見出し画像

因数分解

仕事おわり、自転車をおしながら歩いて帰るのが最近のお気に入り。
秋の風を感じながら、他愛もない悩みごとを1つ考える。
ゆっくり歩いて15分。
自分と向き合って、真意をみつけるにはちょうどいい時間だ。

若者がざわめく繁華街をぬけて、おじさん御用達の渋い居酒屋地帯を通る。
間には小川が流れ、ガールズバーで同僚に馴染めない女の子が橋の上で佇んでいる。

陰と陽を感じる。
騒がしい飲み屋のせいで、そのコントラストが一層激しく、川べりの人々が物憂げに映る。

数日の内にぶつけられた問いや、他人の言葉がフラッシュバックする。
「仕事楽しいです、がんばります」
「金曜日お休みになったよ」
「泡盛って好きですか?」
「京都の1人旅おもしろいですよ」
「被災地の状況、おしえてもらえますか?」
「好きってなんだと思いますか?」

頭の中はしんとした静寂。
シンプルに感じたことを言葉にしてみる。
『その強さはどこから出てくるの?』
『私も休みだけど会いたくはないな』
『嫌いです』
『行きません』
『分かりません』
『心が動かされること』

自分の根幹・真意って結局のところこれで、普段自分が話している言葉がいかに余分な脂を含んでいるか、を痛感した。
余分な脂は決して悪いものではない。
けれど、行動に一本筋を通すには、自身の真意を意識することが不可欠だ。

今日もガールズバーの女の子が、一人橋の上で佇んでいる。
正直、彼女のことを見下している自分がいて、目をそらさずにはいられない。

と同時に、さらさらと流れる小川でぽつんと佇む彼女に、心動かされて仕方ないのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?