豊かな人生って何?


 毎年夏が暑くなったように感じるのは地球温暖化のせいか歳のせいかその両方か。私の鮎釣り熱も還暦を過ぎて下がるのかと思いきやますます上がるばかりです。

 鮎釣りのできる川には本流と支流がありその両方を合わせれば、私がこれまで30年間で行った川は西日本で100河川を超えます。それらを思い出しながらウイスキーを片手にカラコロやるのが至福のひと時です。

 釣っていたら背後に軽四が落ちてきたり、突然深場に流されて溺れかかったり、流れてきた釣り人をみんなで助けたり、片手のない釣り人に出会って話をするうちに涙し、夜宴で大酒を飲んで二日酔いで動けなくなったり、女鮎釣り師と出会って鼻の下をビロ~ンと伸ばしたりと、鮎釣りながら鮎以外に釣れたエピソードも半端ないほどてんこ盛りです。

「人生は旅である」という言葉を松尾芭蕉は残しました。ならば、私は「鮎釣りは旅である」という言葉を残しましょう。旅とは人や風景など有形無形の旅情とのふれあいで、この多寡によって人は人生をどのくらいの密度で生きたかが決まるのだと私は思っています。

 極端な話をすれば誰とも出会わない宇宙空間に浮かぶ星には、時間が経つという概念はなく味気のない毎日が過ぎていくだけでしょう。一方でおびただしい流星が毎日のように傍らを過ぎ去っていく星は、時の流れを実感しながら衝突するのではないかという危機感やこいつはなかなか美しい星だなという感情すら生まれてくるのではないでしょうか。

 豊かな人生って何? と聞かれれば、それはこのような出会いの数を単純な関数で表したもので計測できるのだと思います。

 20歳で離陸をして30数年余りの水平飛行を終えた私はエンジンを止めた滑空の時代へと入りました。もはや着陸する滑走路はありません。ただ、鮎のいる綺麗な河原に軟着陸をしたいのです。

 9メートルの長竿に糸は0.05ミリメートルと超極細。その先に鼻カンでつないだおとり鮎を馬の手綱さばきのように操って野鮎のテリトリーに侵入させます。と、自分のえさ場を横取りされると思った野鮎が猛然とタックルを繰り返し、ガッツーン! とおとり鮎に仕掛けたイカリ針が野鮎に掛かります。

 竿は満月のようにしなり、野鮎が激流に突進した後は必至のパッチで水圧に身を預け、やっとのことで野鮎をタモ網に仕留めた瞬間は、脳にとって最高のエクササイズとはこのことなりと河原にペチャンとへちゃりこみます。

 路傍の石も川にもまれて転がるうちに角が取れて丸くなる。ローリングストーンズもハードロックよりバラードが心地よい世代になりました。さて、次はどこに行こうかな、と棒っ切れをブン投げ投げて落ちた方向を確かめます。

 あれ? 棒が地面に突き刺さって立っているではないかー! と、恐る恐る上空に目をやると、家内のツノが我が家の天井を突き破って銀河系に届きそうな勢いでズンズン伸びていました。

ヒィ~! 洗濯もんは今から干しますから~。

                       了

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