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一年の刑は寝不足にあり

2022年9月下旬、日本代表対エクアドル戦をデュッセルドルフで観戦した僕は、日本への一時帰国のためフランクフルトへ向かった。そこからのフライトは計30時間を越え、普段であれば到着後2日目ほどで時差ボケに苦しむことになる。しかし、機内で寝なかったこと、東京到着が夜だったことが功を奏し奇跡的に時差ボケゼロで日本滞在を終えた。

4週間後にドイツへ帰ってきたときも同じく時差ボケを経験することはなかった。それどころか、22時就寝の6時起床と、一時帰国前よりも健康的な睡眠リズムを手に入れることになる。

博士課程最終年のいいスタートを切ったかのように思われた。


2022年11月4日: 睡眠時間4時間未満

前日の脚トレを追い込みすぎたせいか、そのせいで帰宅が遅れ晩飯が就寝直前になったせいか、または週末へのワクワク感からか、日付が変わる前に床に就いた僕は午前4時前に目が覚めてしまった。

「早起きしちゃったしいつもより早めに活動を開始するか」と思えるほど目が冴えているわけでもない。もう一度眠りに就こうとしても叶わない。とにかく、目が覚めてしまったのである。

そのまま普段の活動時間までベッドでグダグダ過ごし、不眠時のダメパターンを踏襲する結果になった。案の定、日中の研究活動には手がつかなかった。

「良い活動には良い睡眠が必要」
この言葉が繰り返し、人々の口から発せられる意味を今年は深く、深く、身に刻むこととなった。

睡眠負債

時は戻って2022年1月。僕は語学力の向上と研究活動での進捗を生むために燃えていた。

しかし、時間が足りない。滞在2年目にして使い物にならないドイツ語。伸びないライティングスキル。博士2年目の焦りが僕に押し寄せようとしていた。

「時間が足りないと言うとき、あなたは時間を作っていない」
そんな話に納得させられた。人はなぜ、締め切り前になると進捗を生むのか。それは進捗を生むための時間を作るようになるからだ、と。

そして僕はそれを良くない方向で受け取った。

「短い睡眠時間の悪影響は誰かの経験(データであっても)であって、自分に当てはまるとは限らない。ショートスリーパーというやつかもしれないし、とにかく短い睡眠時間を試してみよう」

また、

「短時間睡眠が悪いと主張する人のデータの中に、習慣になるまで短時間睡眠を続けた人はいるか?体が対応するまでは不調もきたすかもしれないが、慣れてしまえば一つの生活様式として成立するのではないか」とも。


年明け特有のアドレナリンのおかげもあり、午前3時寝、6時起きの3時間睡眠がスタートした。時間はこのように作るのだ、と言わんばかりのスケジュールである。

最初の1週間はよかった。起床後のヨガ、夕方のジム→サウナを22時間の活動時間に組み込むことで、研究中の集中力を保つことができていたようだ。とはいえ、週の後半になると

異変が起き始めたのは2週間目、急にやってきた。集中力がもたない。倦怠感がある。というか単純に眠い。10日目が経ったところで継続を断念した。

その夜は気を失ったように寝た。

意識が散漫する日々はその後も続いた。

僕は睡眠不足の影響がこんなに長続きするとは思っていなかった。


3時間睡眠を辞めた後も、集中力がもたない日々は続いた。それも数週間ではなく、数ヶ月にわたってである。今年の6月くらいまでは、3時間睡眠生活末期の時に感じたような、擦り切れた集中力を日常的に感じていたように思う。

壊し易く治し難いのが睡眠習慣だと強く感じた。

どうするべきだったか

「可処分時間を増やすより、決められた可処分時間を上手にやりくりする術を身につけた方が良い」という平平凡凡を極める結論になってしまった。そして上手にやりくりするには睡眠時間の確保が必要である。

睡眠を削って活動時間を増やせば、集中力を手放すことになる。活動時間が16時間から20時間に25%増したところで、集中力も25%減していたら元も子もない。(集中力25%減はかなり楽観的である)

一方で、実験方法が不適切だっただけで、後天的にショートスリーパーになる道はあるのでは、という不健全極まりない一縷の期待も残してしまった。

習慣になるまで短時間睡眠を続ける覚悟が足りなかった。というのは冗談として、専門家の指導観察があった上で同じ試みをした場合どうなっていたかは気になる(学術論文も探せばありそう)。とはいえ自分の体で再度試そうとはもう思わない。

最後に

自分の身体が出している信号をキャッチすることの大切さを改めて感じる。

今回の「人体実験」を通して、はじめて「睡眠不足由来の集中力不足」と「その他を原因とする集中力不足」をはっきり区別できるようになった。皮肉なことに、睡眠不足を経験したからこそ自分の健康な状態についての理解が進んだ。

ただ、これを読んでいる人はそんな経験をせずとも正しい睡眠習慣を実践する賢者であってほしい。経験から学ぶ愚者は僕一人で十分である。(間違いなく余計なお世話だ)

繰り返すが、睡眠習慣は壊し易く治し難い。

ありがとうございます。