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宝塚歌劇 代役あれこれ(2023年8月)

みのおエフエムで毎月第4週目にお送りするコーナー『今月のMyスポットライト』は大好きな舞台やエンターテイメントを熱く語る時間。
今月のテーマは宝塚歌劇団の「代役」。
いつものように芸名には敬称略で失礼する。

2023年8月15日、東京宝塚劇場で上演されていた星組「1789 −バスティーユの恋人たち」が、途中で公演中止となった。この作品は一つの話を幕間休憩を挟んで二部構成で上演する。ところが、幕間休憩に総支配人が登場し、公演の中止を発表したというのだ。理由は出演者の体調不良。同時に、当日だけではなく翌日から2日間の救援が発表された。事故や災害でなく、途中休憩で公演を中止するというのはかなり珍しいことだ。
宝塚ファンの間に心配の声が上がる中、再び宝塚歌劇団から発表があった。さらに一日休演したあと公演を再開すると。その発表には次の追加情報があった。トップスター礼真琴が救援し、二番手男役 暁千星が礼真琴の役 ロナン・マズリエを演じると。代役である。宝塚歌劇の歴史上、トップスターが休演することがなかったわけではないが、これはかなり衝撃的なことだ。代役を務める暁千星は以前月組にいた。そして2015年、月組で初演の『1789 バスティーユの恋人たち』新人公演では主役のロナン・マズリエを演じている。星組に組み替え後、このような巡り合わせになるとは、不思議な因縁を感じる。今回、彼女はフィナーレでトップスターの大きな羽根を背負って大階段を最後に降りる体験をしている。人の不運を喜んでいるわけではないが、望んでもできない体験が彼女の成長につながっていることは間違いないだろう。代役は作品にとって大きなピンチではあるが、チャンスでもあるのだ。
私の観劇日は今回の休演期間だったので、礼真琴、暁千星どちらのロナンも見ることができなかったのは残念でたまらない。が、それは今回の衝撃に比べると瑣末な問題だ。
気を取り直し、今回は、過去に私が見聞きした代役について思い出をまじえながら番組内で語ったものを文字化する。
時間の都合上、番組内で語れなかったことも掲載する。長文になるかもしれないが、最後までお付き合いいただけるとありがたい。
なお上にも述べたが、芸名は敬称略で失礼する。
また記憶違いがあれば申し訳ない。もしよかったらメッセージをお送りいただければ謹んで訂正させていただく。


1984年 花組『琥珀色の雨にぬれて』

この頃私は大学生で、最も時間に余裕があったことと、大好きなスターさんが花組にいらっしゃったこともあり、何度も繰り返して花組公演を見ていた。繰り返し見るうちに、主要なセリフや歌まで覚えてしまう。正確な日にちを覚えていないが、私がセリフの大半を覚えた頃だったので、公演中日(なかび)過ぎだったのかもしれない。
開演30分前、大劇場改札を抜けたあたりで、誰かが「ヒトちゃん休演だって!」と言うのが聞こえた。ヒトちゃんとは当時トップ娘役だった若葉ひろみだ。一緒にいたファン友だちも私も「エッ!!」と絶句した。昨日まで元気に見えたのに?
どうなるのだろうと思ったら、新人公演で若葉ひろみの役・シャロンを演じた ひびき美都が代役だと聞いた。
ここで宝塚歌劇の代役について述べておこう。宝塚歌劇団では、次回公演のお稽古集合日に香盤発表と言って、どの役を誰が演じるのか、どの場面に誰が出演するのかがボードに張り出される。(現在はどうなっているか知らない。もしかしたら電子化されているかもしれない)その際、代役も発表されるらしい。
基本的には新人公演(宝塚大劇場および東京宝塚劇場で上演される演目を、宝塚歌劇団入団7年目までの出演者のみで上演する公演)で演じた役の代役を務めることが多い。新人公演では、上演時間の関係などでカットされる場面やセリフがあるにせよ、基本的にほぼ通しでその役を演じるための稽古を積んでいるからだ。ただし、トップスターや二番手の代役は新人公演の主役を演じた下級生ではなく、二番手男役、三番手男役などが繰り上げて演じることが多い。
ということで、若葉ひろみの代役は ひびき美都が演じることとなった。
当時はインターネットどころか携帯電話すらない時代。休演の発表は劇場で張り出されるボードのみ。SNSもないので、その場にいる人たちの伝聞でしか情報が広まらず、情報は全く拡散力を持たない。もしかしたらトップ娘役が休演することも知らずに席についた人もいたかもしれない。事情を知っている人たちは固唾を飲んで見守った。
結果だけ述べると、ひびき美都はほとんど完璧にシャロンを演じ切った。「ほとんど」というのは、芝居の最後のシーンで、一つだけセリフを飛ばしてしまったことを指す。私は連日のように観劇していたため「あれ?シャロンがあのセリフを言わないな」と気付いたのだ。一瞬ヒヤッとしたが、次のセリフを喋るトップスター髙汐巴が自然な感じでセリフをつなぎ、芝居は無事に幕を下ろした。この公演は二番手 大浦みずき演じるルイもシャロンに想いを寄せる設定だったため、トップと二番手が、代役のひびき美都を守っているように見え、花組ファンだった私にとっては貴重なものを見たという感激と、トップスターと二番手を頂点として花組全員が力を合わせてピンチを乗り切ったことへの誇らしさを感じた。

2002年 花組『琥珀色の雨にぬれて』

1984年初演の『琥珀色の雨にぬれて』の再演は、トップスター匠ひびきのトップお披露目であり、さよなら公演だった。ところが、宝塚大劇場での公演期間中に、匠ひびきの体調が悪化した。残すところ1週間となった頃、体調に異変が生じたとのこと。のちに脊髄炎だと判明するが、脚腰に激しい痛みがあったらしい。元々ダンスで頭角を表した匠ひびきなので、第二部ショー『Cocktail』でのダンス場面も多かった。最後の3日間は自宅では歩くどころか這って移動するほど状態が悪かったらしく、痛みを抱えながらの公演続行は想像を絶する苦難だったと思う。
私が観劇したのは確か、千秋楽間近で痛みが激しかった時だったのだと思う。ある場面でほんの一回転、クルッと向きを変えるような動きの時に、軸がぶれてよろけるのを見て驚いた。ダンスの名手の匠ひびきにしたら、なんのこともない動きのはずなのに、たった1回転でよろけるのは、よほどのことだと客席で心配したことを覚えている。そして公演終盤に差し掛かった時、匠ひびきの目から涙がこぼれ落ちるのを見て、息を飲んだ。痛みからか、自分の動きができない悔しさからか、その両方なのか。泣く場面ではないシーンで、本人も泣きたくもないのだろうに、匠ひびきの頬をつたって落ちた涙を忘れることはできない。
匠ひびきは東京公演を休演し、主役のクロードは当時二番手だった春野寿美礼が代役を務めた。
私は代役公演を見たわけではないが、ギリギリまで休演するまいと頑張っていた匠ひびきのことを記したく、ここに挙げた。



2018年 月組『エリザベート』

この公演では、皇帝フランツを演じる美弥るりかが、体調不良のため休演。この時、休演が決まるのが開演に近い時間だったのだろうか、休演発表した当日は安全確認のために、11時公演、15時公演ともに15分遅れでスタートした。キャストはフランツ役を月城かなと が、月城かなとが演じていた暗殺者ルキーニは、新人公演でこの役を演じた風間柚乃が演じることとなった。
私は代役になってからの公演を見たのだが、この時は代役でルキーニを演じた風間柚乃の度胸の良さに驚いた。まるで最初からこの役だったかのように、のびのびと演じていたのだ。普通、演劇では客席はないものとして作り上げられるものだが、ルキーニ役は客の存在を意識し、セリフを語りかける場面を持つ狂言まわし的存在だが、風間柚乃はそれを心から楽しんでいるように見え、頼もしさを感じた。
いうまでもないことだが、代役は大変なことではあるが、チャンスなのだ。風間柚乃は確実にチャンスをものにしたと断言できる公演だった。

代役の玉突き

上記にあげ対外にも、1985年花組『アンドロジェニー』で、ダンサー大浦みずきと組んでジョルジュ・サンドを踊った瀬川佳英が公演中脚を痛めたが足を引きずり気味になりながらも最後まで代役を立てずに踊ったことや、インフルエンザの流行で6人も休演者が出て本当に大変そうだった雪組『るろうに剣心』など、代役がらみでは様々なことを思い出すが、キリがないのでこの辺りで終わることにする。

それにしても代役というのは本当に大変なことだと思う。
舞台に出ている間の、セリフや踊り、歌を代わりにするだけではない。
衣装替えや小道具をもらうタイミング、舞台にはどこから出てどこへ引っ込むのか、段取りもきっちり覚え直さなくてはスムーズな舞台進行ができない。また、慣れないせり上がりやせり下り銀橋渡りなどは安全面の問題もある。自分がどこに立つべきなのか、どこを歩けばいいのか、いちいち目視するのではなく、自然に振る舞いながら枠の中に入っておかないといけない。様々なことを一度に覚え直して、お客様の前に出なくてはいけない。
また、多くの場合、代役は一人では済まない。代役の人の代役、そのまた代役……というように、代役は玉突きのように連鎖していく。まだ覚悟が定まりきらない下級生に思わぬ代役が回ってくることがあるのだ。
2018年『エリザベート』の際には、代役の代役……となって、まだ研二(研究科2年生、入団2年目の新人)が黒天使の代役を務めたと聞く。黒天使は主役である黄泉の帝王トートの心象風景をダンスで表現する重要な役であり、一人ではなく数人いる。ダンスシーンでは黒天使たちの動きがシンクロしていないと見苦しい。一人遅れたり、振り付けを忘れて動きがずれては悪目立ちしてしまい、主役に迷惑をかけかねない。そこに研二生が入ることになったのだ。どれほど緊張したことだろうと思うが、最後までしっかりと踊りきったらしい。立派に大役を務めた研二生は、千秋楽の緞帳が降りた瞬間に緊張が解けたのか、その場で大号泣したと聞く。それだけ張り詰めていたのだろう。

代役は誰かの休演を意味するので、ないほうがいいのだが、新しい才能が思いがけず発掘できることがあり、ファンとしては代役もまた捨てがたい気がする。

とはいえ、今回の礼真琴さんの休演については、1日も早い完治をお祈りする。そしてこのピンチを星組全員で乗り越えてもらいたい。


(2023年8月23日)

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