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焚き火、ご一緒していいですか? /vol.2 パートナー

そこに行くと、温かいのかもしれない。

そこから漂う温度も、優しいものが滲(にじ)んでいる。

そんな、「おかえりなさい」と来る者を迎え入れてくれそうなテントには、やはり素敵な人がいた。

師走、沖縄。
本土からの来県者は、その異様な寒さに驚く。

気温は左程低くないというのに…

風のせいだ。
『北風と太陽』の話で、北風が負けたのはご最も。
そんなことを思いながら、
子供を寝かしつける温(ぬく)い布団を思い出してしまって、余計身震いした。


つい最近までは中々下がらない気温に焦りさえ感じていた。

変化には、なかなかやって来ないものと、段々とやってくるものと、そして突然にやってくるものがある。

天気も人生も一緒だな、と寒さのせいで停止した思考に陳腐なオチをつけ、
その温かな場所を目指し足を動かす。


そんな冬の日、北部渓流のキャンプサイト。

お天道様の光を沢山吸い込んだ、温かいお布団のような女性に出会った。



二十年来の気づき。テント泊がこんなに楽しいものだったとは


・女性 46歳 (恩納村)  
    好きな食べ物 パスタ
       飲み物 カフェオレ
    特技 釣り
・男性 38歳 (うるま市)

元々は釣りが好きだったんです。

神奈川県出身。
趣味も特技も釣りというその女性は、話し始めた。

地元では船釣りをしていた。
移住後、浮き釣りをするようになった。
スーパーの魚は、鱗(うろこ)を見てその良し悪しが分かる。

そんな今回のテントの主に、世のキャンプブームの波が届いたのは2年程前。

釣り歴25年。
と同時に手慣れていたテント泊が、こんなに楽しいものだとは知らなかった。
灯台下暗し。
目に入っていた鱗がぽろりと落ちた。
目前に新たな世界が見えた。

ここ数年は専ら、鱗ではなくランタンを眺め、魚の善し悪しではなく自身の人生を見定めている。

冬の釣り閑散期に始めたキャンプは、
今や趣味の主戦場になった。


「この人が、道具を作れるし、ね。」

主と山田が女同士で話し込んでいると、
主が隣の男性へ向けて言った。
男性は、スパイスBOXや調理台を作る。
作った道具たちの使い心地を確かめるのも、キャンプの楽しみだ。
知人にも好評で、時折、要望に合わせて作ってあげることも。


                   手造りの調理台




「それぞれの愛用する調味料に合わせて、仕切りの幅を変えたり、ね。」

これまで、女二人に挟まれ何やら居心地が悪そうにしていた男性が、口を開いた。

「その人が使いやすい様に作らないと、作ってあげる意味がないから。」

先程とは別人の如く続けた。

「作ってあげるのはあげるんだけど、ケースの表面に使う本人がイラストや文字入れできるようにするわけ。」

「そうそう、やっぱり『自分で作った』って思いたいし。これなら不器用な人でも出来るから、ね。」
主も楽しそうに返した。 

無口だと思っていたその人は、どうやら熱い想いの持ち主のようだ。




だから、何でも「ある程度」って大切だと思った。


二人は同業者、普段はホテル業をしている。

クリスマスは仕事の繁忙期。
年末も勿論仕事だ。

この日は楽しみにしていたキャンプ納めだった。

もとい、二人で会える貴重な時間でもある。


付き合い始めて5年になる。
はじめは、各々の子供たちも含めてキャンプをしていた。

しかし今ではその子ども達も「2人で行ってくれば」と素っ気ない。

25年以上、釣りの仮眠の為だったテント泊。
ここ数年家族団らんのイベントとなり、その新たな楽しさを見出した頃、
子どもたちは巣立っていった。

普段はキャンプ場ではなく、テントが張れそうな海辺に泊まる。
釣り好きが幸いして、海に詳しいことが役に立っている。

そんな主に、なぜここまでキャンプをするようになったか聞いた。

「やっぱり、非日常を味わいたい。確かにホテルもそうではあるけれど…」
キャンプは、急に今日みたいに雨が降ったり、風が吹いたりして、その自然に触れられること自体が癒やしなのだという。
急な天候の変化も、主にとっては非日常のスパイスだ。

ホテルでは、全てを完璧に作り込もうと用意する。
しかし、キャンプではそうはいかない。

同じ非日常であっても、両者は全くの別物だ。

「まぁ、正解がない分、喧嘩も多いですけどね。」
そう続けた主と、思わずそうそうと顔を見合わせ頷いた。

けれどもそれは、二人の想いがあるゆえでもある…そう小さく呟いた山田に、主はまた、そうそうと静かに笑った。

二人とも忘れっぽいので、毎回何かを忘れる。
ある時は離島に釣りに行ったのに、竿を忘れた。

そんな二人だ、「無いものは無いなりに楽しむ」ということさえ楽しめるようになった。

「私達は夫婦じゃないので、この会える時間を大切にしたいし。だから、何でも完璧に、じゃなくて『ある程度』ってとても大切だと思った。」

二人で過ごせる貴重な時間。
想いのあまりその全てをプロデュースし過ぎず、
「今日はこれがしたい」という何か一つ、それだけを楽しみに動く。
それが秘訣なのだという。

今回は食事を楽しみに来た。
ポトフに餃子を入れたものと、ラザニア。
ラザニアは平たい餅を使う。
じゃがりこに牛乳を浸して、それを重ねて…

既に済んだ食後の机には、二人の間に寄り添うように小人の人形が二人、座っている。
同じく川辺を眺めているこのテントの四人は、何を思っているのだろうか。

ガーランドや電飾で彩られたテントは、きっと主が拵(こさ)えたに違いない。
並べられたランタンも楽しげだ。


「片付けが出来なくて(笑)。
 皆みたいに整理された空間にしたいけど、結局こう  
 なるんです(笑)」

完璧に仕上げることはしないけれど、この時間を楽しみに、大切に迎えたことがよく分かる。

主は「思うように行かない」それ自体をも愛しく感じているように見えた。


私も悪かった。


主は、大学3年生、高校2年生、中学2年生の三姉妹の母だ。
神奈川県出身。
沖縄で結婚し、離婚後も沖縄に留まった。
元夫と同じ生活圏を変えなかった。

そのことで周りからは、偽装離婚ではないかと陰口を叩かれたこともある。

それでもその地を離れなかったのは、子供たちが過ごしてきた環境を変えたくなかったから。
それは、子の為でもあったし、また自分の為でもあった。

「沖縄での子育ては、本土とは違う。」

様々な方と話す中で、幾度となく聞いてきた言葉だ。

道で子供が転んだら、近くにいる大人が手を差し伸べる。
そんな当たり前のことが出来る沖縄を離れる選択肢は無かった。
近所のおじーおばーが、毎日のように子供たちの面倒を見てくれたり、
ヤクルトを用意してくれたり。
ここにはそんな風景がまだ残っていた。

目の前にいる子供を、
地域一体で育てる。
周りにいる大人皆で、見守る。
出身地の違いは関係ない。

それがどれ程心強かったか。


元夫は、仕事をせず、ギャンブル依存症だった。
それでも、酒や煙草をしないその人を、
これくらいのストレス発散は必要なのだと放任した。

あまり相手に執着しないので、ある程度のことはさせておけと思う性。

「その段階で止められなかった私も悪かった」

そう言って、主は何かを思い返しているようだった。

子供たちは、父親は家にいるものだと思っていた。
それならそれで、主夫として家事をしてくれれば良かったが、相手のプライドが許さなかった。

元夫は、次第に家賃や生活費にまで手を出し、
浮気を繰り返すようになった。
もはや、話し合いの余地が無くなっていた。

ある日、元夫が主に手を出し始めたことをきっかけに、離婚を決意。
子供たちへ手が伸びる前に。
全ては子供たちを守る為だった。


そんな主に、結婚とは何なのか、聞いてみた。

「色々思うことはあっても、出来るだけ『当たり前でないことを感謝する』。子を産んでくれてありがとう、面倒見てくれてありがとう、仕事してくれてありがとう、健康でいてくれてありがとう。その方が自分も救われる。」

かつての自分を励まし労っているようにも聞こえたし、
元夫にそう思ってほしかった、と言っているようにも聞こえた。




同志、恋人、ケンカ相手。


快活で気丈そうに見える主。
しかしそれでも親一人。
地元でない地での子育ては、きっと心細いこともあったはずだ。

そんな時、同世代の子を持つ彼の存在がどれ程支えになっただろうか。

違う屋根の下、普段の生活はお互い知らない。

けれどこうして、休日を共にすることで、
自分の知らないパートナーの日常も救ってきた。

と同時に、親である互いを労い、励まし、称え合ってきたのだろう。


「なんだろ、ほんと…同志のような存在。」

そう主が口にすると、彼も小さく二度頷いた。

始め、二人の関係を尋ねた時、どこか説明しかねていた理由が分かった気がした。


ニ人で居ていいなと思うことは、「趣味が合う。二人の時間を過ごす時も、相手に合わせて嫌なことをしなくていい。」そう答えた主。

それでも、キャンプでは本音が出て、
そしてケンカもする。
けれどもそれは、この人の前では本音を出すことができる、ということなのかもしれない。

雨風の変化さえ楽しさに変わるのは、
癒しとなるのは、
隣に誰がいようと、というわけではないはずだ。

これまで、本心の自分を解ってくれた同志だったからこそ、
どんな時も、この人の前でなら本心の自分を取り戻せる。

そんな安心感が根底にあるからこそ、
失敗や想定外を楽しめる気持ちが生まれるのだろう。


そしてこれから二人は、どんな本心をぶつけながら、
完璧でないその愛しい時間を面白がっていくのだろうか。



結婚、慣れない地での子育て、離婚、女手一つの生活、子の親離れ。

変化には、なかなかやって来ないものと、段々とやってくるものと、そして突然にやってくるものがある。

その変化がいつどんな風にやってこようとも、
誰かと支え合える自分であったらいいなと思う。


「親はこんなでも、子どもはしっかり育ちますよ」

おおらかで、温かで、どこか豪快なその女性はやさしく笑った。


自身に降りかかったことも、待ち受けているであろうことも、しなやかに肯定していく。
そんなオレンジ色の笑顔。

川辺の連泊キャンプ最終日。
4日ぶりの晴れ間が見えた。








       お読み頂きありがとうございました(⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮ ❝᷀ົཽ⁎)

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