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不登校を「不」とせず、再登校を「目的」とせず、パラレル登校という考え方を提案したい

最初にことわっておくと、板橋区の議員さんや該当の会社の方々を無作為に批判・叩きたいというわけではありません。
同様に不登校の子どもたちに関わる事業を運営する者として、本件に対する考えを示し、改めてこれからの日本の教育、とりわけ不登校支援のあり方について再考したい次第です。

はじめに、簡潔に僕の意見をまとめると、
不登校は、保護者だけが抱えるべき課題ではなく、教育システムと社会変化が複雑に絡み合った結果、家庭にしわ寄せがきてしまっている「社会の側」の課題だと思っています。

その考え方に立ったとき、
親を変え再登校を促すアプローチは、「親子関係が不登校の主要因」かつ「学校・所属クラスでの生活自体には問題がない」時に限り有効な可能性があるが、多くの子どもが直面している課題はそうではないケースが多いと思っている。そうではいケースの人に対し、再登校アプローチは逆に子どもを追い詰めることにもなりかねないにも関わらず、行政として再登校アプローチに舵を切っていったことが問題なのではないか。
と考えています。


板橋区の一連の対応

今回Xを中心に議論がおこっている件については、東京新聞さんの記事かあら引用すると、以下のようなことだと認識しています。

今月5日、不登校児童・生徒の支援をする会社「スダチ」(東京都渋谷区)が板橋区と連携し、オンライン支援していくとのプレスリリースを発表した。板橋区教育委員会も9日、「一部の学校で試行を始めた」とコメントを出し、「連携」を印象付けた。
これに対し、不登校の子を持つ保護者の団体などが疑義を呈した。スダチの「平均3週間で再登校できる」と登校に重きを置く姿勢や高額な料金設定、子どもではなく親に働きかける手法などに異論が出ているからだ。「子どもの声を聞かずに登校させて大丈夫か」といった不安の声も少なくない。行政が後押しするとなればなおさらだ。
SNSを中心に「連携」に批判が高まると、区教委は13日、「その事実はございません」と一転。「試行」も「誤解を招く表現でした」とひるがえした。

東京新聞:https://www.tokyo-np.co.jp/article/347943

僕が多くを語らずとも、文部科学省のCOCOLOプランをはじめ、様々な有識者の方々がこの件についても同様の話をされているので、詳細はそちらも参照いただけたらと思います。
多様な学びのプロジェクトさんも板橋区に質問状を提出したようです。


なお、8/13に、板橋区の教育委員会は「『学校に登校する』という結果のみを目標にするのではなく、将来、児童・生徒が豊かな人生を送れるよう、社会的に自立をすることをめざす『不登校対応ガイドライン』の不登校対応方針を変更するものではありません」と再登校だけにこだわらないと表明し、連携の事実を否定しています。

夢中教室のスタンス

◆ 「好き」を軸にした、継続的なオーダーメイド伴走

僕がこのnoteを記す上で、2020年に立ち上げこれまで約4年間事業代表として運営してきた夢中教室がどのようなスタンスで学校が合わない子どもたち・保護者の方々に関わってきているかが大切だと思ったので、簡潔に述べておきます。

夢中教室は、興味関心や特性、精神状態など個別の状態に合わせて出会える伴走先生(約70名在籍中)と一緒に、その子ならではの「好きなこと」「やりたい」ことを共に見つけ探究する100人100通りの伴走を通して、自己肯定感が温まり世界が広がっていくことを目指しています。


◆ オーダーメイド伴走の理由

なぜこういったアプローチをしているかというと、学校が合わず苦しい思いをしている子たちにとって、「受け入れてくれる人・居場所」と「自分が大切にしたい軸」が見つかることが、人生への希望を見出し、自分なりの一歩を踏み出していけるようになると考えているからです。

心のエネルギーが減っていることが多い子たちは家から出たり、何かに取り組むハードルが上がっている子も少なくありません。ゆえに、①オンライン、② 1対1、③自分の好きなことの追求、という3つの要素を大事にして、人と会うハードルを夢中教室では土台として置いています。

家から出られないなら、安心できるお家から、場合によっては画面に顔が出さなくても大丈夫な「オンライン」を使うことで参加ハードルが下げられます。

また、自分を否定しない心優しい「家族以外の第三の大人」と「1対1」で密な関係性を築いていくことは、社会の中に自分を受けれいてくれる人がいるんだという安心感につながり、やがてそれは自己受容へとつながります。

そして、その大人が、その子が本当に心がわくわくするものを見つけるのを手伝い、好きを通して新しいことに挑戦したり、他者から認められる経験を積むことで、自分の軸がはっきりしていきます。そんな寄り添いと伴走を、子どもにしていくことが、子どもが新しい一歩を踏み出すきっかけとなる。

そう考え、この思いに共感してくれる大人たち(元学校教員や子育て中の親ごさん、若い頃から多様なチャレンジをしてきた社会人などが多いです)とともに、このスタイルの伴走を300人以上の子どもたちに届けてきました。
※詳しくは下記リンクもご参照ください。


不登校とは誰にとっての問題なのか?

◆ 特定の「個人」に内在するのでなく、「社会」側にある問題

夢中教室を運営する中で、たくさんの子どもと出会いました。
学校というワードを聞くだけで吐いてしまう子。
学校でいじめにあい、パニック障害を抱えてしまった子。
担任が数ヶ月で3回変わり、人への不安感が強まってしまった子。

こうした子たちを無理に元の教室に戻すことが、この子たちの幸せにつながるとは到底思えません。
そして同時に、ほとんどの保護者さんたちが自分の子どもたちのことを心から大切に思っているし、たくさんの情報を集めなんとか自分の子にいい場所・いいものはないか探されています。

また、学校の先生たちも身を粉にしながら毎日働いている方もたくさんいます。休職者が増え、人員不足が叫ばれる中、決して現場の先生たちだけに押し付けていい問題でもありません。

不登校は、保護者だけが抱えるべき課題ではなく、教育システムと社会変化が複雑に絡み合った結果、家庭にしわ寄せがきてしまっている「社会の側」の問題ではないでしょうか?


◆ 日本の教育について

よく言われることですが、そもそも現在の教育体制は明治維新期に導入されたプロイセン=モデルがベースになっています。

元々は国民に「従順さ」や「忠実性」を求め、言われたことを的確に遂行する人材を育てることを目的として元々はつくられました。先生が一方的に授業を行い、テストで理解度を試され、決められた答えを答えることが「よい」とされるいわゆる画一的な教育です。

このスタイルは高度経済成長期の工場生産・マニュアル型人材・終身雇用を前提とした、いわゆる「言われた正解」をできることが「正解」とされた社会までは、あっていたのかもしれません。

しかし、現在はテクノロジーの発達とともに、VUCAな時代(不確実性の高い予測困難な時代)に突入し、社会もかなり流動的・不規則的・革新的な動きが加速しています。

教育は社会の写し鏡です。
こうした社会をよりよく生きるために、教育の役割はなんなのか?
そうした問いから、教育は変わっていかないといけないという意見は多くの立場の人々から言われるようになり、様々な理論と実践が出てきているように思います。

◆ 不登校の子はなぜ増える?

文部科学省の調査結果によると、2022年度の小・中学校の不登校生徒数は前年度から約5万人増え、過去最多の29万人越えとなりました。保健室登校や、学校に通ってはいても教室に馴染めない子はこの数字に含まれないことも多いため、「学校が合わない」と感じている子どもの数は統計上の数字よりもはるかに多いと言っても過言ではないでしょう。

不登校の子が増えるのは、こうした変化のはやい社会と、変化しきれない教育体制との狭間にいるとも言えるのではないでしょうか。
ここを細かく言及しすぎると本題からずれてしまうので、簡潔にまとめると、
【社会面】
・社会では多様な生き方が実現し始めている
・SNS・Youtubeで良くも悪くも多様な情報にアクセスできる
・大人の発達障害や精神疾患などの理解の促進
【教育面】
・教育現場の疲弊
・画一的教育の限界
・代替の選択肢の増加

といったようなところが増える不登校の背景にあると思っています。

こうした背景から、学校が合わない子が「合わない」「しんどい」と声を上げることができるようになっているのではないでしょうか。

多くの場合、決して、子どものせいでも、保護者の方のせいでも、現場の先生のせいでもないはずなのです。

「子ども」ど真ん中で幸せな自立を育むことが教育の役割ではないだろうか

◆ 幸せの自立のための多様な選択肢

教育のゴールは、将来この多様化する不確実な社会を、自分にとっての幸せなあり方を選択して自立して生きていけるよう子どもたちが育つことだと思っています。

現在世界的に見ても、教育は多様化し、子ども・家庭が教育を選べる方向に動いています。今の日本はその過渡期に入り始めていると僕は考えています。

こうしたとき、「再登校」をゴールにすることは、子どもへの関わりの本質を失うアプローチにもなり得るのではないでしょうか。
無理に受験勉強をさせ、子どもの精神をすり減らしてしまう教育虐待の構造と重なるところもあるかもしれません。

どちらも、他者との比較・いわゆる正解ができれば良く、そうでなければダメといった、子ども本人の幸せに対する眼差しを見失った関わりを促す危険性を持ち合わせています。

◆ 「再登校」は否定されるべきものでは決してないが、目的になるものでもない

「再登校」は、通過点であり、元気になった子がまた学校に行くケースも珍しくありません。
夢中教室の生徒でも、後に学校に行くことを選択した子も多数います。

ただ、大切なのは、再登校できることをゴールにしていないことです。
再登校が目的になると、それができない自分は「目標を達成できないダメな自分」という自己認識が子どもの中で生まれる危険があります。

あくまで、生きていること自体に肯定的になり元気になって毎日を過ごす過程に、再登校という選択が生まれてくる、その順番を見失ってはいけないと思っています。

スダチさんの発信を見ていると、再登校は通過点でその先の幸せにあると仰っていることもあって、そこは大賛成です。直接お話をしたことがないので、あまり憶測で話したくはないですが、マーケティング手法として再登校をゴールとして全面に押し出しているので、藁にもすがる思いの保護者さんへのメッセージ性としては賛成できかねるところがあるなと思っています。

プログラムの内容が子どもとの関係性を大切にして親子関係を再構築する「いいもの」であったとしても、再登校という結果が「正解」で、そうでないと「不正解」というメッセージ性を社会に発信してしまっていることに問題がある気がしてなりません。もし仮に親子関係に問題があればいいのかもしれませんが、教室環境に課題があったとき、再登校は教育虐待になりえます。そしてその判断を藁にもすがる思い状態の保護者さんに任せるのは無責任だと言える気がします。

子どもが今どんな状態か。
子どもへの眼差し無しには、アプローチできないことではないでしょうか。

◆ 行政として不登校支援に何をすべきか?

今回、板橋区の議員さんが、

『「児童生徒が不登校になるには様々な要因がある。一人一人の児童生徒に寄り添って、きちんと要因を分析し、それぞれに対応をしていく必要がある」となっちゃう。 そんなのきりがない。』

とツイートされてましたが、一人ひとりの寄り添って対応するために、予算をさくべきではないのでしょうか?どうしたら実現できるのかを考え、議論し、多くのセクターの方を巻き込み、社会に実装していくために行政は動くべきだと思います。

では、具体的にどうするべきか?

個人的には、
①既存の教育以外の選択肢の拡充と質向上
②疲弊する公教育の体制改善
③該当の家庭への経済的サポート

の3つだと思っています。

実際に既に力を入れている行政も多々出てきいます。
例えば、東広島市、埼玉県戸田市、東京都武蔵野市のように、「校内フリースクール」と呼ばれる学校内の所属クラス外の学び場を積極的に設置している自治体もあります。

上記3つの自治体は、直接足を運び現場を見させてもらったのですが、大人数クラスでは馴染めない子も、その校内フリースクールを自分の居場所としながら学んでいる姿が見られました。
文科省のCOCOLOプランの中でも、この施策は校内教育支援センター(スペシャルサポートルーム)として重要施策の一つとして既に提示されています。

また、学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)の設置促進のインパクトも大きいです。

実態として、子どもが学校に行かない選択をしたとき、経済的・物理的に保護者の方への負担がかかることも多いので、こうした選択肢が広がることはとても大切だと思っています。

「パラレル登校」という考え方

最後に、このnoteでも散々「不登校」というワードを使用してきましたが、僕は「不登校」という言葉自体変わるべきだと思っています。

不登校という言葉はあくまで「登校」を正として、そのメインストリームに対して違う状態を「不」という言葉で表しています
ここでいう登校とは、これまでの慣習にのっとった、自分が最初に所属した学校(多くの場合は公立校や受験で合格した私立校)を指しています。

しかし、これまで何度も述べたように、多様な選択肢・多様な生き方を選んでいける時代になり始めています。

そういう意味では、大人が働き方も多様になっていて、「パラレルワーク」「パラレルワーカー」と呼ぶように、
「不登校」という呼び方も「パラレル登校」という呼び方に変えてはどうかと思っています。

数ヶ月で休んだあと学校に戻る子もいれば、
ホームスクーリングを主軸にする子もいれば、
1週間のうち学校に2日・フリースクールに3日行く子もいれば、
学校には行っていてもクラスでない場所で学ぶ子もいれば、
オンラインとリアルをハイブリットで学ぶ子もいる。

家で学んでいる(あるいは休んでいる時でさえ)ときも、スクーリング=登校の形の一つととらえ、場所的にも時間的にもパラレルな学び方を選べるよう、大人たちが尽力していくのが良いのではないでしょうか。

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