)。日本のワクチンが3月から始まったことを考えると、そろそろ抗体が下がってくる可能性も否めません(ワクチン接種による感染予防効果は2回目接種後6~8カ月で低下することが示唆されています)。ワクチンを接種している方も、今後感染者に曝露した場合には検査を行う必要が出てくる可能性があるかもしれません。このような事情も、抗原検査で感染者を早期に発見する戦略の必要性を高めていると考えます。
*ワクチン接種は抗原検査の結果に影響を及ぼしません

家庭内感染
デルタ株に置き換わっている中で、家庭内感染も非常に増えています。どんなに従業員が感染対策を徹底しても、子供の感染リスクは制御が非常に難しいと言えます。また、子供はコロナ以外でも風邪症状をきたすことも多いでしょう(RSウイルスなど)。家庭に風邪症状を有する人がいるけれど、出社・登校せざるをえないというケースはいくらでもあります。そのような場合にも、"Test and Stay"(後述)で、家庭などで簡易的に検査することで感染拡大を食い止められる可能性が期待できます(もちろん完璧ではない)。特に教育機関において、感染者が出る度に休校・休園していたら(さらにはそれに加えてPCR検査の実施)、教育活動が行えなくなってしまいます。さらには、休校・休園することは両親の仕事にも支障をきたすこともある点は、社会的にも大きなダメージです。

症状のグレーゾーン
発熱などの風邪症状があれば休みましょう、とは言っても、鼻水がちょっと出る、少しだけ喉が痛い、下痢がある、といった軽微な症状をきたすことは誰しもよくあることでしょう。それがコロナの初期症状かどうかは誰にも判別がつきません。その場合に、家庭などで簡易的に検査することで感染拡大を食い止められる可能性が期待できます。もちろん完璧なものではありませんし、陰性証明にはなりませんが、抗原検査のアクセシビリティ(簡便さや安価さ)が今よりもさらに向上すれば、このような運用も可能だと思います。

抗原検査の抱える多くの問題点

抗原検査、特に職域でそれを運用するにあたっては、多くの限界がありますので、その理解は絶対に欠かせません。誤った抗原検査の運用は、逆に職場を危険に晒します。

こちらもご参照ください。
国が承認した「抗原検査」ってどんなもの?(コロナ専門家有志の会)

抗原検査キットの位置付け

厚生労働省に承認された抗原検査キットは、体外診断用医薬品であり、抗原検査キットを使用した検査のための検体採取や結果の判定は、医療従事者もしくは、研修を受けた者の管理下で実施しなければなりません。そのため、広く従業員に使用する場合や自宅での実施を行いたい場合は、未承認の抗原検査キット(いわゆる「研究用」)を使わざるをえません。なお、研究用抗原キットについては以下の文書が出ていますので、必ずご確認ください。

・令和3年2月25日付厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課発出
「研究用抗原検査キットに係る監視指導について

・令和3年2月25日付厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部発出「新型コロナウイルス感染症の研究用抗原検査キットに係る留意事項について(留意事項)

例えば、民間で流通している製品には以下の但し書きがあります。


※当製品は体外診断用医薬品ではありません。
※当製品の使用は研究のための利用に限ります。
※当製品は診断確定に使用するものではありません。

なお、厚生労働省に承認された体外診断用医薬品を用いて、産業保健職や研修を受けた者が、その管理下(職場の健康管理室など)で検体採取を行う場合には、実施できる人数に限界があることや、立ち会いの者にも感染のリスクが生じるため保護具着用(フェイスガード、サージカルマスク、手袋、ガウン等)などの感染対策が必要になります。実際の運用としては、健康管理室・保健室、外来・ベッドサイドなどで行うことになると考えられます。「体外診断用医薬品」を従業員に配布するといったやり方は、薬事法に抵触する可能性があることにご注意ください。こちらのサイトにわかりやすい説明がありますのでご参照ください。

感度の問題

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抗原検査は、PCR検査よりも感度は低いです(誤って陰性となる人の割合が高い)。そのため、抗原検査で陰性であっても、本当にコロナにかかってはいないとは言い切れません(陰性証明には全くなりません)。抗原検査を行なっても一定の割合ですり抜け・見逃しが起きるということです。症状があるのに陰性だから出社可としたり、陰性だから出歩いて良い、飲みに行って良いという誤解を生むことがないように、検査結果の解釈についてしっかりと周知しておくことが大切です。抗原検査は絶対的なものではなく、あくまで補助的な役割であると捉えてください。

なお、コロナのいるいないという感度という点では抗原検査の感度は劣りますが、ウイルス量が多い患者(≒感染性がある患者)の検出という意味では感度は非常に高いという報告があります(資料)。抗原検査はむしろここが優秀だと思っています。(PCR検査は感染性がない方も拾いすぎる)

週に2~3回、迅速抗原検査を用いた定期的なサーベイランス/スクリーニングは、感染者を高い感度(95%以上)で特定するための効果的な戦略となり得る、という報告もあります(資料

唾液の抗原検査キットも出回っておりますが、感度の問題もありますので、お勧めしません。

手技の問題

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職場における積極的な検査等の実施手順(第2版)について」には、検査手法として以下の通り示されています。

<具体的な検査の手法>
・ キットによる検体採取方法には、鼻咽頭検体、鼻腔検体の2つの方法がありますが、このうち、本人以外の者が鼻咽頭検体の採取を実施する行為は、医行為に該当し、医師法等の規定により、それを実施することができるのは、医師又は医師の指示を受けた保健師、助産師、看護師、准看護師若しくは臨床検査技師に限られています。
・ 検体の自己採取は医行為に該当しませんが、鼻咽頭検体の自己採取は危険であることから実施しないでください。また、鼻腔検体の採取については、医師や看護師等の医療従事者又は一定の検査に関する研修を受けた従業員の管理下において実施することが推奨されています。検査に立ち会う職員は、マスクや手袋の着用等により適切な防護措置を講じることが求められます。

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こちらの動画も参照
厚生労働省:新型コロナウイルス検査 鼻腔からの検体の採り方(ご自身での採取)
神奈川県 新型コロナウイルス抗原検査キットの使用方法(富士レビオ製 エスプライン)


しかし、実際に職域には、医療従事者(つまり産業保健職)がいないことも多いですし(特に中小零細企業や支店)、大規模集団スクリーニングを行いたい場合、速やかに実施したい場合には、産業保健職や研修を受けた者の管理下(職場の健康管理質など)で検体採取を行うことは難しいと言えるでしょう。そのため、非承認の研究用の抗原検査キットを用いて従業員の自己採取に頼らざるを得ない事態もありえるでしょう。この場合においては、鼻咽頭ではなく、鼻腔からの検体採取になり、その結果として検査の感度も下がる(見逃しも増える)と考えられます。
 米国で実施された臨床試験では、リアルタイム RT-PCR 法ではありますが、 498 名からの検体を用いた評価において、医師採取の鼻咽頭ぬぐい液を 100%としたときの患者自己採取の鼻腔ぬぐい液の感度は 94.0%であることが報告されています (Tu YP et al., NEJM. 2020. DOI: 10.1056/NEJMc2016321)。また、以下の資料でも、鼻咽頭ぬぐい液と、鼻腔ぬぐい液では陽性一致率が80%前後となっており、鼻腔ぬぐい液では、感度が低下することが考えられます。これがさらに検査のすり抜けが起きる原因となりえます。

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新型コロナウイルス迅速検査、どう活用すればいい?(ハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院 疫学者Michael Mina)より

グレーゾーンの問題

抗原定性検査の場合は、キットに表示される結果が不明瞭のことがあります。また、検体採取や手技に失敗して再検査が必要になることもあります。不明瞭の場合には、以下のように取り扱うことが示されていますが、実際には見落とされた結果、検査をすり抜ける方も出てくる可能性があります。あらかじめ、表示が不明瞭な場合の対応や、再検査が必要になる場合の対応についてもアナウンスしておく必要があるでしょう。

キット上に表示される結果が明瞭でなく、判定が困難な場合には、可能であればその場で連携医療機関からの助言を受けることも考えられますが、判断がつかない場合には、その後の対応は陽性であった場合と同様に取り扱ってください(「職場における積極的な検査等の実施手順(第2版)について」より)

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恣意的なすり抜け問題

抗原検査の限界としては、恣意的なすり抜け問題が発生することもありえます。つまり、検体を不適切に採取することや、他人の検体を用いることで、陽性にならないようにするということです。特に、検査を医療従事者の管理下で行わず、従業員が自宅等で行う場合には、容易に行えてしまいます。陽性が出てしまうと10日間ほど隔離される可能性がありますので、大事な業務や、どうしても行きたいイベント(後述)などが控えている際には、非常に稀かもしれませんが、恣意的なすり抜けをしてしまう方も出てくるでしょう。感度が低いことに加えて、このようなエラーが起きうることも想定しておきましょう。

検査キットの精度のばらつき問題

抗原検査キットも精度にはばらつきがあるでしょう。注意喚起されているように抗原検査キットには非常に精度が低いものも出回っていると思われます。さらに感度を下げる(見逃し・すり抜けが増える)ことになります。本来であれば、厚生労働省から承認された検査キット*が望ましいと思われます。しかし一方で、この検査キットは体外診断用医薬品という位置付けであり、運用にも薬事法的な制約が出てきますのでご注意ください。

*厚生労働省 新型コロナウイルス感染症の体外診断用医薬品(検査キット)の承認情報


尿検査や妊娠検査薬のように一般用検査薬(OTC検査薬)化されて、もっと柔軟に用いることができるようになればいいのですが・・・

なお、7社の抗原検査キットを比較した論文がLancetに報告されていますのでご参照ください(資料)。

偽陽性の問題

抗原検査にも特異度が99%以上ですが、それでも偽陽性(誤逮捕)が出ることが報告されています。100%の検査はありませんので当たり前ではありますが。特に検査前確率が低い無症状者を対象にした大規模スクリーニングでは偽陽性者の発生が懸念されるかと思われます。検査キットの精度の問題はもちろんありますが、、、基本的には偽陽性はあまり気にしなくてよいと思われます。その理由としては、抗原陽性の場合は確定PCR検査を行うことで担保する運用や、抗原陽性の場合はまず自宅隔離とし頻回に抗原検査を行うことで担保することが可能だからです(特に抗原検査は回数を行えること、感染性のある患者に対しては感度が90%以上あり)。(後述の陽性時の確定診断問題も参照)こちらの論文もご参照ください。

また、例えば毎日の体温検査は偽陽性が多発します(コロナ以外の他の要因でも発熱します)が、この偽陽性への対応は問題になっていません。そして発熱者全員に対して、「症状の消失から少なくとも72 時間が経過している状態を確認して職場復帰させる」とすることは実際には不可能でしょう(日本産業衛生学会の「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」ではそのような対応が望ましい、とされています)。

偽陽性者の不利益がそこまで大きくないというところもポイントだと思います。抗原検査の陽性者(真陽性者+偽陽性者)が全員10日間隔離即確定という不利益が発生するのであれば人権的には考えものかもしれません。前述の例で言えば、発熱者は全員少なくとも3日間隔離即確定ということも人権的には問題ですよね。感染者隔離は個人の人権や集団の健康確保ともセットで考えなければなりませんので、抗原検査の陽性者=10日間隔離確定という運用にしないことも大切だと思います。

抗原検査の運用は、感染症を抑え込みながら(防疫しながら)社会を動かすという公衆衛生・疫学的な発想であると考えられます。感染者数が少なくなってくる(=検査前確率が下がる)ことで陽性的中率が下がる(=偽陽性者が増える)ことになりますが、逆に言えば、感染者数が少ないのに社会活動が滞ることも大きな問題です。社会を動かすことのメリットと、検査のコストや偽陽性者の不利益などを社会的にどう天秤にかけていくか、ということを考えなければならないのだと思います。

なお、偽陽性疑い例をできるだけ防ぐためのアイディアが国立感染症研究所の鈴木忠樹先生から提案されていますので、ご参照ください。

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大量に手に入らない問題

抗原検査の対象や頻度次第ではありますが、対象を広げたり、高い頻度で行うには、相当数の抗原検査キットが必要になります。場合によっては、家族の分も必要になります。そのため、運用を開始する際には、十分量の抗原検査キットが手に入ることが前提になります。これから、抗原検査を運用する企業やイベントが増えていくことが予想されるため、奪い合いになるかもしれません。需要が高まることで、供給量が高まることが期待されます。

陽性時の確定診断問題

CDCの抗原検査アルゴリズムでは以下のような運用が示されています(症状のある労働者に対する継続的なスクリーニングや接触者の追跡により、さらに陽性と判定された労働者が特定された場合には、以下に示すアルゴリズムをその接触者に適用する必要があります)。
参照:Testing Strategy for Coronavirus (COVID-19) in High-Density Critical Infrastructure Workplaces after a COVID-19 Case Is Identified

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"Antigen Testing for Screening in Non-Healthcare Workplaces"の"Antigen Test Algorithm"を筆者訳

現場の医師(連携医療機関の医師)が確定診断まで行う場合には、患者と診断されれば、保健所に届出を行うことになります。「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)病原体検査の指針(第3版)」では、抗原定性検査は、有症状者においてウイルスの抗原を検知し、診断に導く検査であり、症状発症から 9 日目以内の症例では確定診断として用いることができる、無症状者に対する抗原定性検査は、リアルタイム RT-PCR 法等と比較し感度が低下する可能性があるため、確定診断として用いることは推奨されない、とされています。
 特に、研究用として非承認抗原検査キットを用いる場合は、陽性時には速やかに医療機関を受診して(事前に連携しておいた方がスムーズ)、確定PCR検査を行う必要があるでしょう。
 いずれの場合でも、陽性判明者は帰宅・出勤停止、隔離を行い、なんらかの形で確定診断を行う必要があります。そして医師による診断で感染性がないとされ、症状が軽快するまで療養を行う必要があります。なお、抗原検査は感度が低く偽陰性(見逃し)は多く発生しますが、特異度は高いので陽性だが感染していない偽陽性(誤逮捕)ということは限りなく低いと思われます。

コスト問題

前述の通り、抗原検査が優れているのは、簡単に実施できる/すぐに結果が出る/低コストということです。特に、頻回・大規模で実施する場合にはコストは非常に重要です。コストも意識した抗原検査キットの選択が求められます(かといって、安かろう悪かろうも危険)。

抗原検査にかけるコストは、コロナ感染者が職場発生したときの損害やレピュテーションリスクとの天秤になってきます。ある意味では、予防的な方法になるので、ここにコストをかける意義が理解されない可能性もあります。将来的には数百円程度/個か、それ以下になることを期待しています。

検査対象の問題

抗原検査キットを行う対象をどのように設定するかも運用次第だと思いますが、いくつかの考えうる対象としては以下のようなものがあります。
・濃厚接触者や接触が疑われる者(特に保健所対応がない場合)*
・有症状者
・リスクの高い業務の従業員
・従業員全体
無症状者に対する使用、無症状者に対するスクリーニング検査目的の使用、陰性確認等目的の使用は、適切な検出性能を発揮できず、適さない(厚生労働省の抗原検査の活用に関するガイドラインより)。

*Testing Strategy for Coronavirus (COVID-19) in High-Density Critical Infrastructure Workplaces after a COVID-19 Case Is Identifiedでは、tier1-3に分けて対応することを示しています。
tier1:感染者と接触した従業員
tier2:陽性者と同じエリアで、同じシフトまたは
   オーバーラップしたシフトで働いている従業員
tier3:共通のスペース(例:トイレ、休憩室)を共有していたた
         感染者との接触を明確に否定できない従業員

また、感染リスクが高い業務や事業への影響が大きい業種においても、抗原検査を行う意義が大きくなるでしょう(ガチ産業医考察:職域接種についてより再掲)。

感染リスクが高い業務:
医療、介護、海外渡航や感染流行地への移動を伴う業務、3密環境の業務(例:造船)
マスクができないことなどによって感染リスクが高い業務:
演劇、芸能、報道、音楽、接待関連の飲食業
顧客から感染予防が要求されやすい業務:
教育、行政、政治、旅行(特に航空)、一部の外資系企業との業務、スポーツ、対面接客業

大きく分ければ、以下が対象者を選ぶ考え方になると思います。
・中核業務(止められない部門・ライン)
・有症状者
・接触者(感染者との接触が疑われる者)
・感染リスク高い業務従事者
・従業員全体

なお、コンサートやライブなどのイベント参加者に対して抗原検査キットを用いることについては、対策の一環としては有用だと思います。ただし、検査の限界があること、陰性証明ではないことなどを踏まえて基本的な対策の徹底に加えての補助的な位置付けとして行うということになると思います。
(参照:忽那先生の記事ではスペインのライブコンサートの事例を、乳幼児から大学生までの福祉施設・教育機関(学習塾等を含む)関係者の皆様への提案では、部活でやむを得ず県境をまたいだ遠征が必要な場合に、出発前3日以内(出来るだけ出発当日)を目途に、抗原定量検査あるいはPCR検査を受ける、ことを示しています。)
経済産業省からは「令和3年度「イベント参加者等に対する PCR 検査等を実施したイベントの開催様式に関する実証事業」(経済産業省事業)に係る公募要領」R3年6月25日付が出され、PCR検査・抗原検査などを行うことでイベントの開催していくことを支援しているようです。報告書が待たれるところです。

海外では、「test and stay」というプログラムを学校で運用しているケースもあります。陽性と判定された生徒は10日間の隔離が義務付けられ、陰性と判定された生徒は校舎内での授業や活動に参加することができる、といったものです。

隔離解除に一時期PCR検査が用いられていましたが、PCR検査は症状改善して感染性がほとんどない状態でも、PCRは陽性になる事例があります(PCR検査はわずかなウイルスを検出するためです)。軽度から中等度のCOVID-19感染症の入院患者56人のRT-qPCR検査が陰性になるまでの期間の中央値は24日という報告もあります(リンク)。PCR陽性の50-75%は感染性がないという報告もあります。そのため、感染者の隔離解除の目安としても抗原検査には活用可能性があると言えます。

検査頻度問題

Overview of Testing for SARS-CoV-2 (COVID-19)”では、以下のように抗原検査の低い感度を、検査頻度で相殺することを示しています。検査の運用方法次第ではありますが、前述のコスト問題さえ許せば、週1といった高い頻度で抗原検査を行うこともありえるでしょう。

スクリーニング検査には、抗原検査などのPOC検査(即時検査)を用いると、結果が出るまでの時間が短いため、予防戦略としての検査に重要な役割を果たすことができます。抗原検査は、ウイルス量が多い感染初期に最も感度が高く、病気が進行して感染の可能性が低くなると感度が低下します。抗原検査の感度低下は、抗原即時検査をより頻繁に繰り返す(すなわち、少なくとも週1回の連続検査)ことで相殺される可能性がある。
Use of POC tests, such as antigen tests, for screening can play an important role in testing as a prevention strategy due to the short turn-around time for results. Antigen tests are most sensitive in the early stages of infection when viral loads are high and have decreasing sensitivity as disease progresses and when transmission may be less likely. The decreased sensitivity of antigen tests might be offset if the POC antigen tests are repeated more frequently (i.e., serial testing at least weekly).

検査のタイミング問題

抗原検査は発症初日から9日に用いることになっています。

新型コロナウイルス感染症 病原体検査の指針 第4版では、以下のように初日から9日目以内となっています(第2版では「抗原定性検査は、鼻咽頭・鼻腔検体では、発症『2日目』から用いることができる・・・」とされていましたが、この部分は改訂されています)

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HarvardのDavid Liu教授(@davidrliu)が2020年6月に作成された図の日本語訳版です(オレンジ部分が抗原検査陽性期間)。

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新型コロナウイルス迅速検査、どう活用すればいい?(ハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院 疫学者Michael Mina)より

抗原検査の検査キットの精度の事情もありますが、いずれによせ抗原検査はPCR検査に比べると検出期間が短いです。これはウイルス量が多くないと検出できないためであり、ウイルス保有量が少ない患者を見逃す可能性があります(ウイルス量が多いスーパースプレッダーに対しては高い感度で捕捉できる可能性があるとも言えます)。コロナは発症2日前から感染性があるため、この期間も見逃すことになり、PCR検査よりも早期発見能力で劣るということも抗原検査の限界として留意してください。
このタイミング問題は、企業内で感染者が出た際の接触者に抗原検査を行う際にも大切です。場合によっては、潜伏期間の14日間は頻回に(数日おきに)実施することも検討されるでしょう。

参照)国立感染症研究所 SARS-CoV-2検出検査のRT-qPCR法と抗原定量法の比較

個人情報保護問題、本人の同意問題

抗原検査は強制的に行ってよいものではありません。抗原検査を行うことが事業活動上、業務上必要であることを従業員に説明する必要があるでしょうし、検査を行う前に従業員の同意を得なければならないでしょう。特にこれはトップから説明を行う、メッセージを出す方が望ましいと思います。ワクチンと同じで事業戦略として、事業方針に紐づけた方がよいと思います。従業員の同意が得られない場合、企業側としても、テレワークで実施可能な業務への配置転換や、他の労働者や顧客と物理的な距離を保つような働き方など、抗原検査以外の適切な他の選択肢を提供することを検討すべきだと思います。ワクチン接種と同様に、抗原検査を受けない従業員に対して、非合理な、過度に不利益な取り扱いを行ってはなりません。

なお、未だにPCR検査ですら十分に理解が進んでいませんので、抗原検査の普及においても同様のことが起きるでしょう。検査の意義を正しく理解してもらうように説明を尽くしましょう。
主なポイントとしては
・陰性であっても感染していないことの証明にはならないこと
・陽性でも即座に確定診断ではないこと(研究用の場合)
・ときに頻回に行う必要があること
・検体採取手技

隔離期間給与問題

抗原検査キットを用いて、広くスクリーニングなどを行った場合、無症状者なども検出する可能性があります。検出された陽性者は隔離されることになります。その期間に在宅勤務・テレワークを行うのか(行える健康状態であれば)、行えなければ給与をどうするのか、といった問題が発生します。およそ10日間と長くなりますしので、抗原検査キットの運用を開始する前にどのように取り扱うかを整理しておくことをお勧めいたします。

スイスチーズ理論

スイスチーズ理論」とは、1つの考えに基づいた防護壁では事故(穴が最後まで通じてしまうこと)が起こる可能性が高くても、異なる視点からの防護壁を複数組み合わせることでその安全性は高まっていきます。1つでは完璧な防護壁はなくても、いくつも重ねることで完璧に近づいてくだろうというのがスイスチーズモデルです。
抗原検査についても完璧な検査ではありません。あくまで基本的な対策として3密の回避、手洗い消毒、不織布マスク着用の徹底、ワクチン接種などとともに、症状がある時は出社しない、セーフティに余裕をとって休む、ということは必要です。抗原検査はまったくもって陰性証明検査ではありません。抗原検査はあくまで一つの防護壁にしか過ぎないことを理解してください。

おまけの知識

抗原検査は、変異株にも対応しています。抗原検査は変異するスパイク蛋白するのではなく、Nタンパク質(ヌクレオカプシドタンパク質)が検出します。

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謝辞

※本記事は、辻先生の講義から多くの知見を得させていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。なお、あくまで文責は筆者にあります。

辻先生のツイートもとても参考になりますので、フォローをおススメいたします。以下のツイートは2020年8月と1年以上前のものです。この頃から抗原検査は海外で研究が進んでおり、実際に社会実装されています。

資料・研究紹介

新型コロナウイルス迅速検査、どう活用すればいい?(ハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院 疫学者Michael Mina

Point-of-Care Antigen Test for SARS-CoV-2 in Asymptomatic College Students

➤抗原検査キット(BinaxNOW)を使用して、有病率が低い状況下でのSARS-CoV-2について、無症状の大学生1,540人にスクリーニング検査を行った。➤rRT-PCRの検査結果と比較した場合、BinaxNOWの感度は20%で、培養可能なウイルスの検出感度は60%であった。
➤40検体(2.6%)がrRT-PCRで陽性となり,このうち8検体(20%)が抗原検査キット(BinaxNOW)で陽性。偽陽性なし。
➤抗原陽性・PCR陽性の8名全員が、その後、症状発現

➤抗原陰性・PCR陽性の32名は10名が後に症状の発現、16名が後に症状なしと報告、6名が症状に関する情報を報告しなかった。

→本研究は、抗原検査キットの有用性と限界性が分かるものだと思います。つまり、感度が低く見逃しが多い反面、得意度は高いということ。そして、ごく一部の人数(この研究では8名)は検出することができ、隔離などの措置を取ることができ、感染拡大を防ぐことができる可能性がある、ということが示唆される結果だと思われます。繰り返しますが、抗原検査は絶対的なものではなく、補助的であり、効果も限定的である、という点に注意が必要です。

Testing Strategy for Coronavirus (COVID-19) in High-Density Critical Infrastructure Workplaces after a COVID-19 Case Is Identified
COVID-19の症状がある労働者が確認された場合、その職場にはSARS-CoV-2の無症状または症状が出る前の労働者がいることが多いことがわかっています。彼らは自分が感染していることに気づいていない可能性があるため、そのような人々を特定するための検査が重要です。SARS-CoV-2 が無症候性または前症候性の人から感染すると、新たな患者が発生し、COVID-19 が大発生する可能性があります。COVID-19の症状に対するスクリーニング、検査、接触者の追跡を実施することで、感染した労働者を早期に発見し、職場から排除することで、病気の感染とその後のアウトブレイクを防ぐことができます。

COVID-19 testing: One size does not fit all
スクリーニングによって、無症状や発症前の患者を見つけることは、感染の連鎖を断ち切ることに貢献する。

新型コロナウイルス感染症 病原体検査の指針 第4版

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CDC: Overview of Testing for SARS-CoV-2 (COVID-19)Updated Aug. 2, 2021

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SARS-CoV-2 抗原検出用キットの活用に関するガイドライン

Sean C. Lucan. A Key to Reopening Schools -- and Keeping Them Open

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抗原検査キットの配布事業について(神奈川県)
 抗原検査キット利用者からのご意見等←参考になります。

◎How SARS-CoV2 Antigen Rapid Tests work (Covid-19 Testing)



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