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足立美術館・前編 ~紫峰と大観〜

今年の6月頃、山陰方面に出張する機会があった。かねてより安来の足立美術館へ行きたいと思い続けてきた私はこの機を利用して数年来の夢を叶えることができた。今回はその感想を記す。

足立美術館は安来駅から結構距離があるが、幸い駅前から無料の送迎シャトルバスが出ている。これに乗り車窓の外に広がる長閑な風景を20分程眺めていると、足立美術館に到着する。周囲に数件のお土産屋とスシ・バーがある他は、一面の緑。こんな辺鄙な場所にある美術館といえば箱物行政の落し子と相場が決まってるもんだが、少なくとも足立美術館には当てはまらない。庭園の景観をブチ壊す人工物を避けるためには、これくらい辺鄙な場所でなければならないのだから。

順路に沿って館内を進んでいると、不意にある1枚の日本画が私の心をブチ抜いていった。背後から金属バットで後頭部をフルスイングされてもここまでガツンと来ないかもしれない。キャプションを見やれば榊原紫峰の《雪中棲小禽》とある。

正直なところ、日本画はほとんど守備範囲外である。辛うじて横山大観や竹内栖鳳の名前を知っているくらいに過ぎない。両者の代表作や画風の違いも碌に知らないズブの素人で、榊原紫峰という名前もこの時初めて知ったという体たらくである。それなのに、彼の絵にはなぜか無性に惹かれてしまう。こういう予期せぬ出会いは美術鑑賞を趣味にしていて最も興奮する瞬間の1つである。


榊原紫峰《雪中棲小禽》
榊原紫峰展(1983年 於京都国立近代美術館)図録より


では、この絵の何がそんなに好きなのか。まず第一に、全体的な雰囲気が好きだ。厳しくも美しい冬の情景が素直に、例えるなら乾いた砂に水が染み込むようにすうっと心の内に入ってくるのである。絵画表現における誇張が悪いとは言わないが、度が過ぎる誇張はどうしても厭らしさが鼻についてしまう。しかしこの絵からはそういう臭み、ケレン味を一切感じないのだ。その他にも赤、黄、緑のトライアド配色の調和が見ていて落ち着くというのもあるし、夏よりも冬が好きという個人的嗜好もある。メジロが可愛い、だなんて小学生並の感想もまた理由の1つに含めることができる。一言で表せば波長があった、ということである。

この絵以外にも同館自慢の日本画、特に横山大観コレクションを色々見たはずなのに、今となってはどんな絵を見たか中々思い出せない。戦時中に大観が描いた富士山の絵はいくらか印象に残っている。と言っても残っているのは悪い印象の方なのだが。その富士は例えるならば張子の虎、あるいは『西部戦線異状なし』の性悪教師カントレック。「これが日本画の巨匠、巨匠の日本画か」という虚無感と苛立ちが募るばかりだった。

この後も魯山人館で焼き物などを鑑賞したのだが、区切りがいいのでここで一時中断する。

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