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【随時更新note9】産業保健職がおさえるべき労働判例十選

はじめに

産業保健の特殊性の1つは法律・判例にあります。事業者の責任や、安全配慮義務についても、これまでの判例によって形成され、さらにそれらを契機に多くの法律やガイドラインが作られてきました。労働安全衛生法は労働者の血の条文とも言われ、数々の労働災害や遺族たちの訴訟などによって、法律が変わってきたとも言えるのです。産業保健職がマネジメントする企業のリスクには、訴訟リスクも含まれますので、過去の労働判例を学ぶことはとても重要です。しかし、法律用語も多いですし、馴染みがなく、少しとっつきにくい領域でもあります。そこで、個人的に「抑えるべき労働判例十選」を選出しました。産業保健活動とも密接に関わっていますので、まずはこの十選をご自身でも調べてみて、少しずつ労働判例について身近に感じてもらえれば幸いです。

1.横浜南労基署長・東京海上横浜支店事件(最高裁H12)

運転中にくも膜下出血を発症した社員に対して、長期の過重業務が業務起因性を肯定できると認められ業務上災害認定に疲労の蓄積も考慮されることになった判例。この最高裁判決を受け、H13年に「脳血管疾患および虚血性心疾患の認定基準について」が発出され、行政の業務上災害認定においても長期間にわたる疲労の蓄積の点も考慮されることになった。災害認定の運用が変更される契機となった判決である。
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2.電通事件(最高裁H12)

入社2年目の社員がうつ病に罹患して自殺したことにつき、使用者に安全配慮義務違反があったとして、遺族による損害賠償請求を認めた判例。本判決は、いわゆる「過労自殺」について、最高裁が、初めて使用者の損害賠償責任を認めたケースであり、重要な判決と位置付けられている。(2015年の事件とは異なります)
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3.片山組事件(最高裁H10)

私病により就業を命じた現場業務に従事できなかった現場監督に対し、自宅治療命令を発して賃金不支給としたことに対し賃金の支払いを認めた例。
本判決は、労働者が疾病によって就業を命じられた業務に従事できないとしても、ただちに労務の提供がないと判断するのではなく、他の業務への配転の可能性もふまえて判断すべきとした。本判決は、その後の私傷病休職者の復職の可否等が問題となった裁判等にも、影響を与えており、重要な判例と位置づけられている。(カントラ事件も同じく重要です)
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4.三菱樹脂事件(最判S48)

三菱樹脂事件とは、日本国憲法における基本的人権に関する規定は私人相互の間にも適用されるのか否か、ということが争われた代表的な民事訴訟事件。労働基準法3条「使用者は、動労者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」
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5.自衛隊八戸車両整備工場事件(最高裁S50)

自衛隊員が、同僚が運転する車に轢かれて死亡した事案について国の安全配慮義務違反が認められ、使用者の安全配慮義務の概念を確立させる契機となった重要な判例である。
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6.日本電気事件(地裁H27)

アスペルガー症候群による休職者の休職期間満了退職が有効とされた事案。
障害者雇用にかかる雇用安定義務や合理的配慮提供義務は、使用者に対し、障害のある労働者のあるがままの状態を、常に受け入れることまで要求するものとはいえない、とされた。
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7.愛知県教育委員会事件(最高裁H13)

本判決は、最高裁が労働者の法定健康診断受診義務を職務上の義務と認めた上で、適法な受診命令の拒否に対しては、懲戒処分をすることも相当と評価した事案として重要であるとされた。
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8.神奈川SR経営労務センター事件(地裁H30)

病気休職からの復帰について、産業医の意見の信用性が否定され、休職期間満了に伴う退職扱いが無効とされた事例。産業医の意見書および証言は、到底信用できない、とされた。また、休職の要因となったうつ状態が回復していれば、周囲との融和意識が乏しいこと等が認められていたとしても、元の仕事に復帰できるかどうかの判断とは関係がないとし、退職措置が無効とされた。また、ブラック産業医の概念に引き合いに出されやすい事例。
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9.大阪市K協会事件(地判H23)

産業医が休職中の労働者を面談時に詰問口調で非難し病態を悪化させて産業医のみが訴えられた事例。「それは病気やない、それは甘えなんや。」「薬を飲まずに頑張れ」「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが。」との言葉によって労働者の病状を悪化させた事例。
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10.東芝事件(高裁H28)

私傷病休職期間満了後の解雇が労基法19条違反で無効とされた事例。メンタルヘルス情報の不申告をもって過失相殺しえないとされた。
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おまけの資料など

おススメHP

独立行政法人 労働政策研究・研修機構
労働法ナビ
産業保健21(無料情報誌)
 「おさえておきたい基本判例」が掲載されています
日本産業保健法学会
※本noteの筆者であるガチ産業医は産業保健法学研修会の「メンタルヘルス法務主任者資格」を取得しております。実務にも活かせる有用な知識が学べますのでとてもおススメです。
資格の大原社労士ブログ
産業保健職というよりも人事部門向けかもしれませんが、良くまとまっていて勉強になります。

おススメ論文

三柴 丈典. 産業保健と法~産業保健を支援する法律論~産業保健法学の狙い~日本産業保健法学会の設立を控えて~

原 俊之. 産業保健と法~産業保健を支援する法律論~産業医に関する裁判例

林 幹浩, 淀川 亮, 清水 元貴, 三柴 丈典 産業保健と法~産業保健を支援する法律論~健康情報等の取扱いと法

向井蘭, 森本英樹, 三柴丈典. 産業保健と法~産業保健を支援する法律論~ 産業保健に貢献できる就業規則のあり方

田中 建一, 三柴 丈典. 産業保健と法~産業保健を支援する法律論~神奈川SR経営労務センター事件の教訓

おススメ書籍

石嵜信憲 著. 健康管理の法律実務<第3版> (中央経済社)
森本英樹, 向井 蘭 ケースでわかる 実践型 職場のメンタルヘルス対応マニュアル (中央経済社)
三柴 丈典 産業医が法廷に立つ日―判例分析からみた産業医の行為規範(労働調査会)

おまけ

産業保健21(無料情報誌)の 「おさえておきたい基本判例」の1-37だけをまとめてスキャンしたPDFです。


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