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価値観と潜在意識・エゴについて

あなたは自分が風邪を引いたとき、どんな感情を持つだろうか。
「しんどい」という体調不良に対する感情はもちろんのこと、仕事で負っている責任から「申し訳ない」等の感情が出てくることもあるのではないだろうか。
では、「楽しみなイベントの当日に急に引いた風邪」と「嫌なイベントの当日に急に引いた風邪」、この2者はどうだろうか。
同じ「風邪を引く」という現象にもかかわらず、浮かぶ感情は恐らく異なるはずである。
私の場合、楽しみなイベントの日に具合が悪くなろうものなら、この世のすべてが気に入らなくなるし、逆に嫌なこと(学生時代のマラソン大会など)がある日は、休めてラッキーと思ったりする。

1つの物事に対する捉え方は、条件によって驚くほど簡単に変わる。
その変化を起こす要因の1つが「価値観」である。
あなたにとって好ましいものは何か?逆に嫌いなものは?何が正しくて何が悪い?
価値観はその判断の結果だ。

そして引き寄せをしてくると絶対に避けられない「潜在意識」。
これも価値観の一種だと、私は考えている。

今回は価値観と潜在意識、エゴとはなんなのかについて、私の考えを書こうと思う。

価値観は全ての判断基準

それがどんなことでも、また無自覚であっても、入ってきた情報の快・不快(=好き・嫌い)を誰もが必ず判断している。
その基準となるのが「価値観」である。

価値観は全ての物事に対して存在する。
例えば、チョコレートは好き、納豆は嫌い、絵を描くのが好きで、走るのは嫌い、など。(これは全て私の価値観)

このような好き嫌いを組み合わせて、目の前に起こる現象についての判断をし、感情が生まれているのである。

例えば、「嫌なこと (ここではマラソンとしよう) がある時に風邪を引く」ということについて、どう判断するかを考えてみよう。

唐突だが、ここに猫が3匹いる。
猫=価値観である。
好き=善、嫌い=悪としておこう。

三毛(左):健康=善 → 健康を損なう風邪=悪
「風邪引くのは嫌!」

はちわれ(中央):マラソン=悪
「マラソンほんま嫌いやわー」

トラ(右):楽しいこと=善 ⇔ 楽しくないこと=悪
「どうして楽しくないことせなあかんの?」

こういう考えを持った猫たちに、「マラソン大会の日に風邪を引くこと」について判断してもらう。

判断する対象:風邪を引くこと
状況:マラソン大会


三毛:「風邪?引いたらしんどいから嫌!」
はちわれ:「ちょっとしんどいけどマラソン休めるやん!OK!」
トラ:「マラソンより風邪がいいかな?本読むくらいならできるし」

猫たちの判定は多数決で「◯」
こう判断した結果、「マラソン大会の日に引いた風邪」に対してはポジティブな感情が生まれる。
「マラソン休める!ラッキー!」
となるわけだ。

実際に判断をするときは、もっとたくさんの猫が絡んでいるはずである。
膨大な量の価値観を比較、瞬時に判断し、感情が生まれているのだ。
私たちの脳内ではいつも猫の集会が開かれていて、その結果として感情が生まれている。
そして、この猫集会=感情を生むことは「顕在意識」の主要な働きの1つであり、引き寄せへの重要なガイドとなる。

ただし、この仕組みが適用されるのは精神が高揚や疲弊していない時だということは強調しておく。
興奮・執着・依存などの状態は価値観の公平性が崩れ(一票の差のような現象が起きる)、この判断を鈍らせてしまうからである。

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・引き寄せにおける潜在意識の正体
・価値観を決めるのはあなたであってあなたではない
・「エゴ」について

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