見出し画像

すぅぱぁ・ほろう(7)

日曜日はバイトが休みだった。
何も用事が無かったので、浄山上人が書き残した和紙とにらめっこをしていた。
達筆すぎて自分ではほとんど読めないが、文面から何か感じ取ろうと試みてみる。
しかし小一時間経っても何も得るものが無かったので、呪符の書き方くらいはマスターしておいた方が良いと思ってノートに書き始めた。
それから暫くして、ちょうど書き写すのに飽きてきた頃だった。
神川とおるが自宅にやってきた。

「みのる~、とおるちゃんが来たわよぉ」
母が1階から呼ぶ。
とんとん、と降りて行くと、神川とおるがリンゴの入った袋を母に手渡していたところだった。
「いつもありがとうねぇ」
「いえいえ」
そんなに礼を尽くす奴だったっけか、とふと思った。
たしかに僕がバイトを始めてしまったので、以前より遊びに来る機会は減ってしまったが。
「上がれよ」
「おう」
一緒に2階の部屋に向かう。

中学校までは2人とも剣道少年だった。
朝早くから、晩は遅くまで竹刀を振っていた。
しかし同じくらい練習していたはずなのに、神川とおるの方がセンスも技術も数段上だった。
稽古で勝ったためしが一度も無い。
それは僕が高校で剣道を続けなかった理由の一つだった。
だが神川とおるも同じくやめてしまったのには驚いた。
理由を聞いても「寺の手伝いが忙しい」と言うだけだったので、本当は僕が剣道部に入らなかった為かと自責した時期もあったが、当の本人はバイクの免許をとったり、遠出したりして充実しているようなのでそのうち気にするのをやめた。

そのように、去年までは剣道に明け暮れていたものだから自室にはゲーム機も無ければTVも無い。
本は何冊か置いてあるが、読書感想文で使ったものばかりだった。
だから神川とおるが遊びに来た時には、剣道時代の思い出話をするか、神川が持ってくるバイクの本を一緒に読みながら論評するのがいつものパターンだった。
今日もバイク雑誌を見ながら「YZF-Rが欲しい」とか「最初はカブで良いじゃん」とか語り合っていたのだが、そのうち「カブでもデュラハンから逃げ切れるか」というこの前の昼休みの続きになっていった。

「一度でもデュラハンに死の予言をされてしまったら逃げ切るのは難しいんじゃないか。それにカブは燃費は良いがタンクの容量は少ないぞ。ブン回したなら尚更隣の県に出た直後に殺されそうだ」
神川とおるが夢の無い話をする。
「現代のテクノロジーで何とか出来た方が夢があるじゃないか」
その方が楽しいだろうし、そうあって欲しいと思った。

ふと、昨日伊東のぞみに教えてもらった話を思い出した。
「そういえば、首塚って嶺前塚という正式名称があるの知ってたか?」
少しだけ得意気に言った。
「知ってるよ。浄山上人の弟子の嶺前が建てたって話だろ?」
「なんだよ、知ってたのか」
ちょっとがっかりした。
「うちの寺の先祖が、浄山上人の二番弟子だからな」
「え?そんなの初耳だぞ」
「そりゃそうさ、言ってないから」
更にがっかりした。
「ということは嶺前は一番弟子だったのか?」
「そういう事になるな」
神川とおるが、さも当たり前の事のように話すものだから少ししゃくにさわった。
「その嶺前はどんな人だったんだ?」
「さぁ、そこまでは聞いた事がないな」
ほっとした。
そこまで知っていたら僕の立つ瀬が無いと思ったからだ。
やはり、伊東のぞみが言うように嶺前については佐々木に聞くしかないのだろうか。
「ところでさ」
神川とおるがちょっと声のトーンを落として言った。
部屋で二人きりなのだから誰かに聞かれるわけもないだろうに。
「この間、首塚の話をした後に何だか急に興味が湧いてきたんだよ」
「何に?」
「首塚に祀られているものだよ」

首塚が鬼払いの儀式が執り行われた場所であるだろう事は、神川とおるから話を聞く以前に目星は付いていた。
もちろん、神川とおるに浄山上人が書き残した鬼払いについては話していない。
先程まで見ていた和紙も部屋に入れる前に机の引き出しにしまっていた。
それは滝山家、いや僕だけの問題だと思っていたからだ。
神川とおるを必要以上に巻き込むわけにはいかない。

「あの時おまえは、デュラハンの話を聞いてきたよな。もしかして本当に首でも埋まってるんじゃないかと思ったんだ」
神川とおるの洞察力がすばらしいのか、はたまた僕の情報管理がずさんなのか。
きっと後者なのだろう。
そこが欠点だと自分でもわかっている。
こうなってしまった以上、下手に嘘をつくわけにもいかない。
僕は父から聞いた鬼払いの話を、日本昔話のように物語調で話して聞かせた。
もちろん現在進行形で鬼払いを継ぐ使命があるなどとは絶対伝わってはならない。
うんうん、と神川とおるは聞いてくれた。
「そうか。あそこには鬼の首が祀ってあるかも知れないんだな?」
「まぁ昔話だし、真相はどうなのかわからないけどな」
物語を強調したかったので曖昧に答えた。
だが神川とおるは真剣だった。
「お前は行ってみた事はあるのか?」
「無いよ」
「よし、今から首塚に行ってみよう」
そう言って立ち上がった。
「えぇ?」
思わず嫌だという感情が声に出てしまった。
引き継ぐ使命を受けた者としては、確かめておきたいという気持ちもあった。
だが、数日程度ではなかなか覚悟というのは決まるものではない。
「俺はバイクで先に行って待っているから、みのるは後から来てくれ。じゃ、俺は一旦家に戻って準備してくる」
そう言って神川とおるは部屋から出て行った。
覚悟が決まる前に、神川とおると嶺前塚へ行くことになってしまった。

よろしければサポートをお願いいたします。